八話 幸運と世界のルール
いきなり波乱の状態から始まったオープニングイベントは、私を含む一部『Free to There』からの引き継ぎ組によるゲームマスターの私刑が敢行された事で一時中断となった。実力差を読みとったのか、初心者集団は私が地面に突き立てた (?)『八方守護陣盾』の向こうで大人しくしている。
HPが設定されていない、つまり不死身のゲームマスターを散々ボコボコにした後、吐き出させた特別ルールは、
・時間倍率が3倍→30倍
(現実の4時間=こっちで120時間=5日)
・痛覚の拡大。
(現実の半分~現実並み)
・現実接続時間が1時間以下のログアウトが不可能。
(こっちで30時間は過ごさないといけない)
・デスペナルティの厳格化
(宿屋で休むまでの経験値全て&所持品の8割の消失。装備中のものは含まない)
・一部マップの気候が過酷化
(具体的には立ち入り不可能。その気候耐性に特化した一部種族除く)
・NPCの行動プログラムの異常拡大
(プレイヤーと見分けがつかないほど人間らしくなった)
の6つ。
全身黄色ずくめの一角獣人という微妙な姿で出てきたゲームマスターはまずそのことについて頭を下げ、そこを更に一通り殴った後、本来のオープニングイベント『塔山に挑戦してみよう!』の開始となって、初心者集団は塔山へと繰り出していった。
自由参加だったことに加えてなぜかゲームマスターに呼び止められその場に残ったのは、見事なまでにどこかで見たようなプレイヤーばかり。つまり、『Free to There』から『Fragment of ”The World”』へ引き継ぎをした、どう贔屓目に見ても初心者とは呼べないベテラン集団だった。
例のシリアルコードで入手した“特典”の説明があるとのことで、残らざるを得なかったのだが……
「しかしまー、全員が全員名前を変えてるとはー……」
「そういうお前もな。それにあんな条件を見せられれば変えない方が損だろう」
大盾は仕掛けをしまってからアイテムボックスに放り込んで、私は誰に言うともなしに呟いた。腕組みをした紅い狼人が律儀に返答するのに「まーねー」といい加減な返事をして、食べかけだった野菜サンドイッチをアイテムボックスから取り出してパクつく。
この場に残っている引き継ぎ組みはざっと20人ほど。そのうちの8人が知り合いだというのだから、私の知り合いはどれだけ物好き比率が高いんだという話だ。
なお、この固い喋り方をする紅いワーウルフの前の名前はルガード、現在はディグニタスという。何となく厨二臭がしたので略してディーグと呼んでもいいかと聞くと、もうその他の面々はそう呼んでいるとのこと。
「……ところでさーディーグ」
「どうした、クー」
私の方はラック、の最後の文字を取ってクーと略されている。短い名前だから略す必要ないじゃん、とも思うけども、もはやこの略す、というのは様式美らしい。とてもどうでもいい。
「向こうで馬面がガサガサ用意してるアレ。何だと思うー?」
「お前……本音と建前がごちゃまぜになってるぞ。そして俺に聞くな」
しまった、ルビと本文の場所を間違えた。
しかし不吉な予感しかしない……ここまで信用されない運営とはいかに。まあ、『Free to There』での所業を含めて自業自得と言うものだけど。一部残っていた過激派プレイヤーが居たら袋叩き程度じゃ済まない所だ。ち、運のいい奴め。
「あっは、クーちゃん今怖い事考えてたでしょ。僕には垂れ流しになってる毒思考が見えてるよ」
「そしてどっから湧いてきたんよ残念な二枚目参謀さんー?」
「うわぉ本当に毒垂れ流し状態だった?」
「うるさいなー2.8枚目鳥男ー」
「わぁほとんど3枚目だ、そんな評価だったとは心外だな」
空色鳥人と軽く見えてその実剛速球の投げ合いを繰り返すのは既に恒例行事。ワイズ、というド直球な名前だった彼は、トレバックと普通なのかそうじゃないのかギリギリラインの名前になっている。略称はトーレ。
なお、先程泣きながら範囲魔法をぶちかました激レア種族、天使の少年の名前はキャンドラ→リベルタ。略してリーベ。そして彼をどついて止めたトラ柄猫獣人の彼女はサーシィス→ライオフ。略称ライ。言動に難はあるものの貴重な突っ込み役常識人なので私はさん付けしている。
ここまでの4人はほぼどこへ行くにも共に行動している。私はそこにたまに巻き込まれる事があった縁で知り合いになった。しかし略称がほぼ全部伸ばす音になるとは、長音大好きだな彼ら。
「しかし、準備に時間かかってんねー……。あ、無くなった。買ってきていいと思うー?」
「ダメだろうな。もう少し待ってみろ」
「えー…………」
ディーグに言われて口をとがらせるだけに留めておく。敏捷値にはステータスを割り振ってないから、この身の動きが鈍重なのは把握している。買いに走って戻ってきて、まだ準備が終わってなかったらここは荒れ地になっているだろう。
仕方なくため息をついて黄色いゲームマスターの方を見る。…………って、ちょっと、待て?
「……ディーグ」
「どうした」
「アレ、変わり身人形に見えるんだけどさー、気のせい? どう?」
ガサガサと作業をしているゲームマスター、に見える何かを目線で指し、隣に聞いてみた。ディーグは「何?」と小さく呟いて、その金色の目を細める。その声が届いたのか、トーレも眉を動かして視線を同じくした。
「……確かにな」
「ってことでクーちゃん、例の、よろしくぅ」
「言い方さえまともならもうちょっと協力的にできるんだけどねー」
ディーグの確認とトーレの合図にため息で返して、私はアイテムボックスから一枚の白紙の紙を取り出した。端はボロいながらはっきり白いその紙に、同時に取り出した細工付きで上等なインク瓶と羽ペンを使ってざかざかと文字を書いていく。
最後に魔法陣を書いて自分の名前を署名し、インク瓶と羽ペンをアイテムボックスに戻す。そのままウィンドウ自体も閉じて、出来たばかりのスクロールを起動させた。
「スクロールLv3『見破り』」
パン、という軽い音がして、スクロールがはじけ飛んだ。広がる波紋のような光が周囲に広がり、黄色いゲームマスターの姿は出来の悪い木の人形へ、その隣の木は書類らしき紙の山を乗せた机に変わり……本人の姿はどこにもない。
「まぁ、ここにいるんだけど?」
「下手な演技は止めておけと言う事だ」
と思ったのも一瞬。いつの間に仕留めて、もとい捕まえてきたのか、ディーグとトーレがゲームマスターを片足ずつ掴んで引きずってきた。どうやらプレイヤーの中に混ざっていて、逃げる間もなく殴られたようだ。
というか。いい加減に“特典”の内容を教えてほしんだけども。何十分拘束する気?
デスゲームではなく、完全に閉じ込められた訳でもなく。