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好きな人の初めてを奪ってしまった  作者: 糸真希


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好きな人の初めてを奪ってしまった1

 




 私はロロカ・レゼニエ。レゼニエ子爵の一人娘で、実は前世の記憶がある。前世の私は日本という国で生まれ育った普通の女性だった。最後の記憶は確か、少ない休日に家でダラダラとパソコンで絵を描いていた……だったと思う。あの後どうなって、ロロカに転生して生まれてきたのかは分からない。

 絵を描くのは前世でも好きだった。仕事にはしていなかったけど。仕事でも家でもパソコンに向かっていたなぁ……。

 この世界にはパソコンは無いから、前世と同じ職業に就く事も無いでしょう。

 前世の記憶がある私だけど、この世界が前世で見た物語の中。という訳ではないみたい。もしそうだったとしても、私の知らない物語だ。こんな私が転生してきてごめん。まことにすいませぇん。


 まぁつまり、私は、転生してきてこれまで、貴族のご令嬢として甘やかされてダラダラと生活を送ってきたって訳。

 そして貴族の令嬢令息は、ある年齢になると貴族学園に入学する事になる。私もそうなった。嫌々通うことになるその学園で、私は恋に落ちることになる―――。




 学園生活が始まり一月も経たない頃、私は授業が終わると、裏庭で一人遊んでいる事が多かった。絵を描いたり、オモチャを作って遊んでみたり。一人でも中々楽しくて、毎日充実していた。

 この日も、私は絵の具を出して絵を描いていた。すると、後ろから声を掛けられた。


「へぇ、上手いもんだね」


 吃驚した私は体をビクリと跳ねさせてから、声の方へと振り返った。吃驚しすぎて心臓がすごい早さで動いてるのが分かる位だった。返事とか気の利いた答えなんて言える訳もなく、ただ振り返ったわ。


「あ、っとごめん。吃驚させた?隣、失礼するよ」


 そう言いながら隣に腰掛けたのは、同じ学年の男の子だった。顔は見た事があるのだけれど、名前は思い出せない。美形で高位貴族だから女子生徒に人気がある為、私でも顔だけは見た事がある。名前だって聞いた事はあるのだけど、動揺しまくっている今は思い出せない。


「今日は絵を描いてるんだね。昨日はブーメラン飛ばしてなかった?」


 昨日のも見られていたのか……!今度からもっと奥の方でやろう。

 そう思いながらも落ち着きを取り戻してきた私は、その男の子を見た。美形な男の子は、木立の影の中に居るのに輝いて見える。綺麗な癖の無い黒髪と紫色の瞳が美しい。


「絵を描くのが好きなので。ブーメランは戻って来ないから、また今度挑戦するつもりよ」


「へぇ~そうなんだ!ブーメラン作るの楽しそうだな。俺もやってみたい」


 気さくな笑顔の彼に、私もつられて微笑む。


「結構難しいのよ!投げ方が悪いのか、形が悪いのか、返ってこない原因が分からないの」


「じゃあ明日から二人で色々試してみよう。今日の絵は何を描いてんだ?」


「木と空を。風景画ってやつね。秋の空って良い色してると思わない?」


 私か答えると、彼は遠くの空を眺めるように空を見上げた。青い空も美しいが、薄い水色をした空色も私は好きだ。


「確かに綺麗だな。人物画とかは描かないのか?」


「モチーフに恵まれなくてねぇ……貴方、モデルになってくれる?」


 ちょっと鎌をかけてみたんだけど、美形な彼は嬉しそうに笑って頷いた。


「いいの!?やった!」


「……私、人物画自信無いの。下手でも怒らないでね」


 そうして私は頑張ったものの、とても微妙な絵を描き上げた。この美男子にモデルをお願いして、こんな絵が出来上がるなんて、誰が想像したことでしょう……。


「出来た?」


 もうこれ以上どう手を加えたら良いか分からない私に、彼は期待の籠った瞳で問い掛けてきた。ああ、もう仕方ない……。


「ごめんなさい。これでも頑張ったんだけど……」


「あっは!これ、俺?うわーすげー!」


 何だか嬉しそうに笑う彼を見て、私の心は少し晴れた気がした。


「じ、自信無いって言ったでしょ?そろそろ帰るし、もう返して」


「ええ?これ欲しいんだけど、ダメかな?」


「……こんな絵で良ければ差し上げますが……お坊ちゃま、ご趣味が悪うごさいますな」


「嬉しいけど?明日、何かお礼を持ってくるな」


「お礼を貰うような物じゃないわよ」


 そう言いながら別れたんだけど、私はこの時この男の子の名前も知らなかった。だけど私の絵を見て笑ったあの嬉しそうな顔に、私はときめいてしまっていたんだ。


 そして翌日、彼は本当にお礼を持って来た。しかも教室に。


「ロロカ嬢。昨日はありがとう。これ、言ってたお礼。好きか分かんないけど……好きじゃなかったら交換するから教えて。昼はいつも何処で食べてる?あ、いいや。昼また迎え来るから。じゃ」


「え?ありが……え、あ……?」


 私に口を挟ませる隙を与えずに、彼は去って行った。何で私の名前を知ってるんだろう。私は知らないのに……。

 授業が始まるので貰った袋を鞄に仕舞うと、私は席に座った。すると隣の席の女の子が、小さな声で話し掛けてきた。


「ロロカ様、イアン様とお知り合いでしたの?」


「あの人、イアン様って仰るんですか?私、名前知らなくて……」


 この女の子の名前は覚えてる。隣の席の子だし、ちゃんと覚えなきゃって思ったから。そう、彼女、アナスタシアは、信じられないという顔で私を見ている。大丈夫かな?息、止まってない?


「あ、アナスタシア様?えっと、イアン様?の顔は見た事あるなぁ~、とは思ったんですけどね、名前をド忘れしちゃっていて。教えて下さり、助かりましたぁ」


 あはは、と誤魔化すように笑ってみた……こんなんだから、未だ友達が出来ていないんだよねぇ……お茶会とかも出た事無いし、完全に浮いてるよ、私……。


「いいですこと?イアン・シュレンザーク様は次期公爵様でいらっしゃいますの。失礼のないようになさいませね」


 私は青ざめた。失礼なら昨日しっかりしてしまった。あんな似てない絵を似顔絵だと言って描いて、ブーメランを作る約束までしてしまった。ブーメラン作りして遊ぶのなんて、貴族の人達はしないでしょ……?え?する?するかも……?

 私は頭を抱えたまま午前中を過ごし、そして昼が来た。


「ほら、ロロカ様。イアン様がいらっしゃるわよ。しっかりなさって」


 アナスタシアが私を鼓舞してくれるけど、私の心は全然振るわない。昨日のときめきは、恐怖に変わっている。公爵家のご令息に対してどうやって償えばいいのか……。


「アナスタシア様~!助けてください。私昨日イアン様に失礼な事してしまったんですぅ~」


「はい?……でも朝のイアン様はそのようなご様子ではないようでしたわよ?何か勘違いなさっているのではなくて?」


 貴女、勘違いして突っ走りそうですものねぇ~と表情だけで語るアナスタシア。


「兎に角、ちゃんとお話をしておいでなさい。イアン様は部外者が来るのを嫌うお方ですから、私はご一緒出来ませんの。頑張っていらして」


 そう言うとアナスタシアは他の学友達と食堂へ向かった。おぉアナスタシアなんと無慈悲な……仕方ない。私は鞄を持ちイアンを待った。


「ロロカ嬢。待たせてすまない」


「いいえ、とんでもございません。いくらでもお待ちいたします。それより昨日は大変申し訳ございませんでした。貴方様がシュレンザーク次期公爵様だとは夢にも思わず……」


「待て待て待て。どうして急に謝り始める」


 イアンの登場と共に深々と頭を下げ謝りだした私に、イアンは困惑した声を上げた。


「ですから、昨日は私、貴方様が誰なのか分からずに下手な似顔絵を描いたりブーメランを作る約束をしたりしてしまったんです。非礼をお詫びいたします」


「で、俺が次期公爵だから、ブーメランは一緒に作らないって事か?」


「……普通は貴族令息様達はブーメランをお作りにならないでしょう?」


「貴族令嬢もしないと思うが?」


「確かに。ですねぇ……」


 緊張をはらんだ空気は和らぎ、イアンは困ったように微笑む。


「なぁ、昨日みたいに話してくれよ。ブーメラン作るの、楽しみにしてたんだぜ?」


「う、うん……わかった……よろしくお願いします。シュレンザーク次期公爵様」


 まだぎこちない私に、イアンは困った奴だと言うように笑った。この困った奴だという笑顔を、私は色んな人から見せられる。


「イアンでいいよ。長いし」


 気さくな次期公爵様だ。でも、イアンが私と友達になろうとしてくれているのを感じて嬉しく思った。


「ええ~?恐れ多いなぁ~。公爵家と子爵家の身分差友達かぁ~。こんな事ってあるんだねぇ」


「とりあえずランチ終わっちまうから、食堂行こうぜ」


「あ~。お腹空いてたの忘れてた~」


 緊張が解けた事で、空腹が主張を始めた。我ながら現金なお腹である。


「はは!何それ」


「いや、怒られると思ってたからさ~」


「俺をなんだと思ってんだよ」


「昨日は変わった男の子。今日は変わった次期公爵様」


「あはははは!何言ってんだよ。変わったご令嬢が」


 軽口が子気味良い。私達はすぐに打ち解け、学園生活を友人として仲良く過ごした。

 私はその学園生活の中でイアンに心惹かれてはいたけれど、相手が公爵令息という事もあり、叶わぬ恋を胸の奥に封印して学園を卒業した。




 学園を卒業してから数ヶ月が経った。私は小さな領地に帰り、日々をのんびりと過ごしている。お父様の仕事の手伝いをする事もあるし、絵を描いたり、まぁ楽しくしてる。

 在学中にブーメランは完成した。イアンと一緒に作って、投げ方も色々試して、ちゃんと手元に戻ってくるようになった。今でも投げて遊んでるけど、イアンと一緒の時の方が楽しかった。

 しんみりとした気持ちでいると、ドアを軽く叩く音がした。


「はーい」


「お嬢様。招待状が届いております」


「ありがとう。何の招待状かしら?」


 メイドのニーナが届けてくれた招待状を見ると、同級生のアナスタシアからの舞踏会の招待状だった。アナスタシアとはずっと同じクラスだったから、何かと小言を言われながら世話を焼いて貰った記憶が多い。久しぶりにアナスタシアに会えるのは楽しみだ。




 煌びやかな舞踏会の会場は、田舎者の私を緊張させるものだ。舞踏会なんて卒業式以来だもの。本格的な舞踏会が初めてな私は、そわそわとしながら食事の並ぶテーブルの方へ移動した。


「こらロロカ!すぐに食べ物の方に行くんじゃありません。全く、貴女は変わらない……」


 呆れた声を出したのはアナスタシア。久しぶりに見る彼女は相変わらずだ。懐かしさを覚える小言に私は思わず笑顔になった。


「アナスタシア様~!お久しぶりでございます!全部美味しそうですねぇ!」


「んもう。ロロカ様、私達はもう学生ではないのですから。大人にならなくてはならないのですよ」


 大人ねぇ……なりたくはないけど、私ももう成人だ。アナスタシアの言う通りだ。

 長いため息を吐き出す私を、アナスタシアはいつものように苦々しく見ている。


「ほら、いらっしゃい。挨拶に回りますわよ」


 アナスタシアは私の腕を取ると歩き出した。私も背筋を伸ばし、アナスタシアの横に並ぶ。


「あら、素直じゃない」


「大人にならなくてはならないですからね」


 意外だという表情でこちらを見ていたアナスタシアに、死んだ魚のような目で答えた私をアナスタシアは面白そうに笑った。




「ちゃんとご挨拶出来るじゃないの。これなら心配ないわね。では、舞踏会を楽しんでいらして」


 一通り挨拶を終えると、アナスタシアは私を解放した。相変わらず、面倒見が良い。きっと卒業してからも、私の事を心配してくれていたんだと分かる。


「あ、アナスタシア様。ありがとうございます!」


 私の声に、アナスタシアは片手の扇を上げて答えた。きっとこれから婚約者とダンスを踊るのだろう。

 私は誘われる事もないだろうから、先程食べ損ねた食事の方へ向いた。そこには見慣れた顔があった。


「ジャスティン様。ベオウルフ様。お久しぶりです」


「お!ロロカ嬢!久しぶり!」


「ロロカ嬢か。綺麗になったなぁ」


 ジャスティンとベオウルフはイアンとよく一緒に居た貴族令息達だ。イアンとよく遊んでいたから、私とも顔見知りだった。


「お二人も男っぷりを上げましたね~。どれが美味しかったですか?」


「相変わらずの食い気だなぁ。サーモンのテリーヌが美味かったぜ」


「俺はローストビーフが良かった。あとはこれ」


 ベオウルフが得意気に手に取ったのは、黄金色の液体が注がれたグラスだった。気泡が下から踊るように舞い上がっている。


「シャンパン!飲みた~い」


「飲もう飲もう。あ、でもロロカ嬢、踊ってからにしなくても良いのか?」


「良いんです良いんです~。パートナー居ないし~」


 私はシャンパングラスを持ち上げると、綺麗な液体をうっとりと見上げた。高い天井から下がるシャンデリアの灯りがグラスを通して輝いている。

 私は舞踏会で大いに食べ、大いに飲んだ。ジャスティンとベオウルフだけでなく、イアンや他の懐かしい学友達との再会を果たし、舞踏会を楽しく過ごした―――。





 ……痛い……。私は頭痛と共に目を覚ました。昨日の楽しさの余韻は、この頭痛だけ……ん?ここは何処だ?見慣れぬ天井。途切れ途切れの、昨日の記憶は……。

 私は青ざめ飛び起きた。昨夜私が仕出かしてしまった事を思い出し、心臓が素早く波打つ。ひやりとしたものが胸から広がる感覚かした。


 確認を、しなければ。


 私はゆっくりと顔を横に動かし、隣を見た。誰かが居る感覚はずっとあった。それが誰なのか。大酒を飲んだ阿呆な私の記憶通りなのか……。


「おはよう。良い朝だな」


 やっぱりいいいいいいいいいいい!


「申し訳ございません!非礼をお詫び申し上げます!」


 私はシーツを跳ね上げベッドの上で土下座をした。素っ裸だったけど、そんな事気にしてはいられない。床に降りた方が良いだろうか……ああ、何て事をしてしまったのだろう。

 相手は、イアン・シュレンザーク次期公爵だった。いくら好きだからって、酒の勢いを借りて襲って良い相手じゃない。いや、誰だって駄目だよ……。

 記憶の私は上だった。間違いなく襲ってる……昨夜の私め……昨夜はお楽しみでしたね。なーんて言ってる場合か!もう!

 弁明も思い付かないのに頭の中はぐるぐるとうるさい。私はとにかく土下座をしたままイアンの言葉を待った。


「謝られるような事を、しただろうか?俺たちは同じ気持ちで、ベッドに入ったし……俺は初めてだったけど、お互い楽しんでいたと思うのだが」


 イアンの冷静な声に、私は顔を上げた。初めて……初めてを、奪ってしまったのか……。


「え、ええ。ですが、私はシュレンザーク次期公爵様を襲ってしまいました。これは、とても許されざる事です……」


 しかも初めてを……。

 イアンは頬を染めて視線を彷徨わせている。


「とりあえず、服を着ないか?朝から、刺激が強すぎる……」


 うん。裸で土下座は流石に無いよね。私は椅子に脱ぎ捨てられた下着とドレスを身に付けた。こんな夜会用のドレスなんて、一人で着られるものじゃない。困っていると、イアンが優しい手付きで手伝ってくれる。こんな時だというのに、私はドキドキしながら手伝いを受け入れた。


 ドレスに着替え終わった頃、控えめなノックの音が響いた。イアンが返事をすると、朝食が運ばれてきた。ちゃんと二人分ある。私の分も、ある。


「冷めないうちに、いただこう」


「はい……」


 並べられた朝食はブルーベリーのベーグルと数種類のハム、サラダと目玉焼きだった。オレンジジュースもあり、そしてフルーツが多い。

 新鮮なサラダは岩塩とオリーブオイルがかけてあり、瑞々しく甘い。ブルーベリーベーグルはトーストされており、表面がパリッとしている。

 イアンは私にあれもこれも勧めてくる。私はどれも美味しくて夢中になってしまっていた。イアンの笑う声が聞こえ顔を上げた……進められるがままに食べたのは私だけど……こんなに美味しい朝食がいけない。


「す、すごく美味しいわね。毎朝こんなに素晴らしい朝食を食べているの?」


「ああ。気に入ってくれたなら幸いだ」


「こんなに素晴らしい朝食を気に入らない方が居るだなんて、信じられないわ。あ、朝が苦手な方もいらっしゃるものね」


 私は朝からラーメンだって食べられる。早起きは苦手だけど、朝が苦手、と言う程ではない。

 私がフルーツまでしっかり食べ終わると、朝食は片付けられ、食後の紅茶が運ばれてきた。さて、これから贖罪について話合わなければならない。よくも吞気にあれだけの朝食を食べたものだな、私よ……。

 ゆっくりと紅茶を飲むイアンを見つめ、私は重い口を開いた。


「……それで、シュレンザーク次期公爵様、今回の件についてなのですが、どのような罰でもお受けします。大変申し訳ございませんでした」


 最後に良い思い出と、美味しい朝食まで頂いたんだ。思い残す事は……あるけど……ない!

 深々と頭を下げ、暫く待ったがイアンの返事は返ってこない。お腹いっぱい食べてしまったから、この姿勢でいると逆流の危険がある。私はゆっくりと体を起こした。イアンの方を見ると、優しい瞳と目が合った。懐かしい。在学中、よく見た表情だ。キュンと胸が締め付けられた。


「ロロカ嬢。君には、次期公爵夫人になってもらいたい」


「はい……じきこうしゃくふじん?え?」


 罰を受け入れる為、私は神妙に頷いた。でも、次期公爵夫人って、それはイアンと結婚するって意味になるんじゃないの?他に居たっけ?次期公爵様。

 目を丸くしている私に、イアンは優しく微笑んだ。


「俺と、結婚して。ロロカ」


「それは、罰にはならないですよ……?」


 私が困惑気味にそう言うと、イアンは甘く微笑む。


「ロロカ。俺の事好きだもんね?昨日いっぱい言ってくれたから、知ってる」


 おおおおおおおおおお……恥ずかしい……!今まで隠してきたのに……お酒って怖い!

 イアンは立ち上がると、私の目の前まで来る。


「知らなかった。ずっと好きだった……君を手に入れたくて、君に好きになってもらうにはって、ずっと考えてた」


 イアンは静かにそう言いながら、私の頬に触れる。私はイアンの紫色の瞳から目が離せない。心臓の音が早い。

 イアンが、私を好きだなんて……。


「昨日から、ずっと俺、舞い上がってる」


 イアンは少し幼く見える笑顔を私に向けた。イアンの指が私の唇をなぞる。ゆっくりとイアンの顔が近付いてきて、私達は唇を重ねた。

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