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ぽっちゃりキャバクラの店長の俺が店とキャストごと異世界転移した話

作者: 山太郎

ぽっちゃりキャバクラの店長の俺が店とキャストごと異世界転移した話


第1章「新宿の夜」


金曜の午前2時。新宿の裏通りにある雑居ビルの3階。


『ラウンジ・フローレ』は今夜も満席だった。


「堂島さーん、7番テーブルにシャンパン追加でーす」


雅美の声が響く。俺はカウンターから冷蔵庫を開け、モエを取り出した。


「了解」


35歳、業界歴10年のベテラン。雅美はこの店の柱だ。柔らかい体型、それ以上に柔らかい笑顔。どんな客でも15分で心を開かせる。


だが、この笑顔の裏に何があるか、俺は知っている。


雅美には息子がいた。6歳の男の子。離婚した元夫に親権を取られた。「お前みたいな体型の母親、恥ずかしい」と言われたらしい。月に一度の面会日だけが、彼女の生きがいだ。


「堂島さん、3番のお客様、そろそろお時間です」


沙織が耳打ちしてきた。32歳。マダムのような落ち着き。元は大手商社の営業だった。


沙織は過労で倒れた。ストレスで激太りし、復帰しようとしたら「その体型では客先に出せない」と言われた。退職に追い込まれ、流れ流れてうちに来た。


「わかった。俺が締める」


3番テーブルに向かう途中、彩香とすれ違った。23歳、一番の若手。ぷくぷくした頬と、無防備な笑顔。


「堂島さん、今日もありがとうございます」


「おう。いい接客だったぞ」


彩香は嬉しそうに頬を染めた。


この子は3年前、ボロボロの状態でうちに来た。高校時代から拒食症で、一時は35キロまで落ちた。「痩せなきゃ愛されない」と信じ込んでいた。


治療を経て体重は戻ったが、今度は「太った自分」を受け入れられなくなった。面接で泣き出して、「こんな体で働ける場所、ここしかないんです」と言った。


俺は即採用した。


他にも美咲、由美、絵理、真由美。キャストは全部で7人。


厨房の鈴木さん、ボーイの健也、用度係の太郎さん、事務の美希。スタッフが4人。


計12人の小さな店。でも、俺にとっては城だ。


---


午前3時。閉店作業が終わり、スタッフが帰り始める。


健也が最後まで残っていた。22歳。大学を中退してうちに来た、若いボーイだ。


「健也、お前も帰れ」


「はい。あの、堂島さん」


「なんだ」


「俺、来月で3年になるんですけど」


「そうだな」


健也は少し言いづらそうにしていた。


「親父が、そろそろ実家に戻れって言ってて」


「そうか」


「田舎で家業を継げって。でも俺——」


健也は言葉を詰まらせた。


「俺、ここで働くのが好きなんです。堂島さんの下で働くのが」


「なんでだ。こんな店」


「こんな店じゃないです」


健也は俺を真っ直ぐ見た。


「堂島さんは、俺みたいなドロップアウトした奴を拾ってくれた。何も聞かずに、働かせてくれた。ここにいると、俺でも誰かの役に立てる気がするんです」


俺は何も言えなかった。


「すみません、変なこと言って。帰ります。おやすみなさい」


健也は去っていった。


---


一人になった店内で、俺は煙草に火をつけた。


健也の言葉が、頭に残っていた。


あいつは知らないだろう。俺がこの店を始めた理由を。


12年前。俺は結婚していた。28歳の時。相手は痩せ型の美人で、モデルの仕事をしていた。


俺は当時、別のキャバクラで雇われ店長をやっていた。給料は悪くなかった。でも、彼女はいつも俺の体型を気にしていた。


「ねえ、少し痩せない?」


「一緒に歩くの、恥ずかしいんだよね」


「私の友達に会わせられない」


最初は冗談だと思っていた。でも違った。


2年で離婚した。彼女は最後に言った。


「あなたといると、私まで太って見える」


その夜、俺は泣いた。38歳の今でも覚えている。便所で一人、声を殺して泣いた。


それから俺は、この店を作った。


太っていても働ける場所。太っていても輝ける場所。太っていても、愛される場所。


自分のために作った店が、いつの間にか誰かの居場所になっていた。


健也にとっても。雅美にとっても。沙織にとっても。彩香にとっても。


でも——俺自身は、まだ居場所を見つけていない。


店を守ることが、俺の存在理由だ。それ以外に、俺には何もない。


---


煙草を消して、帰ろうとした時だった。


店全体が、青白い光に包まれた。


「は——」


声を出す間もなかった。


光は膨れ上がり、俺の意識を飲み込んだ。


---


第2章「異邦人」


目を開けると、草原だった。


俺は仰向けに倒れていた。空には月が二つ。


「……なんだこれ」


起き上がると、店がそのままそこにあった。


新宿のビルの谷間にあったはずの『ラウンジ・フローレ』が、草原のど真ん中に建っている。看板も、ネオンも、そのまま。ただし電気は消えている。


「堂島さん!」


雅美の声がした。


店の中から、全員が飛び出してきた。


「何これ!」「どうなってるの!」「スマホ圏外なんだけど!」


パニック状態だ。当たり前だ。


俺は深呼吸した。


「全員、黙れ」


声が通った。全員が俺を見た。


「まず確認する。怪我してる奴」


誰も手を挙げない。


「体調悪い奴」


これも誰もいない。


「よし。全員無事だ。それが一番大事だ」


太郎さんが頷いた。「堂島さんの言う通りだ。まず落ち着こう」


「店の中に入れ。外は寒い。話はそれからだ」


俺は全員を店内に誘導した。非常用のランタンを灯す。


「状況を整理するぞ。ここが日本じゃないのは確かだ。月が二つある。空気は吸える。重力も普通。言葉が通じるかどうかは、まだわからん」


「どうするんですか」彩香が不安そうに聞いた。


「明日、俺と雅美で偵察に出る。街があるかどうか確認する。それまで全員、ここで待機だ」


「私も行きます」沙織が言った。


「俺も」健也が手を挙げた。


「……わかった。四人で行く。太郎さん、留守を頼む」


「任せろ」


その夜、ほとんど誰も眠れなかった。


---


俺は店の外に出て、二つの月を見上げていた。


雅美が来た。


「眠れないですか」


「ああ」


「私も」


雅美は空を見上げた。


「……翔太に会えなくなるのかな」


息子の名前だ。


「わからん」


「来週、面会日だったんです。動物園に行く約束してた」


俺は何も言えなかった。


「あの子、動物が好きで。特にゾウが好きで。『ママ、ゾウさん見たい』って——」


雅美の声が震えた。


「会いたい。会いたいよ……」


俺は黙って、雅美の隣に立っていた。


何も言えなかった。何を言っても、嘘になる気がした。


---


翌朝。


俺たち四人は出発した。


草原を抜けると、道があった。人が通った跡。


「人がいるんですね」雅美が言った。


「みたいだな」


30分ほど歩くと、街が見えた。


石造りの建物。行き交う人々。そして——


「あれ……」


沙織が息を呑んだ。


青い毛皮の巨人。狼のような顔。二足歩行。


尖った耳の細身の人間。


紫色の肌に、角。


「ファンタジーだ」俺は呟いた。「完全に」


---


街の名前はアースヴァレン。言葉は通じた。理由はわからないが、ありがたかった。


だが——それ以外は、ありがたくなかった。


「女が店をやる? ふざけるな」


最初に入った商店で、俺たちは追い出された。


「女は家にいるものだ。外をうろつくなど、はしたない」


店主は雅美と沙織を見て、露骨に顔をしかめた。


「しかもその体型……怠惰の証だな。働く気がないから太るんだ。恥を知れ」


雅美の顔が強張った。沙織が唇を噛んだ。


次の店でも同じだった。


「お前たち、どこの田舎から来た? その体で人前に出るなど、神への冒涜だ」


三軒目は、もっとひどかった。


「太った女は穢れだ。出ていけ。店が汚れる」


健也が拳を握った。「てめえ——」


「やめろ」


俺は健也を止めた。


「行くぞ」


俺たちはその場を離れた。


---


街外れの広場で、俺たちは座り込んだ。


雅美が泣いていた。声を殺して、肩を震わせて。


「……ごめんなさい」


「謝るな」


「私がこんな体型だから——」


「違う」


俺は雅美の前にしゃがんだ。


「お前は何も悪くない。悪いのは、あいつらの価値観だ」


「でも——日本でも同じだった。どこに行っても同じなんだ。私たちは——」


「同じじゃない」


俺は立ち上がった。


「まだ全員に会ったわけじゃない。この街には、人間族以外もいた。魔族も、獣人族もいた。全員が敵だと決めつけるな」


沙織が静かに言った。


「……でも、どうするんですか。このままじゃ、食べ物も買えない」


俺は街を見渡した。


「方法を探す。諦めるのは、全部試してからでいい」


---


街を歩き回った。人間族の店は全滅だった。どこでも同じ反応。


だが、一軒だけ違う店があった。


獣人族が経営する酒場だ。


「よう、見ない顔だな」


カウンターにいた獣人——犬のような顔——が言った。敵意はなさそうだ。


「旅の者だ。この街のことを教えてほしい」


「金はあるのか」


俺は懐を探った。日本円しかない。


「……ない。だが、働いて返す」


獣人は俺たちを見回した。そして、雅美と沙織で目を止めた。


「ほう……」


何かを考えている顔だった。


「いい体格だな。お前たち、どこから来た?」


「遠いところからだ」


「そうか」


獣人は顎をしゃくった。


「奥に来い。面白い奴を紹介してやる」


---


酒場の奥の個室に、紫色の肌をした男がいた。


角が二本。魔族だ。60歳くらいだろうか。高そうな服を着て、物腰は丁寧だった。


「私はヴァルトン。商人ギルドで副会長を務めている」


「俺は堂島。こっちは雅美、沙織、健也。訳あって、この世界に来たばかりだ」


ヴァルトンは俺たちを見回した。そして、沙織で目を止めた。


「……素晴らしい」


沙織が身構えた。


「その体格。魔族の間では、非常に高く評価される」


「は?」


「魔力は脂肪に蓄積される。ふくよかな体は、魔力の器として優れている証だ。痩せた者は魔力の容量が小さい。あなたのような体格は——」


ヴァルトンは微笑んだ。


「我々魔族の上流階級では、最も美しいとされる」


沙織は言葉を失っていた。


雅美が前に出た。「私たち、全員こういう体型なんですが……」


「全員?」


ヴァルトンの目が光った。


「それは……非常に興味深い」


---


第3章「二つの価値観」


ヴァルトンの話で、この世界の構造が見えてきた。


人間族は「細く白い体」を美とする。聖輝教会という宗教がその価値観を広め、上流階級に強い影響力を持っている。ふくよかな体は「怠惰」「堕落」の象徴とされる。


だが、魔族は違う。彼らにとって、ふくよかな体は「魔力の器」として尊重される。


獣人族も違う。彼らにとって、ふくよかな体は「生命力の証」。厳しい冬を越える力の象徴だ。


エルフ族は細身を美とする。だが、それは「自分たちの種族の基準」であって、他の価値観を否定するものではない。


「つまり——」


俺は確認した。


「人間族以外は、俺たちの体型を否定しない」


「そういうことだ」


ヴァルトンは頷いた。


「この街は人間族が多数派だ。だが、魔族や獣人族も少なくない。お前たちがどこに身を置くかで、状況は変わる」


「なぜ、あんたは俺たちに親切にする」


俺は聞いた。


ヴァルトンは少し考えてから答えた。


「私は商人だ。価値のあるものを見極めるのが仕事だ。お前たちには——価値がある」


「どんな価値だ」


「まだわからん。だが、感じる。お前たちは、この世界に何かをもたらす」


曖昧な答えだった。だが、嘘ではなさそうだった。


---


店に戻り、全員に報告した。


「人間族はダメだ。だが、魔族や獣人族は俺たちを受け入れる可能性がある」


「どうするんですか」美希が聞いた。


「店を再開する。ただし、客層を限定する。魔族、獣人族、エルフ族。人間族以外を相手にする」


「でも——」


彩香が不安そうに言った。


「人間族に嫌がらせされませんか」


「されるだろうな」


俺は正直に言った。


「だが、選択肢は二つだ。何もせずに飢えるか、リスクを取って動くか」


全員が黙った。


雅美が口を開いた。


「私は、やりたいです」


「雅美さん……」


「日本でも、否定されてきた。でも、この店で居場所を見つけた。ここでも同じことができるなら——やりたい」


沙織が頷いた。「私も」


彩香が言った。「私も、やります」


健也が言った。「俺も。堂島さんについていきます」


一人、また一人と、全員が頷いた。


俺は全員を見回した。


「よし。やるぞ」


---


ヴァルトンの支援を受けて、店を再開した。


『異種族交流サロン・フローレ』


看板を掛け替え、魔族や獣人族の商人に宣伝した。


最初の客は、ゴルドという獣人族だった。


青い毛皮の巨漢。身長2メートル以上。獣人族の労働組合でリーダーをやっているらしい。


「ここが噂の店か」


ゴルドは店内を見回した。そして、雅美を見た。


「お前が雅美か。ヴァルトンから聞いてる」


「はい、そうですけど……」


「いい体格だな」


雅美は苦笑した。「よく言われます。日本では、嫌味として」


「嫌味?」


ゴルドは本気で不思議そうだった。


「なんでだ? こんなに力強い体なのに」


「力強い……?」


「ああ。見ればわかる。お前の体からは、生命力が溢れてる。俺たち獣人族にとって、それは最高の褒め言葉だ」


雅美は言葉を失っていた。


---


エルフ族の貴族、アイリスが来たのは三日後だった。


細身で、長い金髪、尖った耳。この世界の基準では「完璧な美」の持ち主だ。


だが、彼女の目は彩香に釘付けだった。


「あなたが……彩香?」


「はい、そうですけど」


アイリスは彩香の前に立った。


「私、ずっと探していたの。こういう人を」


「え?」


「エルフ族は細い体が美とされる。私は生まれた時から、その基準に縛られてきた。もっと食べたくても食べられない。少しでも太ると、母に叱られる。『エルフの恥』だと」


アイリスの目が潤んでいた。


「でも私は——丸みのある体に憧れていた。柔らかい曲線。触れたら安心できる温かさ。私たちにはないもの」


彩香は目を丸くした。


「私……拒食症だったんです」


「拒食症?」


「食べられない病気です。痩せなきゃ愛されないって、ずっと思ってて——」


「なぜ?」


アイリスは本当にわからないという顔だった。


「こんなに美しいのに、なぜ痩せなきゃいけないの?」


彩香は泣き出した。


長い間、彩香は泣いていた。アイリスはただ隣にいて、彩香の手を握っていた。


「私ね」


彩香がようやく口を開いた。


「高校の時、好きな人がいたの。でも、告白したら笑われた。『お前みたいなデブ、無理』って」


アイリスは黙って聞いていた。


「それから食べられなくなった。食べても吐いた。35キロまで落ちて、入院した」


「つらかったね」


「治療して、体重は戻った。でも今度は、太った自分が許せなくなった。鏡を見るたびに、あの時の言葉が聞こえる。『お前みたいなデブ、無理』って」


アイリスは彩香の頬に手を当てた。


「私は、あなたが好きよ。この体が好き。この笑顔が好き。あなたの全部が好き」


彩香はまた泣いた。でも今度は、違う涙だった。


---


店は少しずつ軌道に乗り始めた。


魔族の商人、獣人族の労働者、エルフ族の貴族。人間族以外の客が増えていった。


俺たちの「接客スキル」は、この世界でも通用した。異なる文化、異なる価値観を持つ客同士の仲介。誤解の解消。関係構築の支援。


「堂島さん、今週の売上です」


美希が帳簿を持ってきた。


「黒字だな」


「はい。ヴァルトンさんの紹介が効いてます」


ヴァルトンは毎日のように店に来た。沙織と話すために。


二人が惹かれ合っているのは、誰の目にも明らかだった。


ゴルドも毎日来た。雅美の隣に座り、何時間も話を聞いていた。


「お前の息子の話、もっと聞かせてくれ」


「いいんですか? 面白くないですよ」


「面白いさ。お前が話すから面白いんだ」


彩香とアイリスは、店が終わると一緒に出かけるようになった。


---


だが——順調なのは、この店の中だけだった。


ある朝、店の前に人だかりができていた。


「何だ、これ」


壁に落書きがあった。


『太った豚ども出ていけ』


『人間の恥さらし』


『獣人と交わる穢れた女ども』


雅美が息を呑んだ。彩香が震えた。


「誰が——」


「聖輝教会だろうな」


俺は落書きを見つめた。


「始まったか」


---


第4章「敵」


嫌がらせは日に日にエスカレートした。


窓ガラスに石。店の前にゴミ。


夜中に叫び声。「出ていけ!」「穢れた女ども!」


キャストたちの顔から、笑顔が消えていった。


ある夜、店の前に集団が現れた。


白い法衣を着た男たちだ。先頭に立つのは、痩せぎすの中年男。


「私はセルヴァン。聖輝教会の司祭だ」


俺は店の前に立った。


「何の用だ」


「警告に来た。お前たちの存在は、この街の秩序を乱している」


「俺たちは合法的に商売をしている。何が問題だ」


「問題だらけだ!」


セルヴァンは叫んだ。


「太った女どもを見世物にし、獣人や魔族と馴れ合う。これは神への冒涜だ!」


「見世物なんかじゃない。彼女たちは働いている」


「働く? あの体型で? 怠惰の塊が働くなど、笑わせるな」


俺は拳を握った。


「お前の神がどう言ってるか知らんが、俺たちは出ていかない」


セルヴァンは冷笑した。


「後悔することになるぞ。我々はこの街で絶大な影響力を持っている。お前たちのような異端者を追い出すなど、造作もない」


「やってみろ」


セルヴァンは去っていった。


だが、これで終わりではないことはわかっていた。


---


翌週、事態は最悪の方向に動いた。


店が襲撃された。


深夜、俺たちが寝静まった頃、火のついた瓶が投げ込まれた。


「火事だ!」


健也の叫び声で目が覚めた。


店の一角が燃えていた。


「全員外に出ろ!」


俺は叫んだ。


消火活動をする余裕はなかった。全員を外に避難させるのが精一杯だった。


幸い、火は厨房の一部だけで収まった。鈴木さんが水をかけ続けてくれたおかげだ。


だが——


「雅美さん!」


彩香の悲鳴が響いた。


雅美が倒れていた。逃げる途中で、落ちてきた木材に当たったらしい。額から血を流していた。


「雅美!」


俺は駆け寄った。


意識はあった。だが、傷は深かった。


「堂島さん……私……」


「喋るな。すぐ手当てする」


ゴルドが駆けつけた。夜中なのに、すぐに来た。


「雅美! おい、雅美!」


「ゴルドさん……」


「喋るな。俺がいる。大丈夫だ」


ヴァルトンが魔族の治療師を連れてきた。


治療師は雅美の傷を診て、呪文を唱えた。緑色の光が傷を包み、出血が止まった。


「命に別状はない。だが、しばらく安静が必要だ」


俺は安堵した。


そして——怒りが込み上げてきた。


---


「許さねえ」


俺は立ち上がった。


「どこへ行くんですか」沙織が聞いた。


「聖輝教会だ」


「堂島さん、待って——」


「待てるか! 雅美が怪我した。次は誰だ。彩香か。沙織か。お前らを傷つける奴を、俺は許さねえ」


「でも、一人で行っても——」


「一人じゃない」


声がした。


ゴルドだった。


「俺も行く。雅美を傷つけた奴は、俺の敵だ」


ヴァルトンも立ち上がった。


「私も同行する。聖輝教会は魔族の敵でもある」


アイリスが言った。


「私も。彩香を脅かす者を、許さない」


健也が前に出た。


「俺も行きます。堂島さんを一人にしない」


俺は彼らを見た。


「……お前ら」


「お前だけの戦いじゃない」


ゴルドが言った。


「俺たちは仲間だ。仲間の敵は、俺たちの敵だ」


---


第5章「対決」


聖輝教会の本部は、街の中心にあった。


白い石造りの大きな建物。門の前に衛兵がいる。


「何の用だ」


「セルヴァンに会いに来た」


衛兵は俺たちを見て、顔をしかめた。


「獣人や魔族を連れてくるなど——」


「会わせろ」


ゴルドが一歩前に出た。2メートルを超える巨体。衛兵は青ざめた。


「わ、わかった。待っていろ」


しばらくして、セルヴァンが現れた。


「何の騒ぎだ——」


俺たちを見て、セルヴァンは目を細めた。


「ほう。来たか、異端者ども」


「お前がやったな」


「何のことだ」


「とぼけるな。俺たちの店を燃やした。仲間を傷つけた」


セルヴァンは薄く笑った。


「証拠はあるのか」


「ねえよ。だが、お前がやったことは明らかだ」


「証拠がなければ、ただの言いがかりだな。さあ、帰れ。これ以上騒ぐなら、衛兵を呼ぶぞ」


俺は一歩前に出た。


「聞けよ、セルヴァン」


「何だ」


「お前は俺たちを『太った豚』だと言った。『怠惰の塊』だと言った。『神への冒涜』だと言った」


「事実だろう」


「違う」


俺はセルヴァンを睨んだ。


「俺たちは働いている。汗を流して、客を喜ばせて、金を稼いでいる。怠惰なのはどっちだ。石を投げて、火をつけて、人を傷つけて——それがお前の言う『神の教え』か」


セルヴァンの顔が歪んだ。


「黙れ! 異端者が神を語るな!」


「神なんか知らねえよ」


俺は言った。


「だがな、俺は12年間、太った女たちと一緒に働いてきた。彼女たちがどれだけ努力しているか、どれだけ傷ついてきたか、どれだけ強いか——俺は知っている」


セルヴァンは黙った。


「お前らは体型だけを見て、人を判断する。だが、人間の価値は体型じゃねえ。何を考え、何をするかだ。お前の『神』がそれを否定するなら、そんな神はクソだ」


セルヴァンの顔が真っ赤になった。


「貴様——!」


「セルヴァン」


新しい声がした。


振り向くと、老人が立っていた。白い髭、鋭い目。高そうな服を着ている。


「ゴーディウス侯爵……」


セルヴァンの顔色が変わった。


---


侯爵はゆっくりと歩いてきた。


「何の騒ぎだ」


「この者たちが——」


「私は彼らを知っている」


侯爵は俺を見た。


「ヴァルトンから話は聞いた。異種族間の仲介をする店を開いているそうだな」


「はい」


侯爵は俺たちをじっと見つめた。そして、少し驚いたような顔をした。


「……お前、名前は」


「堂島です」


「堂島か。ついて来い。話がある」


侯爵は歩き出した。


俺たちは顔を見合わせた。


「行くぞ」


俺は皆を促した。


---


侯爵の屋敷は、街の中心にあった。


石造りの巨大な館。だが、内装は意外と質素だった。


「座れ」


侯爵は俺たちを応接間に通した。


「お前たちのことは調べた。異世界から来た。店ごと転移した。ふくよかな女たちが働く店を経営していた」


「はい」


「そして今、聖輝教会と対立している」


「向こうが仕掛けてきた。俺たちは応戦しているだけです」


侯爵は頷いた。


「セルヴァンは厄介な男だ。聖輝教会の中でも過激派として知られている。だが、教会には信者が多い。正面からぶつかっても、お前たちが不利だ」


「わかっています」


「なら、なぜ来た」


「仲間を傷つけられたからです」


俺は言った。


「黙っていたら、次は殺される。だから来た。たとえ勝ち目がなくても」


侯爵は俺を見つめた。


長い沈黙があった。


「……お前は、いい男だな」


侯爵は立ち上がった。


「私がセルヴァンを抑える。お前たちには手を出させない」


「なぜ、そこまで——」


「理由が必要か」


侯爵は窓の外を見た。


「私は70年生きてきた。この街の領主として、多くのものを見てきた。人間族、魔族、獣人族、エルフ族。皆、違う価値観を持っている。それを『正しい』『間違っている』と決めつけることの愚かさを、私は知っている」


侯爵は振り返った。


「お前たちは異世界から来た。この世界の常識に縛られていない。だからこそ、異種族間の仲介ができる。それは——この街にとって、価値がある」


「それだけですか」


俺は聞いた。


侯爵は少し笑った。


「……鋭いな」


侯爵は俺の前に座った。


「私には秘密がある。誰にも言っていない秘密だ」


俺は黙って聞いた。


「私の母は——獣人族だった」


俺は目を見開いた。


「人間族の父と、獣人族の母の間に生まれた。だが、それは『恥』とされた。母は私が幼い頃に追放された。私は『純血の人間族』として育てられた」


侯爵の目に、深い悲しみがあった。


「私は70年間、自分の半分を隠して生きてきた。獣人族の血を持つことを、恥じて生きてきた」


「侯爵……」


「だが、お前たちを見て——思い出した。母のことを。母の温かさを。母の——体の柔らかさを」


侯爵は俺を見た。


「お前たちの店の女たちは、母に似ている。ふくよかで、温かくて、安心できる。それを『醜い』と言う奴らが——私は許せない」


俺は何も言えなかった。


「だから、お前たちを守る。私の権力を使って、お前たちを守る。それが——私にできる、母への償いだ」


---


第6章「決着」


侯爵の介入で、状況は一変した。


聖輝教会は公式に謝罪を求められた。店への嫌がらせは「犯罪行為」として調査が入った。


セルヴァンは追い詰められていた。


だが——彼は諦めなかった。


---


ある夜、セルヴァンが店に来た。


一人で。


「話がある」


俺は警戒した。だが、セルヴァンの目には、以前のような狂気がなかった。


「……何の用だ」


「謝りに来た」


俺は目を疑った。


「お前たちに——謝りたい」


セルヴァンは俯いた。


「私は……間違っていた」


「何を言ってる」


「私は、太った人間を憎んでいた。なぜか——わかるか」


俺は黙っていた。


「私の母が、太っていたからだ」


セルヴァンは顔を歪めた。


「母は太っていた。父はそれを嫌った。『恥ずかしい』『痩せろ』と毎日罵倒した。母は泣いていた。毎晩、泣いていた」


セルヴァンの声が震えた。


「私は——母を守れなかった。父の側についた。母を一緒に責めた。『なぜ痩せないんだ』と。そうすれば、父に認められると思った」


涙がこぼれた。


「母は——死んだ。食べることをやめて、痩せて、死んだ。私が殺したようなものだ」


俺は何も言えなかった。


「それから私は、太った人間を見ると——母を思い出す。自分の罪を思い出す。だから——憎んだ。排除しようとした。そうすれば、罪悪感が消えると思った」


セルヴァンは俺を見た。


「だが、消えなかった。お前たちを攻撃すればするほど、苦しくなった。お前が言った言葉が——頭から離れない」


「俺が言った言葉?」


「『人間の価値は体型じゃない。何を考え、何をするかだ』」


セルヴァンは膝をついた。


「許してくれとは言わない。だが——謝りたかった」


長い沈黙があった。


俺はセルヴァンの前に立った。


「……立て」


セルヴァンは顔を上げた。


「お前の母親のことは、お前自身の問題だ。俺に謝っても、解決しない」


「わかっている」


「だが——」


俺はセルヴァンに手を差し出した。


「お前が本当に反省しているなら、行動で示せ。謝罪だけじゃ意味がない」


セルヴァンは俺の手を見つめた。


「何をすればいい」


「お前の影響力を使え。聖輝教会の価値観を変えろ。『太った人間は怠惰だ』という教えを改めろ。それができたら——許す」


セルヴァンは俺の手を握った。


「……やってみる」


---


その後、セルヴァンは聖輝教会の内部改革を始めた。


時間はかかった。反発も多かった。だが、少しずつ変わっていった。


「体型は神の試練ではない。神は全ての人間を愛している」


新しい教義が広まり始めた。


俺たちへの嫌がらせは、完全になくなった。


---


第7章「選択」


転移から半年が経った頃——


ヴァルトンが、重大な情報を持ってきた。


「日本に帰る方法が見つかった」


全員が集まった。


「大陸の北に、次元の裂け目がある。お前たちが来た世界に繋がっている可能性が高い」


「帰れるのか」健也が声を上げた。


「ただし——」


ヴァルトンは続けた。


「裂け目は不安定だ。通れるのは一人だけ。一度使えば、二度と開かない」


沈黙が落ちた。


12人いる。帰れるのは一人だけ。


---


その夜、俺は全員を集めて話し合いをした。


「誰が帰る。話し合おう」


誰も口を開かなかった。


「……俺が行く」


俺は言った。


全員が俺を見た。


「お前たちはここで幸せになれる。家族や恋人もできた。俺がいなくても、店は回る」


「堂島さん——」


「俺が帰って、お前たちの家族に無事を伝える。雅美、お前の息子にも——」


「待って」


雅美が遮った。


「私が行きます」


全員が雅美を見た。


「翔太に会いたい。私の息子に——」


雅美の声が震えていた。


「ずっと考えてた。翔太は元気かな。私のこと、覚えてるかな。会いたい。抱きしめたい。ごめんねって言いたい——」


涙が溢れた。


「でも——」


雅美はゴルドを見た。


「ゴルドさんのことも、好きなんです。ここでの生活も、好きなんです。どうすればいいか、わからない——」


ゴルドが雅美を抱きしめた。


「お前が決めろ。俺はお前の決断を尊重する」


「でも——」


「俺は待つ。お前が帰ってこなくても、俺はお前を忘れない。でも、お前が残ると決めたなら、俺は一生お前を守る」


雅美は泣き崩れた。


---


翌日。


俺は雅美と二人で話をした。


「お前、どうしたい」


「わからない……」


「翔太に会いたいか」


「……会いたい」


「ここに残りたいか」


「……残りたい」


雅美は顔を覆った。


「どっちも本当なんです。翔太のことは、一日も忘れたことがない。でも、ゴルドさんのことも、この店のことも、本当に大切で——」


俺は黙って聞いていた。


「堂島さん、私——どうすればいいですか」


「俺に決められることじゃない」


「でも——」


「お前が決めろ。どっちを選んでも、俺はお前を責めない」


雅美は長い間、泣いていた。


そして——


「私、残ります」


「……いいのか」


「翔太のことは、ずっと心に残る。でも——あの子は、元夫のところで幸せに暮らしてる。私がいなくても、あの子は大丈夫。でも——」


雅美は俺を見た。


「ここには、私を必要としてくれる人がいる。私を愛してくれる人がいる。私が、私のままでいられる場所がある」


「そうか」


「だから——残ります。翔太には、いつか心の中で謝ります。ごめんね、ママは遠くで幸せになるね、って」


俺は雅美の肩を叩いた。


「お前は強いな」


雅美は泣きながら笑った。


---


健也が俺のところに来た。


「堂島さん、話があります」


「なんだ」


「俺も——残りたいんです」


健也は俯いていた。


「日本に帰れば、親父の家業を継げる。普通の人生が待ってる。でも——」


「でも?」


「俺、普通の人生なんか要らない」


健也は俺を見た。


「大学辞めた時、俺は何もなかった。目標も、夢も、居場所も。でも、堂島さんに拾われて——初めて、自分が必要とされてる気がした」


「お前は必要だ。うちの店に」


「だから、残りたいんです。堂島さんの下で、もっと働きたい。もっと学びたい。ここで——生きていきたい」


健也の目は真剣だった。


「親父には悪いけど——俺の人生は、俺が決める」


俺は健也の肩を叩いた。


「わかった。一緒にやろう」


健也は泣きそうな顔で笑った。


---


全員で話し合った結果、誰も帰らないことになった。


沙織は言った。「日本に残してきたものは、ほとんどありません。ここには、ヴァルトンがいます」


彩香は言った。「日本では、私はずっと自分を否定してた。ここでやっと、自分を好きになれた。アイリスのおかげで」


太郎さん、鈴木さん、美希、美咲、由美、絵理、真由美——全員が、ここに残ることを選んだ。


「お前らも——」


俺は声を詰まらせた。


「堂島さん」


沙織が言った。


「私たちにとって、家族はここにいます。この店の全員が、私の家族です」


「日本に帰っても、何もないんです」雅美が言った。「でもここには、全部ある」


俺は全員を見回した。


「……俺も、残る」


全員が笑った。


---


裂け目は、誰も使わないまま閉じた。


---


最終章「居場所」


転移から三年が経った。


『異種族交流サロン・フローレ』は、五つの領地に支所を持つまでに成長した。


俺は相変わらず、カウンターに立っている。


「堂島さん、ディレク侯爵から新しい支所の依頼です」


美希が書類を持ってきた。


「また増えるのか」


「需要があるんですよ」


俺はサインした。


ドアが開いて、沙織が入ってきた。腕には赤ん坊を抱いている。ヴァルトンとの子だ。紫がかった肌と、小さな角の芽。


「堂島さん、お茶いただけますか」


「おう」


雅美とゴルドの子供は、もう歩き始めている。青い毛皮のやんちゃ坊主だ。雅美は毎日、幸せそうに笑っている。


健也は俺の右腕になっていた。25歳になり、立派な男に成長した。


---


今日は三周年の記念日だ。


夕方になると、全員が店に集まった。現地で採用した新しいスタッフも含めて、30人以上になっていた。


ゴーディウス侯爵も来ていた。最近は頻繁に店に顔を出す。


セルヴァンも来ていた。以前の狂気は消え、穏やかな顔になっていた。


「堂島、今日はありがとう」


侯爵が言った。


「こちらこそ、ありがとうございます」


「礼を言うのは私の方だ。この店のおかげで、私は——救われた」


侯爵は俺を見た。


「お前に会ってから、私は母のことを思い出せるようになった。70年間、封印していた記憶を。母の温かさを。母の愛を」


「侯爵……」


「お前は私の——友だ、堂島」


侯爵は手を差し出した。


俺はその手を握った。


「光栄です」


「堅いことを言うな。友だと言っただろう」


侯爵は笑った。70歳の老人が、少年のように笑った。


---


「乾杯しよう」


俺はグラスを掲げた。


「三年前、俺たちは新宿から飛ばされてきた。何もわからない世界で、どうなるかと思った」


全員が頷いた。


「最初は拒絶された。太った女は怠惰の証だと言われた。異種族と交わるなと言われた。出ていけと言われた。店を燃やされた。仲間を傷つけられた」


窓の外に、二つの月が昇り始めていた。


「でも俺たちは諦めなかった。自分たちの価値を、自分たちで証明した。敵だった奴が、味方になった。理解者が増えた。仲間が増えた」


俺はセルヴァンを見た。彼は静かに頷いた。


「コンプレックスだと思っていたものが、この世界では強みになった。だが——それは、この世界が特別だからじゃない」


俺は全員を見回した。


「俺たちが、諦めなかったからだ」


沙織がヴァルトンの手を握った。雅美がゴルドに寄り添った。


「価値ってのは、絶対的なものじゃない。場所によって、見る人によって変わる。大事なのは、自分の価値を認めてくれる場所を見つけることだ。そして——」


俺は言葉を詰まらせた。


「——諦めないことだ」


「堂島さん……」


雅美が泣いていた。沙織も。


「俺たちは居場所を見つけた。自分たちの価値を見つけた。愛する人を見つけた」


俺は侯爵を見た。


「仲間を見つけた。友を見つけた」


侯爵は微笑んだ。


「この世界に来て——よかった」


全員のグラスが上がった。


「乾杯。俺たちの、新しい人生に」


「乾杯!」


全員の声が重なった。


---


パーティーが終わり、皆が帰っていった。


侯爵が最後まで残っていた。


「堂島」


「はい」


「お前に聞いたことがあったな。居場所を見つけたか、と」


「はい」


「答えは出たか」


俺は店内を見回した。


誰もいない。でも、さっきまでここには30人以上がいた。笑い声があった。泣き声があった。乾杯の声があった。


そして——友がいた。


「見つけました」


「そうか」


侯爵は立ち上がった。


「私もだ。70年かかったが——やっと見つけた」


侯爵は俺の肩を叩いた。


「また来る。友として」


「いつでも歓迎します」


侯爵は去っていった。


---


一人になった店内で、俺は煙草に火をつけた。


12年前、新宿でこの店を始めた。


離婚して、ボロボロで、太った自分を誰も愛してくれないと思っていた。


だから、居場所を作った。自分のために。


それが、いつの間にか誰かの居場所になった。


そして——三年前、この世界に来た。


最初は絶望した。また否定されると思った。また一人だと思った。


でも——違った。


仲間がいた。理解者が現れた。敵が味方になった。友ができた。


俺は一人じゃなかった。


窓の外には、二つの月が輝いていた。


俺は煙草を消して、カウンターを拭いた。


椅子を整え、グラスを磨き、明日の準備を始めた。


そして——眠りについた。


---


エピローグ「いつもの朝」


翌朝。


陽の光が窓から差し込む。


俺は目を覚まし、いつものように起き上がった。


顔を洗い、服を着替え、カウンターに立つ。


開店準備を始める。グラスを並べ、テーブルを拭き、椅子を整える。


ドアが開いた。


「おはようございます、堂島さん」


健也だった。25歳になり、すっかり頼もしくなった。


「おう。早いな」


「今日は仕込みが多いんで」


健也は厨房に向かった。


またドアが開いた。


雅美がゴルドと一緒に入ってきた。腕には、青い毛皮の赤ん坊を抱いている。


「おはようございます、堂島さん」


「おう。今日は子連れか」


「すみません、預け先がなくて」


「構わねえよ。うちは託児所じゃねえが、家族の店だ」


雅美は笑った。幸せそうな笑顔だった。


沙織がヴァルトンと赤ん坊を連れて入ってきた。紫がかった肌の赤ん坊は、すやすやと眠っている。


「堂島さん、おはようございます」


「おう。ヴァルトン、今日も来たのか」


「妻の職場を見届けるのは、夫の務めだ」


「職場じゃなくて、お前が沙織に会いたいだけだろ」


ヴァルトンは苦笑した。沙織は頬を赤らめた。


美希が書類を持って入ってきた。


「堂島さん、彩香さんとアイリスさんから手紙です」


「読んでくれ」


美希は封を開けた。


「『堂島さん、皆さん、お元気ですか。エルフ族の領地は寒くなってきましたが、私たちは元気です。先月、養子に迎えた子供も、すくすく育っています。来月、そちらに遊びに行きます。また皆で乾杯しましょう。彩香・アイリスより』」


「そうか。来月か」


俺は微笑んだ。


太郎さんと鈴木さんが厨房に入っていった。美咲、由美、絵理、真由美も出勤してきた。


店が、にぎやかになっていく。


「堂島さん」


健也が声をかけてきた。


「なんだ」


「今日も、よろしくお願いします」


「おう」


俺はカウンターに立った。


いつもの場所。いつもの仲間。いつもの朝。


「さあ——」


俺は看板を裏返した。


『OPEN』


「今日も始めるか」


ドアの向こうには、二つの太陽が昇っていた。


新しい一日が、始まる。



(完)


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