表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜実は規格外だけど、今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第1章【 ハズレ聖女、勢ぞろい 】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8

第1話『ハズレ聖女、幽霊屋敷に着任します』


 聖女になるはずだった。


 国にひとり、神の加護を授かり、聖具(せいぐ)を通して奇跡を起こす——それが聖女。

 叙任の日、私は誰よりも祈りを覚え、作法も理論も、ひとつ残らず頭に叩き込んでいた。

 大聖堂の祭壇(さいだん)で、聖具に手をかざす。選ばれた者が触れれば、聖具は光を放って応える。そういう決まりだった。


 けれど。

 私が触れても、聖具は——うんともすんとも言わなかった。

 しんと静まりかえった大聖堂で、司祭が冷ややかに告げた。


「反応、なし。……残念だが、君に聖女の才はない」


 才能なし。なんの力も宿していない、空っぽの娘。


「待ってくださ――」

「聖女ではない者は、これ以上の神の庇護(ひご)を受ける資格はない。直ちに出ていけ」


 そういうことになって、私はその日のうちに、生まれ育った故郷を追われた。荷物ひとつと、十数年ぶんの努力を抱えて。


 クロエ・ハーヴェイ、二十歳。黒髪で、聖具に見放された女。


 ——それが、馬車を幾度も乗り継いで辺境の幽霊屋敷にたどり着くまでの、私のすべてだった。


          ◇


 辺境ローエンド地方の、そのまた外れ。

 石ころだらけの道を半日も揺られた馬車が、森の縁でぽつんと私を降ろした。御者は荷物を放るように下ろすと、「ここから先は歩きで」とだけ言って、来た道をそそくさと引き返していった。やけに急いでいた。まるで、これ以上近づきたくないとでもいうように。


 丘の上に、屋敷が建っている。

 かつては立派だったのだろう。けれど今は、ツタが壁を半分のみ込み、窓の何枚かは割れたまま。庭は伸び放題で、門扉(もんとびら)()びて傾いている。


「……〝出る屋敷〟、ねぇ」


 求人票には、そんなことは書いていなかった。書いてあったのは『住み込みメイド募集・(まかな)いあり・経歴不問』。経歴不問。その四文字に、私はずいぶん助けられた。経歴を問われたら、私には差し出すものが何もないから。

 はぁ、と息を吐いて、私は荷物を抱え直した。


 門をくぐると、先客がいた。

 二人。

 一人は銀色の髪を肩に流した、おっとりした雰囲気の女の子。もう一人は金髪を後ろで結わえた、いかにも元気そうな子。二人とも、私と同じくらいの年に見える。


「あらあら、こんにちは~」


 銀髪の子が、大きな荷物を抱えた私を見て、ふんわりと首をかしげた。


「もしかして、あなたも——ここで働く方ですか?」

「クロエ、と申します。本日からこちらでお世話になる予定で」

「やっぱり!  わたしはシルヴィアです。よろしくお願いしますねぇ」

「あたしはリリー! よろしく、クロエ!」


 金髪の子——リリーが、ばしっと私の背中を叩いた。痛い。地味に痛い。

 どうやら同じ求人に応募して、三人とも採用されたらしい。ずいぶんと人手不足な屋敷である。

 あるいは——人が居つかない屋敷なのか。後者だろうな、と、傾いた門扉を見ながら思った。


「ねえねえ、クロエはどうしてここに来たの?」


 屋敷の扉を開けようと格闘しながら、リリーが無邪気(むじゃき)に聞いてきた。

 来た理由。それは——と言いかけて、私は口をつぐんだ。

 ――聖女になりそこねた身です、なんて、初対面で打ち明けることでもない。


「……まあ、いろいろあって。リリーさんは?」

「あー、あたし?  あたしね、叙任の儀でちょっとしくじっちゃってさ~」


 ——叙任の儀。

 その単語に、私は思わずリリーの顔を見直した。

 叙任の儀といえば、聖女を選ぶ、あの儀式のこと。つまりこの子も、私と同じ場所に立った人間だ。


「……リリーさんは、聖女の?」

「だったよ、いちおうね。なりそこねたけどね!  でさ、なにがあったかっていうと」


 悪びれもせず、リリーは続けた。


「聖火に火を灯すだけだったんだよ。ぱちっと小さい雷を落とせばいいだけ。なのにさー、なんか加減まちがえて、大聖堂の鐘楼(しょうろう)がまるっと吹っ飛んじゃって!」

「……鐘楼が、まるっと?」


 待ってほしい。鐘楼といえば、大の男が何人がかりでも動かせない、あの石造りの塔だ。

 それが、火を灯すついでに吹き飛ぶ?


「あはは、あと城壁も一面、炭になっちゃった。魔物を追い払おうとしただけなのに。それで『お前は危ないから』って、やんわり国を出されたわけ」


 城壁。一面。炭。

 ひとつひとつの単語は知っているのに、つなげて理解することを頭が拒んでいた。なのにリリー本人は、天気の話でもするみたいにからっと笑っている。私の血の気が引いているのと、まるで釣り合わない。


「シルヴィアさんは……?」


 半分、聞くのが怖いと思いながら尋ねると、銀髪の子――シルヴィアは頬に手を当てて、申し訳なさそうに眉を下げた。


「わたしはですねぇ……疫病を治そうとしたら、その、ちょっとやりすぎてしまって」

「やりすぎ、というと……どのくらい?」

「国の象徴の、それは大きな枯れた大樹があったんですけどね。つい元気にしてあげたら、一晩で王城のお庭が森になってしまって……」

「えっ?」

「その上、畑のお野菜も張り切りすぎて道を塞いでしまって……その結果、『災害級』と言われてしまい、しょんぼり追い出されてしまいました」


 ——王城が、森に。

 もう、相づちすら打てなかった。疫病をひと晩で鎮めるだけでも聖女の中の聖女だというのに、ついでに王城を森に変えてしまう人が、この世にいるとは思わなかった。


 鐘楼を吹き飛ばす子。王城を森に変える子。

 そのどちらも、自分のしでかしたことを「ちょっと」「やりすぎ」くらいにしか思っていない。

 ……これは、とんでもないところに来てしまったかもしれない。

 けれど、と私は思い直す。「規格外だ」「制御不能だ」とどこからもはじかれて、それでもへこたれずに笑っている二人を前にすると、不思議と身構える気にはなれなかった。

 なんの力もない私と、力がありすぎる二人。向きはまるで逆だ。それでも、「お前はここにいるべきじゃない」と言われて流れ着いた一点だけは、たぶん同じなのだ。

 だとしたら——力のない私にも、この吹きだまりの一員でいる資格くらいは、あるのかもしれない。


          ◇


 扉はようやく開いた。リリーが蝶番(ちょうづかい)ごと引きちぎりかけたのは見なかったことにする。

 中は、思ったより荒れていなかった。(ほこり)はあるが、家具は(そろ)っている。奥には大きな暖炉のある広間もあって、ここなら今夜から眠れそうだ。暮らせなくはない。


「とりあえず、住める状態にしましょう。日が暮れる前に、最低限だけでも」


 私が言うと、二人は元気よくうなずいた。


「庭はわたしが見ますねぇ。あんまり伸びていると、お客さまも入りにくいでしょうし」

「じゃああたし、(たきぎ)を割って火ぃ起こすわ! 夜、寒いっしょ!」


 ——今思えば、()()()()()()()()()()()


 けれど初対面の私に、二人を止める理由はまだ、なかったのだ。


 私が屋内の床を掃いている、ほんの十数分の間の出来事だった。

 窓の外が、やけに緑になった。

 ほうきを持ったまま外に出て、私は固まった。荒れ放題だったはずの庭が、青々とした若葉に覆われている。枯れていた花壇から色とりどりの花が顔を出し、ひからびた井戸端の苔まで、つやつやと生き返っていた。

 その真ん中で、シルヴィアが土を払いながら、にこにこ立っている。


「あらあら、ちょっと雑草を抜いただけなのに、つられてお花も元気になっちゃいましたねぇ」

「ちょっと、雑草を、抜いただけ」

「ええ。土に触れると、なんだか皆さん張り切ってしまうんですよ。困ったものです」


 困った、で済む光景ではない。私が着いたときには誰も寄りつかない廃屋だった場所が、今や手入れの行き届いた庭園みたいになっている。

 言葉を探していると、屋敷の裏手から、ばちっ、という音と、リリーの明るい声が飛んできた。


「火ぃついたー! ……あれ?」


 嫌な予感がして駆けつけると、薪が、なかった。

 正確には、あった。けれど、組み上げたはずの薪は黒い炭の山に変わり、その向こうで物置の壁板が一枚、こんがりと焦げていた。


「いやー、なんか湿ってたから、ちょっと強めにパチッとやったらさ。一瞬で乾いて、ついでに燃えちゃった。あはは」

「ついで、で物置が焦げるんですか!」

「大丈夫大丈夫! めっちゃ加減したから! これでも!」


 加減して、これ。

 私は炭の山と緑あふれる庭を交互に見て、深く長く息を吐いた。


「……はぁ。お二人とも、初日からとんでもないですね」

「えへへ」

「ふふ、お揃いですねぇ」


 褒めていない。まったく褒めていないのに、なぜか二人は嬉しそうだった。

 そうして私は理解した。この子たちは、自分のやっていることが「とんでもない」とは、これっぽっちも思っていない。雑草を抜いただけ。火をつけただけ。本気でそう思っている。

 怖い。けれど——なぜだろう。少しも、嫌な感じがしなかった。


          ◇


 日が傾き、私たちは広間の暖炉の前に集まっていた。リリーが薪をすっかり炭にしてしまったので、火を起こすのには少し手間取ったけれど。

 ふと、リリーが首をかしげた。


「あれ? そういえばさ、求人票、四人募集って書いてなかった?」


 言われて、私も思い出した。確かに、募集人数は四名だった。


「もう一人、いるはずですねぇ」


 シルヴィアがのんびり言う。三人で顔を見合わせた。

 日が沈んでも、門をくぐってくる影はない。森のほうから、夜風が一度、ひゅうと吹いた。


 四人目は、まだ来ない。


 ぱちぱちと火がはぜる音を聞きながら、私はそっと、自分の手のひらを見下ろした。

 庭を森に変える子。城壁を炭にする子。みんな、「やりすぎ」を抱えてここに来た。

 私には、それすらない。聖具は、私には何も映さなかった。やりすぎることも、できなかった。

 ——結局、この吹きだまりで一番ハズレなのは、私なのに。

 まだ見ぬ四人目を待ちながら、私はひとり、揺れる火を見つめて、そんなことを思っていた。

面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ