みっつめの柱の裏に……
蒸し暑く不気味な夏の夜、旧校舎で繰り広げられる一瞬の恐怖を描いた短い怪談です。五感を刺激する湿り気や音の描写とともに、闇に潜む異形との遭遇をお楽しみください。
私はその時点ですでに腰を抜かしていた。わたしはその時点で既に、腰を抜かしていた。
深夜二時、旧校舎の廊下。湿った熱気が皮膚にまとわりつき、セミの死骸のような匂いが立ち込めている。スマートフォンのライトが照らし出すのは、等間隔に並ぶコンクリートの柱だけだ。
「……ねえ、聞こえない?」
隣で怯える友人の声に、わたしは首を振るのが精一杯だった。本当は聞こえている。いや、廊下全体に響き渡っているのだ。
シャン……シャン……シャン……
それは、鈴の音だった。しかし、夏の風鈴のような涼しげな響きではない。重く、錆びついた金属が擦れ合うような、耳の奥を直接撫でまわされるような不快な音。
音は、廊下の奥——みっつめの柱の裏から聞こえていた。
「ひとつ、ふたつ……」
友人が震える声で柱を数え始める。やめろ、と声を出したかったが、喉が引きつって音にならない。
シャン……シャン……
鈴の音が、少しずつ大きくなっていく。近づいてきているのではない。柱の「裏」にいるナニカが、徐々にこちら側へ身を乗り出してきているのだ。
不意に、鈴の音に交じってジュク、ジュクという湿った音が混ざり始めた。まるで、冷えたスイカの果肉を素手で潰すような、生温かい夏の音。
スマートフォンを握る手が汗で滑る。ライトの光が揺れ、みっつめの柱の影を激しく揺らした。
闇の中から、ぬっと現れたのは——黒く長い髪と、異常に折れ曲がった細い腕。その指先には、血と泥に塗れた小さな風鈴が握られていた。
シャン……
カサリ、と足音がひとつ。
「見つけた」
柱の裏から覗く顔には目がなく、爛れた口だけが、夏休みの終わりのような絶望的な笑みを浮かべていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
蒸し暑い夏の夜の不気味さと、闇の中に潜むナニカの恐怖を感じていただけたなら幸いです。皆様も深夜の廊下を通る際は、柱の裏側にご注意ください……。




