ライトニング・ジャスティス!! ~ひたむき少女と仮面の青年~
ディセント王国の片隅にある領地ウィンダル。
領内の街の一角にある住居併設の小さなベーカリーで私は働いていた。
日も傾いてきた頃、パンの配達を終え帰ってきた私は勢いよくドアを開く。
それと同時に、ドアに吊るされた来客を知らせるベルがカランカランと音を立てた。
「ただいま戻りました~!」
ベルの音と共に、店内に私の声が響く。
閉店の時間も近く、お客さんの姿は見当たらないけれど、店内に並べられた少しばかりの売れ残りのパンはまだ美味しそうな匂いを放っていて、私の鼻腔をくすぐった。
「ああケイト。お疲れ様」
私の帰りに気付き、店の奥から女性が姿を見せる。店主のフェズさんだ。
「配達は無事に終わったかい?なにか問題はなかった?」
「バッチリ!今日の分は終わりです!なにも問題ありませんでしたよ!」
フェズさんは「それはよかった」と微笑む。
だけどそこに浮かぶ表情に、私は微かな違和感を覚えた。気になった私は尋ねてみる。
「フェズさん、なんだか浮かない顔してますけど、なにかあったんですか?」
「ああ、それがね……」
話を聞くと、どうやらこの時間になってもフェズさんの娘のエミーちゃんが戻っていないらしい。
あの子も私と違うルートでパンの配達をしているはずだけど、いつもは私より先に戻っていたはずだ。
フェズさんは、探しに行きたいけど店を放っておくわけにもいかないし、と悩んでいたみたいだった。
「それなら、私が探してきますよ!エミーちゃんの配達ルートは私も知ってますし!」
エミーちゃんは私より年下だけど、よく店の手伝いをしているとてもいい子だ。
パン職人を目指すため、家を出てこの店で住み込みで働かせてもらっている私にとっても妹のような存在。心配じゃないわけがない。
「けど、大丈夫かい?近頃は領内でもいろんな問題が起こってるとかで、警備隊の人も見回りの回数が減ってるって話だし……」
確かに、最近は配達先でも『領主様の屋敷が襲われたらしい』だとか、『隣国がこの国に戦争を仕掛ける準備をしているらしい』だとか、世間話のついでにそういう不穏な噂を耳にすることもあった。
けれど、私の目に映るこの街は平和そのもので、誰かが面白おかしく吹聴してるだけの根拠のない噂話だと思って気にも留めずにいた。
そんな事よりも今はエミーちゃんが心配だ。
「ほら、もうすぐ暗くなりますしどこかで転んで怪我でもしてたら大変じゃないですか!大丈夫、すぐに見つけて戻ってきますから!」
私は胸を叩いて任せてくださいと言う。フェズさんも、それならばと私に任せることにしてくれたようだ。
「ありがとうね。でも暗くなったら見つからなくても戻っておいで。入れ違いで帰ってきてるかもしれないし、まだ帰ってこないようなら私が警備隊の詰所にいって探してくれるよう頼んでくるからさ」
「わかりました!それじゃすぐに行ってきますね!」
私は戻って来た時と同じように勢いよくドアを開けると、すぐに駆け出して行った。
◇
「うーん、いないなぁ」
いつもエミーちゃんが通っているはずのルートをなぞるようにして探してみるけれど、一向に見つからない。
探し始めてどれくらいたっただろう。あたりにはもう夜の帳が降りはじめていた。
「もしかしたらもう戻ってるのかなあ」
どこかで入れ違いになったのかもしれない。
この辺りは人通りもなく、閑散としている。
フェズさんとの約束もあるし一度戻ったほうがいいかもしれない。そう思い店の方に戻ろうとしたその時、視界の端に気になるものが映った。
「これ、エミーちゃんの……!?」
近寄って確かめてみると、私やあの子がパンの配達に使っている店の籠が、舗装された道から外れた草むらの手前に転がっていた。
辺りにエミーちゃんの姿は見当たらない。
籠の先にはただ、背の高い草むらが広がっているだけだ。
「エミーちゃーん!!」
名前を叫んでみるが、返事が返ってくることはない。
そういえばあの子、時々寄り道しては服を汚して帰ってきてたことがあったっけ。
もしかしてこの先に入っていっちゃったんだろうか。
辺りには薄闇が広まりはじめている。こんなことなら何か明かりを持ってくればよかった。
そう思ったけれど、もしかするとこの先に怪我をして泣いているエミーちゃんがいるかもしれないと思うと、居ても立ってもいられず草むらに入り中を探してみることにした。
ほとんど何も見えない足元に注意しながら草を掻きわけて進む。
この先に何があるのか私は知らない。もしかすると何もないのかもしれない。それでもとりあえず進んでみる。
──そうしてるうちにふと、明かりのようなものが目に入った。
「あれ?あそこ、何かある?」
そちらに近づいていくと、空き地のような開けた空間があることがわかった。
地面に置かれた数個のランタンと、どうやらその近くに何人かの人の姿もあるようだ。
なんだか怪しい雰囲気を感じた私は、なるべく音を立てないように近寄り、様子を窺うことにした。
──草むらに隠れながらその場所のかなり近くまで来ると見知った人の姿が目に入り、私は言葉を失った。
(エミーちゃん!!?)
手足を拘束されて口元に布を噛まされ、気を失っているのかぐったりと項垂れているエミーちゃんの姿がそこにあった。
(ど、どうしよう!?どうしたら!?)
落ち着け、私……!
実は私には隠された凄い力があって、この場に飛び出して男たちを蹴散らし、エミーちゃんを助ける事が出来る。
なんて、そんな都合のいい話があるわけがない事はわかってる。
それなら一度ここを離れて、警備隊の人を連れてもう一度戻ってくるしかない。
(ごめんねエミーちゃん!!もう少しだけ待ってて!!)
心の中で呟き、踵を返して来た道を戻ろうとしたその時──
「きゃっ……!?」
突如、何者かに腕を掴まれる。視線をそちらに向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「おいおいなんだァお嬢ちゃん。なんの用があってここに来た?」
男が腕を引っ張ると、私は草むらから引きずり出された。
「痛っ!は、離して!!」
掴まれた腕を必死に振りほどこうとするが、強い力で捕まれていてまったく振りほどけそうにない。
私は恐怖で身が竦んでしまった。
「へぇ、よく見るとなかなかかわいい顔してんじゃねェか」
男は厭らしい笑みを浮かべて私を見下ろす。
私は震えながらもどうにか自分を奮い立たせるように声を張り上げた。
「あ、あなたたちは何者なの!?なんでエミーちゃんがこんなところに!?」
「あァん?」
男は少し考えるようなフリをして──
「まあ俺らのことはどうでもいいだろ。エミーってのはあの娘か?」
捕らわれているエミーちゃんのほうを顎で指す。
「そうよ!!エミーちゃんを返して!!」
「そうはいかねえなァ。俺らも人に頼まれてるんでね」
「ど、どうしてエミーちゃんを!?」
「別に誰でもよかったんだけどよ。たまたまあの娘が攫いやすそうな場所にいたってだけだ。運が悪かったなァ」
男は薄ら笑いを浮かべる。そんなことであの子を攫おうとしていたの?
許せない……恐怖と怒りが綯交ぜになったような気持ちだ。だけどこの場を切り抜ける方法が思いつかず、私は無力感を覚えた。
「いったい何の目的でこんなことを!?」
「さあなァ。俺らは誰でもいいから攫ってこいとしか言われてないんでね」
せめて大声で話を引き延ばして、誰かが気付いてくれるのを待つしかない。だけど──
「おしゃべりはもういいだろ?この場を見られた以上はお前も一緒に連れていくしかねェな。悪く思うなよ!」
そんな考えを見透かしたかのように、男は話を切り上げ、私を拘束しにかかった。
心に絶望が滲み寄ってくるけれど、私は諦めずに助けを求めて叫び続ける。
「うるせえなァ!いくら叫んでもこんな時間、こんな場所に誰も来やしねェよ!諦めな!」
「むぐっ──!」
手足を縛られ、口元にも布を噛まされてしまう。これじゃもう助けを求める事も叶わない。
(ごめんね、エミーちゃん……エミーちゃんを連れて帰れなくてごめんなさい、フェズさん……)
どうする事も出来ず、心の中で二人に謝る。悲しさと悔しさと恐怖で涙が溢れだした。
「なあ、そろそろ待ち合わせの時間だろ?さっさとこいつら連れて──!?ぐェああああァァ!?」
近くに座っていた男の仲間の一人が立ち上がって何か言いかけたその時、すごい速さで飛んできた何かがぶつかり、激しく吹き飛ばされた。
「──!?」
「な、なんだァ!?」
濛々と土煙が上がり、吹き飛ばされた男が立っていた場所に人影のようなものが見える。
次第に土煙が晴れると、そこには──
「ふーっ、何とか間に合ったか」
淡く光るたくさんの紫色の羽根で装飾された、鳥のような奇妙な仮面を被った人がそこに立っていた。
もうなんだかよくわからない展開に、私の思考は追いついていけなかった。
「な、なんだてめェ!?なにモンだ!?」
「オレか?オレは、そうだな……」
仮面の人は少しの間を置いて──
「正義の味方だ」
と口にした。
……一体私たちはこれからどうなってしまうんだろう。
◆◆◆
勢いに任せて突っ込んでしまったが、さてここからどうするか。
とりあえず一人は倒したから、残りは4人だな。
「正義の味方だァ!?舐めてんのか!!」
「う、うるせえ!」
咄嗟に正義の味方なんて名乗ってしまったのはちょっと恥ずかしい。
けどオレがやろうとしてる事はあながちそれで間違っちゃいない。
どうやら赤毛の娘のほうは意識があるようだが、ブロンドの髪の娘は意識を失っているようだ。
ともかくこの娘たちを助けないと。
「それより、さっさとそのお嬢さんたちを解放して消えな。今ならまだ警備隊に突き出すのは勘弁しといてやる」
「あァん!?」
オレの言葉にいちいち突っかかってくるあいつがこの誘拐犯どものリーダーなんだろう。
本当に消えてくれるとありがたいんだが。
「てめェこそ痛い目見ないうちにさっさと消えろ!!それともここでボコボコにされるのがお望みか!?」
当然そうなるわけもなく交渉は決裂。まあわかってた。それなら実力で排除するだけだ。
それにしても活動初日からこんな場面に出くわすなんて、一体いつからこの街の治安はこんなに悪くなったんだろう。
「やってみな。やれるもんならな」
「……いい度胸だ!!おい!!」
リーダーの男の言葉に従って、残りの男たちも近くに置かれていた武器を手に持ちオレの四方を取り囲み始める。
オレは震えている赤毛の娘を安心させるように、なるべく穏やかに声をかけた。
「ちょっと待っててくれよ。すぐ助けるから」
「──!!」
彼女は目に涙を浮かべながら大きく何度も頷いている。……早く助けてあげないとな。
背後に回った男の一人が、木の棒を振り上げ襲い掛かってくる。
「おらぁ!死ねっ──!?ぐほァああああァァ!?」
振り下されるより先に、振り向きざまに胴を薙ぎ払うように蹴りを放つと、背後にいた男に直撃し吹き飛んだ。
その光景を見た他の男たちは一瞬怯むが──
「ビビるんじゃねェ!!同時にいけ!!」
リーダーの男の指示に、残りの二人が手に持った鉄の棒で同時に襲い掛かってくる。しょうがない、少しばかり驚かせてやろう。オレは同時に振るわれた鉄の棒を掴んで受け止めると──
「『伝え雷!意識揺らし昏き眠りの淵へと誘え!《衝気雷》!!』」
両手から放たれた雷撃が、バチバチと激しい音と共に鉄の棒を伝い男たちに流れ込む。
「「ひっ……うわああああァァ!!!」」
雷撃を浴びた二人は悲鳴を上げてその場に倒れた。
「な、な、な……!?」
「安心しな。気絶させただけだ」
残されたリーダーの男は驚いたように目を見開き、そして引きつった笑いを浮かべる。
「そ、それ、魔術じゃねえのか!?お前、警備隊の奴だったのか!?」
本来であれば魔術を行使する方法は領主や貴族にのみ伝わり、極一部の例外を除いて平民には行使することも、習得することすらも許されていない。
そして警備隊には貴族の子弟が多く在籍していて、それが警備隊がこういう連中に恐れられる理由に繋がってるというわけだ。
「オレが警備隊の人間に見えるか?」
「見えねえから聞いてんだよ!?」
そうだ。オレの身なりは警備隊が着用する制服でも、貴族が着るような豪奢で質のいい上等な衣装でもない。
平民が着るような至ってシンプルでありふれた衣服だ。この仮面以外は。
「言っただろ、オレは正義の味方だ。警備隊の人間じゃない」
「じゃあ何で魔術なんて使えるんだよ!?」
「そんなこと、お前に言ってどうなるってんだ。で、どうする?降参するか?」
「く、くそッ……!」
これだけ脅してやったんだ、さっさと諦めて降参してくれるといいんだが。
そう思っていると男は懐からナイフを取り出して赤毛の娘のほうに刃を向けた。
「降参するのはてめェのほうだ!!こいつがどうなってもいいのか!?」
「──っ!!」
彼女の目には大粒の涙が浮かび、恐怖に体が震えているのがわかった。
──それを見た瞬間、オレの心には怒りの炎が灯った。
「もうやめとけ、それ以上は冗談じゃ済まねえぞ」
それでも務めて冷静に、言い含めるように降伏を促す。
だが聞く耳を持たず、男はナイフを振りかざして威嚇する。
「う、うるせぇ!!さあ、どうすんだよ!?」
オレは仮面の奥でため息をつくと、意識を集中し──
「『猛りし雷、紫光の帯となりて我が拳を包め!《紫電拳装》!!』」
眩い光を放ちながら紫色の雷が生じ、オレの腕から拳にかけてを覆い包んでいく。
この術はオレが本気で戦う意志を固めた証だ。
「お前がその娘を傷つけるより先に、オレがお前をブチのめす!これが最後の警告だ!さっさと降参してその娘たちを解放しろ!」
その光景を見た男は明らかに震えていた。
ナイフを握る力は緩み、そのまま手から零れ落ちそうになる。だが──
「ち、ちくしょうがァァ!!!」
自棄なのか意地なのか、不意にナイフを握りなおしてその切っ先をオレに向けると、そのまま体当たりするように向かってきた。
オレは素早く構え、カウンターを合わせるように拳を繰り出す。
「『集約せし雷よ、我が意に応え破壊の力を此処に示せ!《炸雷撃》!!』」
腕を包んでいた紫の雷を拳の先一点に集めて撃ち抜く!
「ぎぃやああああああああァァァァァァ!!!」
炸裂する雷に撃たれた男は絶叫を上げて倒れ伏す。
完全に伸びてしまっているようだが、一応手加減はしたので死んではいないだろう。
「ふぅ……悪い、待たせたな」
オレは一息つくと、まずは赤毛の娘の手足と口の拘束を解いてやった。
「ぷはっ、あ、ありがとうございます!!あの、そっちの子も解放してあげてください!」
「わかってるって」
もう一人、気絶している娘の拘束も解いていく。どうやら意識はまだ戻っていないようだ。
「エミーちゃん!!!」
二人の拘束を解き終えると、赤毛の娘が気絶している娘に駆け寄り、体を揺さぶって名前を呼ぶ。
すると、程なくしてエミーと呼ばれた子は目を覚ました。
「……あれ?ケイトおねえちゃん?……ここ、どこ?」
「エミーちゃん!!!よかった!!!」
ケイトと呼ばれた娘は涙を浮かべてエミーに抱き着く。
どうやらエミーのほうは気絶している間に何があったのかわかっていないようで、この状況に困惑していた。
「あ、あのねエミーちゃん。あなた、もうちょっとで悪い人に攫われそうになってたんだよ?」
「え!?どういうこと!?」
「ここに連れて来られる前のこと、何か覚えてない?」
エミーは目覚めたばかりの頭で何かを思い出そうと唸りはじる。
「あ、そういえば……」
曰く、パンの配達を終えて帰ろうとしているときに道端に何か落ちているのを見つけて近寄ってみると、後ろから現れた何者かに薬か何かで眠らされてしまったらしい。
「最近は警備隊もあんまり動けないみたいだし、これからは気を付けないとな」
「本当にそうですね……あ、エミーちゃん、こちらの方が私たちを助けてくださったの」
ケイトがエミーに対してオレを紹介しようとする。
このとき、彼女は初めてオレの存在に気が付いたようだ。
「わああああ!!なに!?なに!?」
「お、おい、落ち着け!」
オレの方を向いたエミーは驚いて凄い勢いで離れてしまった。
うーん、確かにこんな怪しい仮面姿の男を見れば驚くのも無理はない。だからといってこの仮面を外すわけにもいかないのだが。
仕方なくオレも数歩下がって距離を取る。
「……落ち着いたか?」
「だ、大丈夫だよエミーちゃん!この人は悪い人じゃないよ!……多分」
多分って。オレは悪い人じゃないよ。なんてこの怪しい格好で言っても説得力がないので聞かなかったことにしよう。
少し時間を置くとエミーも落ち着いたようで少しずつこちらに近寄ってきた。
「……あの、ごめんなさい!助けてくれてありがとう!」
「おう、気にするな」
そう言うとエミーはニコッと笑い、次にケイトに抱き着いた。
「お姉ちゃんもありがとう!」
「えへへ、私は何も出来なかったけどね」
「ううん、そんなことないよ!」
二人の関係は知らないが、姉妹のように仲が良さそうだ。いいことだな。
なんて思っていると──
「う……うぅ……」
どうやら最初に蹴り飛ばして気絶させていた男が目を覚ましたらしい。
「な……なんだこれ……!?」
「よう、お目覚めか?」
男は周りに倒れている仲間たちとオレをみて状況を把握したようだ。
「ひぃぃ……!!ゆ、許してくれぇ!!」
「もう何もしねえよ。警備隊に突き出すのも勘弁しておいてやる。ただし、オレはこれからもお前らを見ているぞ。次に何かやらかしたら命はないと思え。仲間にもそう伝えておけ。」
そう脅してやると、仲間の事など放っておいて一目散に逃げてしまった。
「あ、あの、いいんですか?逃がしてしまって」
「さんざん脅してやったし大丈夫だろ。警備隊もこんな小悪党に関わってるほど暇じゃないだろうしな」
ケイトは少し不安そうにしていたが、オレの活動目的を考えると警備隊に手間をかけさせるのは本末転倒だ。
それよりもそろそろ二人を家に帰してやらないと。
「二人とも、歩けそうか?」
「あ、まだ少し足が震えてますけど、大丈夫です!」
「あたしも大丈夫!でもちょっと眠いかも~」
おぶってやろうか?と言うとケイトは顔を真っ赤にして大丈夫です!と固辞された。やっぱりまだ警戒されてるんだろうか。代わりにエミーがおぶって~!と言ってきたのでおぶってやることにした。最初はめちゃくちゃ驚いてたのに慣れるのが早いな。
◇
空き地から続く砂利道を通って市街地へと歩いていく。明かりとしてあいつらが持っていたランタンを一つ拝借した。
ケイトは、ここって道があったんですねと言っていたが君は一体どこから入ってきたんだ。
そして背中ではもうエミーが寝息を立てていた。
「あの、そういえばどうして助けに来てくれたんですか?」
「うん?」
ケイトがオレに尋ねる。
「助けを呼ぶ声が聞こえたから、かな」
「声……ですか?」
彼女は不思議そうに首をかしげた。
「あそこから街までってそれなりに離れてますよね。私の声、そんなに遠くまで届いてました?それともたまたま近くにいたんですか?」
「いや。ただオレは耳が良くてね。あとはこの仮面のおかげかな」
そう。この仮面を着けて意識を集中すると、まるで世界と一つになったかのように全身の感覚が研ぎ澄まされ、音だけじゃなく助けを求める人の存在そのものまである程度認識出来るようになるのだ。
「私にはよくわかりませんけど、凄い仮面なんですね。さっきの魔術みたいなものも仮面の力で?」
「あー、まあそんなところかな」
オレが曖昧に答えると、少しの間静かな時間が流れた。
「……あ!そうだ!」
沈黙を破りケイトが声を上げる。
「どうした?」
「名前!まだ聞いてませんでした!あ、私はケイト、そっちの子はエミーです!」
「ああ、お互い呼び合ってたし知ってるよ」
「それじゃあなたのお名前は?」
オレの名前……だと?本当の名前を名乗るわけにはいかないし、だからって偽名なんか考えてないぞ!?
「な、名前ね、えーっと……」
頭をフルに回転させ考える。名前……名前……よし、これでいこう!
「オレの名前はライトニング・ジャスティスだ!」
「ら、ライトニング……?」
あ、これはハズしたな。どうもオレは昔から名前のセンスがないらしい。
そう思っているとケイトがクスクスと笑い始めた。
「ライトニング・ジャスティスさん!ですね!あの、長いのでジャスさんって呼んでもいいですか?」
「あ、ああ。いいぞ」
正直、変な名前とバカにされるかと思ったがどうやら好意的に捉えてくれたみたいだ。
ジャスさんか、まあ悪くない。
二人で他愛ない話をしながら歩いていると、背中のエミーが何か呟きながらもぞもぞ動いていることに気付く。夢でも見ているのだろうか。
「わるものはあたしがやっつけてやる、え~~い」
その瞬間だった。
エミーの手がオレの仮面に直撃。当たり所が悪かったのか、仮面は音を立てて地面に落ちた。
「なっ……!!」
「えっ……!?」
なんてことだ!!すぐにケイトから顔を背け、足元の仮面を拾い上げる。
「み、見たか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「ご、ごめんなさい!見てしまいました!……でもどうしてあなたのような人がこんな事を?」
「いろいろと事情があるんだ……頼む!!オレの正体は誰にも言わないでくれ!!」
オレはケイト懇願した。
「わかりました。あなたがそれを望むのであれば私は誰にも言いません」
「すまない、ありがとう……」
「いいえ、お礼を言うべきなのは私のほうです!これくらいお安い御用ですよ!」
彼女は笑顔でそう言ってくれた。
◇
やっと街灯の明かりが見え始める。
どうやらケイトとエミーが行方不明になっていたのが広まったのか、少し騒ぎになっているようだった。
オレは背中のエミーをそっと降ろすと、起こしにかかる。
「おーい起きろー、朝だぞー」
「う~ん……まだ眠いよぉ~」
寝起きの悪いエミーをケイトに預けて、オレは立ち去る準備を始めた。
こんな姿で人前に出ても絶対に怪しまれるしな。
「さあ、ここからは二人で帰れるな?」
「あの、ジャスさんは?」
「オレはもう少し街を見回ってから帰るよ。それじゃ二人とも、元気でな!もう悪いやつに捕まるんじゃないぞ!」
「ありがとう!鳥のお兄ちゃん!」
「お、おう」
「おーい!!こっちにいたぞーーー!!」
どうやら二人を探していた人たちがこちらに気付いたようで向かってきている。
人が集まる前にここを離れよう。
オレは集まってくる人々とは逆の方向へ駆け出す。
「本当にありがとうございました!!また、どこかで会えますよね!!」
ケイトがオレ向かってに呼びかける。
「この街に住んでいれば、また会うこともあるかもな!!じゃあな!!」
「鳥のお兄ちゃ~~~ん!!またね~~~!!」
走り去るオレに、彼女たちは大きく手を振り続けていた。
◆◆◆
ジャスさんが去った後、程なくして私たちを探してくれていたらしい街の人たちが駆け寄ってきた。
そこにはとても心配そうな顔をしたフェズさんの姿もあった。
「ああ、エミー!!!ケイト!!!二人とも無事でよかった……!!」
「フェズさん!心配かけてごめんなさい!」
「わ~~~ん、お母さ~~~ん!!!」
エミーちゃんはフェズさんに抱き着くと泣きはじめた。なんだかんだでやっぱり怖かったみたい。
「悪い人に攫われたんじゃないかと心配していたんだよ……!どこも怪我とかしてないかい?」
「はい、私もエミーちゃんも大丈夫です。悪い人には攫われそうになりましたけど」
フェズさんや街の人たちがざわつき始める。
「そういえば、さっきもう一人誰かいたみたいだけど、もしかしてそいつが!?」
「あ、いえ!あの人は私たちを助けてくれたんです!」
「走って行っちまったみたいだけど、一体誰だったんだい?警備隊の人かい?」
「違います、あの人は──」
私は満面の笑みを浮かべて、得意げに答えてみせた。
「正義の味方です」
◇◇◇
……それにしてもジャスさんの正体には驚いた。
ハッキリと見えたわけじゃないけど、あの人は街で何度か見かけたことがあった。
多分、領主様の二人の息子のうちの弟さんのほうだ。
優秀で評判のいいお兄さんと違って、街の人からはいつも遊び歩いている放蕩息子だなんて厳しい評価を受けていた。
でも私は知っている。転んで泣いている子供を慰めてあげたり、困っている人がいればさりげなく手助けをしてあげたりする、優しい人だということを。
何故、正体を隠してあんな事をしているのか、私は知らない。
だけど、あの人にはあの人なりの事情があるのだろう。
だから私は言われた通り、誰にも正体を明かさなかった。
──あれから半年が経った。
今でも時々、ジャスさんの活躍の噂が耳に入ってくる。
私が攫われたときよりも、もっと大きな事件も解決しているようだ。
私は今日もパンを焼く。
初めて焼いた私のパンを、美味しいと言って食べてくれた、あの人のために。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




