阿久原くんの異世界攻略!〜聖女召喚に一緒に巻き込まれたクラスメイトが只者ではなかった件〜
「うおおぉおお!! 聖女召喚に成功したぞおおおオオオ!!」
鳥肌立つほどの歓声が一気に耳に飛び込んできて、目眩がした。
目が光に慣れてきて視界に映るのは、いかにも西洋風ファンタジーな室内と、ローブを羽織った魔法使いらしき人や腰に剣をぶら下げた騎士らしき人たち。
ラノベで流行りの異世界転移というやつに巻き込まれたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
けど、まあ。状況を飲み込めるかどうかはまったく別の問題で。
華やかな群衆から、さらに浮いている煌びやかな顔面をお持ちの王子らしき青年が、まっすぐこちらち向かってくるのを、私はただ愕然として見つめていることしかできなかった。
そんなわけで。
「異界から召喚されし聖女よ。どうかこの世界を救ってはくれませ——」
「断る」
「「「「は???」」」
日本語がめちゃくちゃペラペラの金髪イケメンを食い気味に吐き捨てたのは、私じゃなかった。
「人ひとり拉致誘拐しておきながら、なんの説明も謝罪もなく世界を救ってくれだと? 図々しいにも程があるだろ」
淡々と告げる声の主に、その場にいた全員から視線が集まる。もちろん、私も含めて。
堂々と異世界人たちに言ってのけたのは、同じ高校同じクラスの男子。
噂によるとお父様が海外の人だそうで、黒髪に青い瞳を持つこちらの彼の名前は——阿久原 修作。
「「「(いや、誰だお前??)」」」
誰もが心の中で同じセリフを吐いた会場にて。
どう見ても“聖女”とは言い難いブレザー姿の彼は、とどのつまり召喚に巻き込まれてしまった一般人——の、はずだった。
◆◆◆
「ご、ごめんね。阿久原くん。私のせいで阿久原くんまで巻き込まれちゃったんだね。で、でもほら、異世界転移なんて滅多にないことだし、タダで海外旅行できるみたいだよね!」
「この状況で、よく呑気に笑ってられるな」
「なら、泣けと??」
ぶっちゃけ、阿久原くんとは仲良くない。
なんというか、“話しかけるなオーラ”みたいなのが出ていて、クラスで浮いていた。色んな意味で。
文化祭で他校からも人を集めるようなイケメンくんなんだけれども、この通りものすごく愛想が悪くて、特に女子に対して冷たいので、必要最低限のこと以外は話しかけようと思ったことがなかったのである。
だけど、こんな状況だ。
私と阿久原くん以外、地球人はここにいない。
トラックに跳ね飛ばされそうなところに居合わせた彼にたとえ嫌われようとも、ここは協力してもらうべきところだ。
「とりあえず話を聞いた感じでは、みんな悪い人たちではなさそうだったじゃん? 私が世界を救う手助けをする代わりに、ちゃんと帰る方法を見つけてもらうように頼んでみるよ」
「あまりにも楽観的でお花畑の思考回路だな」
……………………うん。協力、協力……。
「ま、まあまあ。警戒するのは分かるけど、敵対するのは悪手じゃないかな? 阿久原くんが一発かましてくれたおかげで、ちゃんと私たちの衣食住は保証してくれるってことになってるし、とりあえず今のところはここが一番安全なんじゃないかなぁ」
「ハッ。安全? 得体の知れない能力を使う奴らがうじゃうじゃいるここが?」
阿久原くんは協調性というものをあまりご存知ないらしいが、相談相手が誰もいないよりマシだ。うん。
「……と、とにかく! 元の世界に戻るために、一緒に頑張ろう! なんか私、この世界を救える聖女らしいし? きっとなんとかなるよ!」
「…………」
ファンタジーには定番の、剣と魔法な世界。
どうやらここには世界の中核を担う世界樹と呼ばれる大木があるらしく、その木が病気になってしまって大地は枯れて、動物たちは魔物化し、立ち向かった騎士たちが病に倒れているらしい。
なんでも、聖女である私にはその病気を祓う特別な力があるらしく、世界樹を治せばお役目御免という話だった。
「にしても、特別な力かー。どんな感じで使うんだろうね? まったく使い方わからないんだけど、もしかして阿久原くんも何か感じたり?」
「別に」
「さよーでごさいますか……」
まあ、期待はしてなかったさ。
阿久原くんは阿久原くんで、この状況について向き合っているんだろう。
「……ところで、さっきから何してるの?」
「確認」
「……なんの??」
コミュニケーション取る気なさすぎでは?
私がなんとか会話を試みようとしているところ、こちらの男子はスマホを触ったり、ポケットを漁ったり、かと思えばスクバを開いたりと。
一応聞けば答えてくれるのは嬉しいけど、どう見ても片手間だよね? え。なに? そんなに私とコミュニケーション取りたくない感じ?
「——やる」
君は五歳児か??
お姉さん、その手のひらの中にダンゴムシが入っていても、もはや驚かないぞ??
私は協調性を重んじるので受け取って差し上げるが、拳突き出して「やる」の一言なんて、人としてどうなの? 同じ高校二年生だよね?
「…………ええっと、これは……??」
「見てわからないのか。防犯ブザーだろ」
「……意味ある?」
「いらないなら返せ」
「いります、いります!! ありがとう!」
拳の下に両手を差し出せば、置かれたのは防犯ブザー。
なんでこんなもの持ち歩いてるんだ、この人。
私は小学生以来だよ、防犯ブザー見るの。昔はランドセルにつけてて、服に引っかけたりして盛大に音を響かせてたな。懐かしい。……じゃなかった。
「ほんとにいいの? どちらかと言うと、阿久原くんの方が必要なんじゃ?」
「は?」
「いや、だって。私は聖女らしいけど、阿久原くんはそうじゃないし……」
何かおかしいこと言ってるかな。私?
阿久原くんの青い目がギロっとこちらを睨んでくるんだけど、謝った方がいい? もしかして?
「無理して譲ってくれたなら、かえ「音が聞こえたら逃げるために決まってるだろ」す、よ……」
三秒前の私へ。阿久原くんに気を遣うのはやめましょう。余計に腹が立つだけです。
「私は炭鉱のカナリアかッ!?」
「へぇ。知ってるのか。意外だな」
「意外ってなんだ、意外って!?」
こっちを向け、こっちを!
私が腹を立てているのが分からないのか!?
荷物を漁る手を止めて、とりあえず目と目を合わせて人と会話することから始めてみようか!?
「言いたいことは分かるが、カナリアが毒ガス探知に使われたのは、常にさえずっている特性があるからだ。有害物質に反応してさえずるのをやめるという点では、防犯音とは逆の性質だな」
「はえー、物知りだねぇ……じゃない!! 返して、私の心遣い!? そこは嘘でも“気にするな、お前が持っとけ”的なこと言えなかったかな!?」
「言ってほしいのか」
「いらないよ!!」
なーんで、私がドン引きされなきゃいけないんだ。
ひとりだけゼェハァ肩で息をして馬鹿みたいじゃないか。いや、まあ、実際私は常にテストで学年上位の君ほど頭は良くないけども!?
どうして異世界転移してしまったのが、私と阿久原くんなんだ。もっと違う人選があっただろーが!
「自分で言っときながら変なやつ……」
「阿久原くんに言われたくないんですけどぉ!?」
ようやくこっちを向いたこと思えば、何を改まって!
異世界転移に巻き込まれたのに、初っ端から啖呵切るわ、同郷には冷たいわ、変人呼ばわりしてくるわ!! 変なやつなのは、君でしょうが。いったいどうなってんだ、この人の思考回路は!? さては道徳の授業を冷笑してたタイプだな!?
「和宮。スマホ持ってるか」
「んえ??」
今までの話はスルーですか。
あまりにもさらっと話題を変えるから、反応が遅れたんですが。というか、私の名前知ってたんですね。
出席番号の最初と最後で、接点がほぼほぼなかったから、てっきり認知されていないものかと。
「スマホ。こっちに持ってこれたのか聞いてる」
「え、あ。うん……。あるけど……私のは、もうダメだと思う」
私も確認はしたけど、画面が角からばっきばきに割れ電源が入らない。
「……それ、どこに入れてた?」
「ブレザーのポケット。ぶつかった拍子に壊れたみたい」
「…………」
結構大事に使ってたんだけどな。
電源さえ入ればライトとか録音機能とか、写真を見たり音楽を聞いたりできただろうに。
「阿久原くんのは無事だった? 電波なくても使える機能はあるし、やっぱりスマホがないと落ち着かないよねぇ」
「……なんともないのか」
「え? 激萎えですけど??」
「ハァ……」
え。今、ため息吐かれるところだった??
バイト代で買った相棒が逝って、めっちゃ凹んでますけど、それの何がダメでした?
意味が分からなくて「おおん??」と漫画のヤンキーみたいな睨みを効かせようとしたところ。
「身体はなんともないのかって聞いてる」
「——へ」
放たれたのは、キラーパス。
どないな角度でパス出しとんねん。私はキーパーか?
せっかくご心配いただいたところ、まったく見当違いなこと返しちゃってたじゃあないか!
「……あ、うん。そういえばなんともない。轢かれたと思ったんだけどな……?」
「…………」
いろんなことが重なりすぎて、トラックに撥ねられたことが頭からすっぽり抜けていた。
そういえば、ここに召喚された時、私、阿久原くんを庇われるみたいな形で倒れてたんだっけか?
すぐに起き上がったから、あんまり気にしてなかった。それどころではなくて。
「いいか、全員敵だと思え。あいつらは国のためなら、異界の人間を攫ってくるやつらだ。それを忘れるな」
でも、まあ。こんな性格の阿久原くんでも、ひとりじゃないのは正直救われた。
阿久原くんがいなかったら、きっと私はこんな風にツッコミをいれながら物事を考えることはできなかっただろうから——。
◆◆◆
「阿久原くん!!!」
「……なに」
「ちょっと聞いてよ!! やばすぎだよ、この世界!!」
聖女として異世界に召喚されてから早三日。
私は聖女として、世界樹を治すための魔法を訓練を受けることになったわけなんですが、これがまた大変だった!!
「私が本当に浄化魔法なるものを使えちゃうのもヤバいんだけどさ、魔法使えるって分かった瞬間、休みもなく騎士たちの治療を回してくるんですけど!? なんの知識も耐性もないJKに対しての配慮どうなってんの!? というか、それよりもっとヤバいのは魔物だよ!! 阿久原くんはもう見た!? 動植物が変異したっていってんのに、ほとんど原型ないんですけど!? 騎士様が前線で戦ってくれるのは有り難いけど、ビシャビシャ青い血が噴き出るわ、死体がごろごろするわでグロすぎなんですけどぉ!?」
一気に愚痴を言い放てば、阿久原くんは思いっきり顔を顰めた。
「話はそれだけか」
「いいや。まだ言い足りない!」
「俺、これからメシ食いに行くんだけど」
「私も行く!!」
「……食べてないのか? 聖女なら言えばなんだって出てくるだろ」
「私は阿久原くんと同じものしか食べないって言ってある」
「はぁ?」
聖女としてこの国の王子やら騎士様やら魔法使い様やらに連れ回されることになっている私と違って、阿久原くんは王宮で下働きのようなことをしている。
どうやら私たちはこの世界の国の言語をすべて日本語として理解できるらしく、阿久原くんは図書館で書物の整理を手伝うことになったそうで。
今まで解読できなかった言語の通訳をすることになったと、こっちに来てから一日目に言われた時には、その順応っぷりに舌を巻きましたとも。
「自分だけ優遇されるのは気まずいってことか? 無駄な配慮だな。食えよ」
「いや。私だけ違うもの食べて何かあったら嫌じゃん。死なば諸共だよ、阿久原くん」
私たち、運命共同体でしょう。
帰る時にどちらか片方だけなんて絶対嫌だよ。
「……そこはリスクを分散させておく方が賢明だろ」
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
「一番教訓にしたら駄目なやつだろ、それ」
ふむ。阿久原くんは今日もお変わりなくお過ごしだったみたいだ。安心した。
聖女だからと立派な部屋を用意されたり、メイドさんが付いたり、護衛が付いたりと。特別扱いをされるのも、案外疲れる。
阿久原くんと顔を合わせる時間も、徐々に減っていっている気がして、このまま別々に暮らしていたら一緒に日本に帰れない気がしてちょっと不安だった。
「和宮」
「ん?」
王宮の図書館から、食堂に向かう途中。
阿久原くんは制服のブレザーに司書官のケープを羽織った格好で、足を止めた。
ちゃんと着こなせちゃう阿久原くんは、どうやらこの世界のレディたちにも人気が出てき始めているようだと、私の世話をしてくれているメイドさんが世間話程度に教えてくれた。
「どうかした?」
立ち止まった阿久原くんは、いつになく真剣な顔をしているようにみえた。
ははぁーん。阿久原くんもようやく、私に心を開いてくれ始めたのかな??
お姉さんが聞いて差し上げようじゃないか。
「いつになったら世界樹の浄化に行くんだ? あっちでどれだけ時間が経過してるかわからない以上、とっとと終わらせて帰還するべきだろ」
「——おおん??」
訂正。どうやら、一番やべーやつは目の前にいるこの冷血漢だったらしい。
いや、まあ。言ってることは正論なんですけど。
でもさ。それってつまり、魔物がうようよいる危険地帯の中心にはやく行ってこいってことっスよね?
「出発日が決まったら教えろ。一応、見送りには行く」
阿久原くんはそれだけ言うと、スタスタ歩き出して私の前を何事もなかったかのように通過していく。
「…………あんのクソナルシスト!!」
覚えてろよ、阿久原修作。
この仕打ち、決して忘れないからな!!
◆◆◆
それから私は頑張った。
阿久原くんを見返すべく、気持ち悪い魔物を我慢し、人が目の前で血を流す姿を我慢し、聖女様聖女様と縋ってくる人々への不満を我慢して。
一日でもはやく日本に帰るために、できる限りを尽くした。
「——それで? 私が浄化の仕事を頑張っている間、阿久原くんはとーっても綺麗なご令嬢とお茶会ですか。いいっすね。異世界ライフを満喫されてるようで」
だというのに、その一方で阿久原氏はめっちゃ美人のご令嬢とお茶を楽しんでいらっしゃったそうだ。いいご身分なことで。
「俺が頼んだわけじゃない」
「へー。ソウナンデスネー。私だって別に好きで浄化の依頼やってるわけじゃないんデスケドネー」
「そっちだって、無駄に派手な騎士やら魔法使いやらに囲まれてるだろ……」
「え」
一瞬、何を言われたか分からなかった。
呆れた眼差しで言い返してくる阿久原くんに、思考が止まる。
今、なんて言った?
え、なに? もしかして私ばっかりやたらと顔がいいメンズに囲まれてるから羨ましかったの? 阿久原くん?
そうかぁ。学校のマドンナに告白されても、他校の美人に逆ナンされても容赦なくフッてるから、てっきり異性に興味がないのかと思ってたんだけど、君も年頃の男の子だったんだね……。
「ごめん。そうだよね! 阿久原くんだって綺麗な令嬢とお話ししたいよね!」
「誰が聖女と結婚するのか賭けられてるの知らないのか、お前」
「…………」
私が素直に謝罪したところ、返ってくるのは蛆虫でも見るような蔑んだ視線。
ここまで露骨に嫌そうな顔をしているのは初めてみたので、相当気に食わない回答をしてしまったらしい。
……とりあえず、まあ。
「…………お前って言わないでもらっていいっスか?」
言いたいことはいっぱいあったけど、機嫌を損ねることを言ってしまったのは私の方なので、今回は相打ちということにしておくよ。阿久原くん。
「っていうか、賭けられてるの? 私の進退」
話題を変えるべく、私は聞き捨てならない情報にツッコミを入れることにする。
「……言葉選び、変わってるって言われないか?」
「え、そう? なんかおかしかった?」
「間違ってはない。けど、そこで進退って使わないだろ普通」
「へぇ。じゃあ、去就?」
「無理して難しい単語を使おうとするな」
「これでも、漢検二級は持ってるんですけどぉ!?」
去就なんて、中学生でも読める単語だわ!
使い方だって間違ってないだろうが!!
「そもそも、元の世界に帰るために頑張ってんのになんでそんな賭けがあるかな……」
大きな溜息を吐きながら、私は阿久原くんの前に座った。
ちなみに、ここは王宮の庭に設られたガゼボだ。
庭師に手入れされた綺麗なお庭に、ご貴族様たちが景色とお茶を楽しむためにテーブルや椅子がセットされたいかにもお金持ちな設備である。
ここで阿久原くんはつい先程まで、公爵家のご令嬢とお茶をしていた。
——そしてその令嬢は、私が召喚されるまで第一王子の婚約者だったことを、私は知っている。
まだ置かれたままになっているお菓子に、私は手を伸ばした。
「で? 阿久原くんは賭けたの?」
「——は?」
「……もったいない。誰ともくっつかないを選べば一儲けできただろうに」
たった一音で「そんなくだらないことするわけねぇだろ」と言ってくる阿久原くんを横目に、手に取ったクッキーを口に放り込む。
イラッとした時には甘いものに限る。
「本当に選ぶ気はないのか」
「………………………………え?」
そうしてしばらくクッキーを噛み締めていた私に投下されるのは、本日二度目の爆弾発言。
「賭けられるくらいには交流を深めてるんだろ。最悪帰れなくてもいいんじゃな——」
「本気で言ってる? それ?」
阿久原くんが言い終わるまで待てなかった。
あまりにも最低な発言すぎて。
——私がどうして全部を我慢して聖女なんてやっているのか、分かってないのか、この人。
せっかく甘いもので気持ちを落ち着かせていたのに、気分は最悪だった。
いくら私が寛容だからといって、言っていいことと悪いことがあるだろ。
たまらず、座ったばかりの席を立った。
「………和宮……?」
急に真顔でキレ出した私に、阿久原くんが目の前で大きなその目を見開く。
「私がっ、いったいどんな思いで聖女やってると!」
頭がいいならわかるだろ、私が何のために聖女として働いているのか。
まさか、周りにチヤホヤされたくて、こんな苦行をやってると、本当で思ってたのか、阿久原くんは。
「和み——」
「ごめん。頭冷やす」
このままだともっと酷いことを言いそうだった。
荒げた声を必死に抑えてそれだけ言うと、私はガゼボを飛び出した。
◆◆◆
それから私は阿久原くんに会いに行かなかった。
高校生にもなってこんな喧嘩を、あまり仲良くなかったはずのクラスメイトとすることになるとは思ってなかったけど、今回ばかりは私は悪くない。
ここで謝れば、私が怒ったことが間違いになる気がして、意地を張った。
私は聖女で、阿久原くんは司書見習い。
私が会いに行かなければ、彼と顔を合わせる機会なんてなかった。
浄化のために遠征に出れば、尚のこと。
「——聖女様ッ!!!」
「あ」
こんな異世界なんて抜け出して、一日でも早く元の世界に帰りたくて……無茶をした。
護衛の間をすり抜けた木の根が、地面から突き出してきて脇腹を貫く。
それは今までの経験とは比にはならないほどの衝撃で、悲鳴さえ出せなかった。
痛い、なんてものじゃない。
女子高生が普通に生活していたら、こんな重傷、決して負うはずじゃなかったのに。
(あー。……かえり、たい)
両親は幼い時になくして、ほとんど一人暮らしなんだけど。
あのアパートの小さな部屋が、今は死ぬほど恋しかった。
◆◆◆
「——和宮!」
「……あー。あくは、らくん……。ひさし、ぶりー」
魔法でひとっ飛びして城に帰ると、すぐにベッドに転がされた。
抉られた脇腹は回復薬と治癒魔法ですぐに治療してもらったから、もう塞がっている。
だけど、瘴気にあてられたみたいで、ひとりで立つのも辛いくらいには疲労困憊。私は騎士様に背負ってもらっての帰還だった。
話を聞きつけたらしく、わざわざ阿久原くんが駆けつけてくれたのは、素直に嬉しい。
けど、久しぶりに顔を合わせたのがこんな姿で、気まずすぎる。まだ着替えすらできていない。
そして、阿久原くんの冷たい態度を上手く受け流せるほど、今の私は元気じゃない。
「——オイ。説明しろ」
だから、ごめん。そう言われても対応は無理かも。
指一本も動かせない。目を開けているのも辛い。
まぶたと頭が重くて、話す気力も湧いてこない。
「コイツがこんなになるまで、他の奴らはいったい何をしてた?」
……なんか、怒ってる?
聞こえてくる声が、聞いたことがないほど低い。
あ、いや。蛆虫みたいな目をしてた時も、これくらい低かったかな……?
気のせいかもしれないけど、なんだか急に寒くなってきた気がする。血が流れたから体温が下がってきたのかな……。
「……ぁく、はら、くん」
メイドさんに聞いているから阿久原くんが無事に過ごしていることは知っていたけど、会うのは二週間ぶりだった。
「なんだ。どうした。どこか痛むのか」
この世界でたったひとりの同郷。
私がこの世界の人間ではなく、帰る場所があるという証明である阿久原くんという存在が、私にとってどれだけ大事なことか。
「きみ、だけは、なにが、あっても、私がぜったい、帰す、から」
死を目の前にして思ったこと。
仲違いしようとも、これだけは伝えなくちゃいけないこと。
「まき、こんで、ごめん」
「——!」
絞り出した声がは、ちゃんと伝わっていただろうか。
たぶん死にはしないんだろうけど、全然身体が言うことを聞かない。
今後ちゃんと復帰できるかわからないから、ちゃんと口が動く間に言わなくちゃダメだ。
いや、まあ。宣言通り、何が何でも阿久原くんのことは地球に帰してみせるけども。
「……和宮? っ、おい! しっかりしろ! 和宮!」
あーあ。結局、私から謝ってしまった。
でも、仕方ない。
阿久原くんを異世界転移に巻き込んでしまったのは、他でもない私だ。
私のせいで、阿久原くんはしなくていいはずの苦労をしている。
阿久原くんが悪いことは、最初からひとつもない。
それなのに、阿久原くんは一度たりとも私のせいで巻き込まれたと責めたことはなかった。
だから、謝るのは私の方だ。
阿久原くんの声を聞きながら、私は気を失った。
◆◆◆
「——みや。和宮。起きろ、和宮。いつまで寝てるつもりだ」
「…………ん、ん……。……あと、もう五分だけ……」
「叩き起こすぞ」
「…………ん?」
おかしいな。阿久原くんみたいな声がした。
と、気がついて覚醒する。
「ぬわ!? んえ!? あ、阿久原、くん!?」
目を開ければ、制服姿の阿久原くんがベッドサイドに腰掛けてじっと私を見下ろしていた。
「な、なんで、阿久原くんが!?」
「お前がいつまで経っても起きないからだろ」
呆れた眼差しで告げる阿久原くんに、混乱した。
ここはどこだっけ。どうして私はベッドに寝かされているんだっけ。
寝起きの頭で一生懸命考えて、そういえば遠征で怪我したあと気を失ったのだと思い出す。
「そ、そっか……。私、どれくらい寝てたんだろ」
「五日」
「え。そんなに?」
想像よりはるかに長く寝ていたみたいで、びっくりした。
そりゃあ、冷徹漢の阿久原くんも見舞いに来てくれるわけだ。
「ごめん、心配かけたよね。すぐ仕事に戻るよ」
阿久原くんのいう通り、私たちがここにいる間、地球の時間がどう進んでいるのか分からない。
一日でも早く帰還しないといけないのに、時間を無駄にしてしまった。
ベッドから降りようとして身体をおき上げたところ。
「………………悪かった」
聞こえてきたのは、小さなひと言。
「……へ?」
あの天上天下唯我独尊ナルシスト様から放たれた言葉だとは思わず、呆気に取られた。
顔を上げた先にいるのは、じっとこっちを見つめる阿久原くん。
「試すようなことを言って悪かった」
多少の性格の難は、その整った顔で許せてしまうくらいの容姿をお持ちの彼が、今は私だけを見つめて謝罪していた。
「……うん。あれは冗談でも言わないでほしかった。二回目は許さないからね」
「——分かった。覚えておく」
阿久原くんは頷いた。
このままケンカ別れしたらどうしようかと思ってたけど、よかった。
阿久原くんは腰を上げ、私もベッドから降りる。
「身体は平気なのか?」
「うん。もう大丈夫。聖女だからね」
「…………」
軽く肩を回しながら身体を伸ばす。
この世界に来てから、私は人間離れしたこともできるようになった。簡単には死なないはずだ。
「十分休んだし、とっとと浄化を終わらせてくるよ。そんでもって早く帰ろう!」
適当に髪を結んで、水差しの水を飲む。
五日もご飯を食べてないとなると、さすがにお腹も減った。何か用意してもらおう。
「……気をつけろ。お前を守れなかった騎士が死んだ」
「…………殺されたってこと?」
「……おそらくな」
阿久原くんは首肯する。
「そっか。まあ、食事に毒とか盛られたことあるし、この世界の全員が聖女を歓迎してないってことくらいは分かってるよ」
「……は?」
ぴたりと阿久原くんの動きが止まった。
眼差しが信じられないものを見るものに変わって、私は肩をすくめる。
「ほんと困っちゃうよね。こっちは、ただのJKだってーの」
「和宮」
「ん?」
「——どうしてそれを早く言わない」
あまり重くならないように茶化してみたつもりだったのに、返ってきた阿久原くんの声は怒っていた。
「え。い、いやぁ、だって。すぐに治癒したから大丈夫だったし、話しても不安にさせるだけかなぁと……」
「チッ——」
え。舌打ちっスか?
急にお行儀悪くないっすか、阿久原サン……。
「……あの女、分かってて俺に話を持ち込んだな……」
ええっと。あの女って誰ですか……。目が怖いんですけど。
「いいか、和宮」
「は、はい」
鋭い目つきのまま私に向き直った阿久原くんは、圧が強かった。
「帰る方法については俺がどうにかする。他の奴らに何を言われても絶対に鵜呑みにするな」
「あ、阿久原くんが? ど、どうやって……」
「分かったな」
「…………ハイ」
そこまで言うなら仕方ない。
私がやるべきことは、まず世界樹の浄化。
帰還方法については筆頭魔法使いを頼る予定でいるけど、本当にちゃんと帰れる魔法を教えてもらえるのかは分からない。
もし、自力で戻るための手段を考えるとなると、私より頭の切れる阿久原くんがあたってくれた方が勝率は高いかもしれない。
◆◆◆
そうしてあっという間に時はすぎた。
「よっしゃああッ!! 帰るぞぉおお!!」
一年かかると言われた世界樹の浄化を、三か月で終わらせた私をどうか誰か褒めてほしい。
いやぁ、さっすが魔法という名の奇跡の世界。
通常ならあり得ないことも、殺す気でやれば達成できてしまうのだからすごい。
——けど、本当に大変……というか、面倒なのはここからなんて、この時の私はまったく想像もしていなかったわけですよ。
「聖女。オレたちを置いていくなんて、嘘だよな」
「世界樹を治したら、はいさようならなんて。薄情な人ですね」
「貴女のためなら、望むものをなんでも用意します。だから、どうかこの世界で暮らしてください」
帰るために頑張ってきた私に向けられるのは、護衛の騎士団長様、魔法使い様、王子様からの告白。
こっちは早く帰りたいって言ってんのに、祝勝会があるから待ってくれ、騎士団からも礼をしたいから待ってくれ、まだ浄化の魔法が解明できてないから待ってくれ――と。
挙げ句の果てには、王子様と私が結婚するんじゃないかとの噂まで流れ始めて最悪だった。
「聖女。どうか、私の手を取ってはくださいませんか」
すんごいイケメンが口説いてくれるのは光栄だが、まったくそんなことを求めていない人間からいうと迷惑でしかない。
「い、いや。私、この世界の人間じゃないんで――」
「なっ!? ずっとそんなことを考えていらっしゃったのですか。貴女はもう、この世界の英雄です。誰もが貴女をこの国の救世主だと受け入れています」
それ、関係なくない?
私は家に帰りたいつってんだけど??
「騎士団は、あんたのおかげで救われた。まだ何も礼ができてない。まだ帰るには早すぎる」
礼なら、元の世界に帰してもらえればそれでいいです。
「キミの魔法は、まだまだ研究する価値がある力だ。このまま帰るなんて認めない」
「——はぁ!? なんでッ!?」
魔法使い様、あなたが頼みの綱なんですけどぉ!?
なんであなたが一番、私の帰省に反対してくるんだ、この野郎!!
「……とにかく。今はお疲れでしょう。国を上げて、世界樹の浄化を祝う宴を開くことになりましたから、せめてそれまではゆっくりしてください。聖女」
王子様が慌てて宥めに入ってきたけど、私はまったく納得してないからな!!
家に帰してくれるなら協力するって言ったけど、終わってみれば帰したくないなんて、詐欺だ。
「ところで、阿久原くんはどこですか。王宮帰ってきてから、一回も姿を見てないんですけど」
「ああ。彼なら街の様子を知りたいからと、貴女が浄化の旅に出ている間に、城を出ていて」
「はぁ!?」
なんだそれ! なんだそれ!?
「追い出したってことですか!?」
「違いますよ! 彼からの希望です。王宮図書館の仕事はまだ続けていて、そちらにはいると思います」
「…………」
私が忙殺されているうちに、阿久原くんは城から出て暮らしてるなんて。
阿久原くんらしいと言えばらしいけど、私に知らせてくれたっていいじゃないか。
「私が帰れないのはともかく、阿久原くんが地球に戻れなかったら、一生恨みますからね」
聖女として召喚されたのは私だ。
それなのに、巻き込まれた阿久原くんまで帰れないなんてことになってら、彼の親御さんに顔向けできない。
「……はい。必ずそのようにすると約束します」
私の言葉がどれだけ価値があるかは分からないけど、これだけは譲れない。
真剣に訴えてみたところ、王子様は神妙に首肯した。
そして数日後。
「——私と結婚していただければ、必ずアクハラを元の世界に戻すと約束しましょう」
私に突きつけられたのは、容赦のない二者択一だった。
◆◆◆
「では、ここにサインをお願いします」
差し出されるのは、魔法契約書。
私がこの世界に残るなら、阿久原くんを無事に元の世界に帰すという契約だ。
魔法契約は絶対。
守らなければ命で償うことになる。
阿久原くんはああ言ってたけど、元地球人でただの高校生だった私たちが、無事に地球に帰る方法をそう簡単に見つけられないことくらい、私にもわかる。
一緒に帰れたらそれが一番だけれど、なんの代償もなく世界を渡れると思うほど頭はお花畑ではない。
勝手なことをするのは申し訳ないとは思う。
でも、まあ。
私か阿久原くんなら、阿久原くんが帰るべきだ。
私はペンを握った。
ここにサインすれば、私はこの国の王子と結婚しないといけない。
とんだ玉の輿だな。
「——和宮ァ!!」
溜息を吐きながら署名をしようとした時だった。
阿久原くんが怒声にも似た声で私の名前を叫びながら、部屋に突撃してきたのは。
「うぇ!? あ、阿久原くん!? な、なんでここに!?」
「和宮、お前!!」
人ひとり殺しそうな殺気を放ちながら、阿久原くんは部屋に入ってくる。
「いったい何をしている! 早くそいつを摘み出——グハァッ!!」
かと思えば、目の前に座っていた王子が吹き飛んで壁に背中を打った。
「え」
起こっていることが理解できなくて、私は絶句する。
一応言っておくと、王子を壁に叩きつけたのは私の仕業ではない。
じゃあ、いったい誰が——?
「和宮」
「は、はいっ」
一気に背筋が伸びた。
それはまあ、ね。異世界に来たのに初っ端から啖呵切るし、私が不在の間に城で色々あっても無事だなぁとは思ってたよ?
「お前、ストックホルム症候群って知ってるか??」
どー見ても、桁違いな魔力を帯びてそう宣う阿久原くんは、どうやら普通の高校生ではなかったらしい。
「馬鹿なことやってないで帰るぞ」
「……え、ええっと……??」
ちょっと待ってよ。
急展開すぎてついていけてないんですけど。
「まさか、本気でソイツに惚れたと思ってるのか? 目を覚ませ。錯覚だ。いっときの気の迷いだ」
う、うん。落ち着いて。
そもそも私は王子のこと好きじゃないから。
だから、そんな真剣な顔して私の両肩を掴まないでくれないかな?? 逃げ場がないんですけど。
「あ、阿久原くん、魔法使えたの……?」
「今はそんなことはどうでもいい。魔法陣が消される前に行くぞ」
阿久原くんはそう言うと、私の左手を握って走り出す。
「ちょっ。阿久原くん!? わ、私の意思は!?」
「——お前が言ったんだぞ、二回目は許さないって」
問答無用で城を走り出した阿久原くんは、私に言った。
「はは。そうだね。愚問だった」
私も阿久原くんとの会話のキャッチボールがそこそこ上手くなったみたいだ。
「絶対に帰るよ。当然じゃん」
私の意思なんて、最初から決まってる。
元の世界に戻って、家に帰る。
——阿久原くんと、ふたりで。
私は阿久原くんの手を握り返す。
それが合図だった。
「——舌噛むから口は閉じとけよ」
「ぬぁ!?」
阿久原くんにものすごい力でグンッと腕を引かれたかと思えば、私はいつの間にか彼の腕の中にいた。
つまり、お姫様抱っこというやつだ。
突然何をするのかと抗議しようとしたけど、阿久原くんがすごい速さで廊下を飛ぶように走り出すので、まともに話せない。
やっと止まったかと思えば、そこは召喚ときにも使われていた広間だった。
「い、いったい何者なの!? 阿久原くん!!」
阿久原くんは私のことを抱えたまま、私を見る。
その間にも床の魔法陣が光り出し、異世界転移の魔法が発動しているのが分かった。
「向こうに戻っても覚えてたら、教えてやるよ——」
阿久原くんの自信に満ちた微笑。
それが、異世界で見た最後の光景だった。




