表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜実は規格外だけど、今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第1章【 ハズレ聖女、勢ぞろい 】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

第3話『四人目は道端で寝ていました』


 着任して、三日が過ぎた。


 屋敷は、見違えるほど人の住まいらしくなっていた。床は(みが)かれ、窓は光を通し、井戸の水は相変わらず甘い。庭はもう少し落ち着いてくれてもいいと思うが、シルヴィアが世話をするたび元気になるので、これは諦めた。


 午後のひと仕事を終えて、私たちは縁側に並んだ。お茶を淹れるのは、いつのまにか私の役目になっていた。甘い井戸水で淹れた茶は、我ながらよく出来ていると思う。リリーは縁側に足を投げ出してくつろぎ、シルヴィアは(ひざ)に焼き菓子の皿を乗せて、ふたつ目に手を伸ばしている。

 働いて、お茶を飲んで、その日あったことをぽつぽつ話す。たった三日で、もうこの時間が、屋敷のいちばん心地よい区切りになっていた。

 ——ただ、ひとつだけ、気がかりがあった。


「四人目、まだ来ませんね」


 私が言うと、リリーが湯呑(ゆの)みを片手に首をかしげた。


「ほんとだ。求人、四人募集だったよね? 道に迷ってんのかな?」

「あるいは、来るのをやめてしまったか」

「あらあら。それは寂しいですねぇ」


 三人で、村へ続く一本道のほうを眺める。誰も、来ない。

 考えていても始まらない。私は湯呑みを置いて立ち上がった。


「探しに行きましょう。途中で行き倒れていたら大変です」

「よっしゃ、あたしも行く!」

「わたしもご一緒しますねぇ」


 こうして私たちは、まだ見ぬ四人目を探して、村へ続く道を下っていったのだった。


          ◇


 丘を下りる道は、午後の日射しでのどかに乾いていた。両脇には背の高い夏草が茂り、風が渡るたび、さわさわと波打つ。辺境とはいえ、こうして歩いてみれば、悪くない景色だ。


「四人目って、どんな子だろうね!」


 リリーが両手を頭の後ろで組んで、軽い足取りで言う。


「あたしらみたいに、なんかやらかして来た子なのかな?」

「さあ。手紙のやりとりしか、私も知りませんから」

「あらあら、楽しみですねぇ。早く会えるといいのですけど」


 道に迷ってうろうろしているのか、それとも、村の宿屋ででも休んでいるのか。あれこれ想像しながら、私たちは一本道を下っていく。すれ違う人影もない、静かな道だった。


 ——その四人目は、本当に行き倒れていた。


 道のなかば。

 木陰になった路肩(ろかた)で、人がひとり、倒れている。

 藤色の髪をした、ほっそりした女の子。

 荷物を枕に、ぴくりとも動かない。


「えっ、ちょっと!? 大丈夫!?」


 リリーが真っ先に駆け寄った。私とシルヴィアも血の気が引いて、慌ててあとを追う。

 行き倒れ。最悪の想像が頭をよぎった。


「しっかりしてください! ねえ——」


 私が肩を揺すろうとした、そのとき。


「……んっ」


 女の子が、もぞ、と寝返りを打った。そして、心底気持ちよさそうに、すぅ、と寝息を立てた。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人で、顔を見合わせた。

 行き倒れ、ではなかった。

 ただ、爆睡していただけだった。


「ね……寝てる……こんな道のど真ん中で……?」


 リリーが脱力した。


「揺すっても起きませんね」


 私はもう一度、肩を揺すってみた。


「もし。もし、起きてください」

「……んっ……あと五分……」

「五分後にまた寝るパターンですね、これは」


 数分の格闘の末、女の子はようやく半分だけ目を開けた。

 眠たげな半目のまま、私たちをぼんやり見上げる。


「……だれ?」

「こちらのセリフです。あなた、こんなところで寝ていたら危ないですよ」

「……ねむ」


 会話になっていない。


          ◇


 それでもなんとか聞き出したところ、彼女はやはり、私たちの探していた四人目だった。


「ネル……あのお屋敷の、求人で……歩いてたら、疲れて。ちょっと休憩しようと思って……そのまま、寝てた」

「丸一日くらい寝ていそうな寝顔でしたが」

「うん。たぶん、寝てた」


 悪びれもしない。リリーが「すげー」と感心とも呆れともつかない声を出した。


「ねえねえ、ネルもさ、なんかやらかして来た口? あたしらみんなそうなんだけど」


 ネルは、のっそりと身を起こして、ショールを肩にかけ直した。


「……んー。わたし、鎮めるのが、得意」

「鎮める?」

「うん。荒れてるものを、休ませる感じ。嵐とか、川とか……怒ってる人とか。国境で、両方の軍隊が喧嘩(けんか)してたから……(しず)めてあげたの」

「ほう」


 なんだか、まともそうな話だ。聖女らしい仕事ではないか。私が少し見直しかけた、そのとき。


「そしたら、両軍まるごと、三日くらい寝ちゃって」

「…………はい?」

「兵隊さんも、指揮官も、ぜんぶ。みんな疲れてたんだと思う。寝かせてあげれば、直るし」

「両軍を、三日」

「うん。起きたらみんな機嫌よくなってたよ。喧嘩もやめてた」


 たしかに、丸く収まってはいる。収まってはいるが。


「……それで、追放を?」

「追放っていうか……気づいたら、わたしのこと、いないことになってた。まあ、いっか、と思って」


 まあ、いっか、で片づく話ではない。

 鐘楼を吹き飛ばす子。王城を森にする子。そして、両軍を三日寝かせる子。

 私はそっと胃のあたりを押さえた。なぜだろう。まだ何も起きていないのに、すでに胃が痛い。

 この子は——たぶん、いちばん、私の言うことを聞かない。直感がそう告げていた。


          ◇


「とにかく、屋敷へ行きましょう。立てますか?」

「……あと五分」

「いま起きたばかりでしょう」

「移動の前に、充電が……」

「充電とは」

「ネルー、おんぶしてやろっか?」


 リリーが背を向けてしゃがむ。


「そのほうが早いっしょ!」

「やめてください、リリーさんに背負わせたら、勢いで屋敷まで吹っ飛んでいきます」

「えー、加減するってば!」

「あなたの加減を、私はもう信用していません」


 わいわいと言い合う私たちの横で、ネルはまた、うとうとしはじめていた。

 世話が焼ける。本当に、世話が焼ける。

 結局、シルヴィアが「はい、ネルさん、あーん」と道中で食べる用に持ってきた焼き菓子を差し出すと、ネルはぱちりと目を開けて、もぞもぞと自力で立ち上がった。


「……食べる」

「お腹が空くと不機嫌になる人なんですね、把握(はあく)しました」


 ひとつ、ネルの取扱説明書が増えた。胃痛と引き換えに。


 四人そろって、屋敷への坂道を上る。

 三人で下りてきた道を、四人で上っていく。たったひとり増えただけなのに、なんだか急に、にぎやかになった気がした。先頭をゆくリリーが何か言うたび、ネルが「……んっ」と気のない相づちを返し、シルヴィアがそれを見て楽しそうに笑っている。

 日が傾きはじめて、丘の上の屋敷が、夕焼けにぼんやり浮かんでいた。蔦の絡んだ古い屋敷。村人が「出る」と噂し、誰も寄りつかない場所。

 その門の前まで来たとき、ネルが、ふと足を止めた。

 眠たげな半目で、屋敷をじっと見上げている。


「……どうしました?」


 私が尋ねると、ネルは小さくあくびをして、なんでもないことのように言った。


「このお屋敷、いるよ」

「……えっ?」

「中に、誰か。……ううん、こわいのじゃない。いい子。ずっと、待ってたみたい」


 すっ、と、背筋に冷たいものが走った。リリーが「ちょ、ちょっとネル!?」と声を裏返らせ、シルヴィアも珍しく目を丸くしている。

 幽霊屋敷。出る屋敷。三日前に聞いた噂が、いやでも頭をよぎる。


 けれど——私は、思い出していた。

 昨夜の台所。火を入れていないのに温かかったケトル。あの、優しい気配。おかえり、と言われているような、あのあたたかさを。

 怖く、なかったのだ。あのときも。

 ネルはというと、もう興味をなくしたみたいに、とことこと門をくぐっていく。


「……ただいまー」


 誰にともなく、そう言って。

 まるで、ずっと前からここに住んでいたみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ