NoëlHearts-ep01ダニエル・マルティン・メイソン-
ノートレックシティ。
我々ヒトの住む街であり、いざこざの絶えない退屈しない街。
今夜もまた、事件が彼を呼ぶ。
「フー…」
屈強な体格を持つドーベルマンの獣人、ダニエル・メイソンは煙草をふかす。
規制線のそばには、野次馬がたかっている。
線内では警官が慌ただしく動き回っていた。
路地裏の隙間には血がべったりとついており、奥には少年が力無く倒れていた。
瞳にはすでに生気はなく、死んでいる。
「被害者はバークハルト・ウィンチェスター、16歳、男性、東洋人、私立マッケンジー学園の学生…」
部下の警官が被害者の説明をする。
「物色された痕跡があり、おそらくは強盗の仕業かと」
16歳の学生ですら物盗りに襲われる。
治安は良いとはお世辞にも良いとは言えなかった。
「…学生ですらこのザマか」
ダニエルは煙草を踏み潰すと、被害者に寄る。
自分の知らない間に随分世知辛くなったものだ。
複数の刺し傷、おそらく死因は出血多量だろう。
「まだ子供なのに…」
警官は沈痛な面持ちで声を絞り出す。
ダニエルは無言で少年だったものの前に膝をつくと、手を合わせる。
周囲の警官は不思議そうにダニエルを見つめる。
「東洋の文化だ、『ホトケさん』といってな」
手を離すとダニエルは立ち上がる。
周囲を見渡す。
乱雑に積まれたゴミ袋、捨てられた空き缶…ほとんどのものに血がついていた。
匂いが鼻につく、その中には少し気になる匂いも混ざっている。
周囲は野次馬に囲まれており、酸素が薄いとすら思った。
「…行動歴は?」
「はい!特筆すべき行動はありませんが、下校時に駅に立ち寄っています」
「駅?自宅はそう遠くはないはずだろ?」
「詳細は分かりません、…おそらく、そこでお金を引き出す姿を見られたのかも…」
「学生が金を引き出してそれを狙う…か」
ダニエルは顎に手を当てる。
犯人の目処は大方つく、が、それでも拭いきれない違和感があった。
それは何故わざわざ駅に立ち寄ったかだ。
通常、お金を引き出すなら銀行やATMに立ち寄るはず。
…駅に行く理由があった?
電車に乗らずにか?
駅地下で買い物をしたにしては、手荷物が少なすぎる。
…何故?
「遺品は?」
「此方に」
ダニエルは差し出された遺品を見てみる。
家の鍵、学生証、教科書とノート…。
金品がないことを除けば一般的な学生とそう変わりはない。
しかし、それにしては妙なものが残っていた。
「なんだこの紙切れ…」
「鑑識曰くポケットにはいっていたそうです」
ダニエルは紙を手に取ると開いてみた。
住所と時間らしきものが書かれたノートの切れ端が雑に折られている。
明日の午後18時、場所は被害者宅…。
待ち合わせにしてはやけに筆跡が固く、それでいて走り書きだ。
友人の集まりにしてはこんなメモを残すのはおかしい。違和感が謎を呼ぶ。
「ふん…」
ダニエルは軽く肩をすくませる。
この街には殺人事件など日常茶飯であった。
しかし、こんな不可解なメモを残す事件などほとんどなかった。
「金品はありません、おそらく持ち去られたものかと」
「もういい」
ダニエルは警官の言葉を遮ると、思考を巡らせる。
現場からする嗅ぎ慣れた妙な匂い。
持ち去られた金品。
…遺された謎のメモ。
「チッ…」
ダニエルは舌打ちすると軽く頭を掻く。
そのまま規制線を抜けると、歩いていった。
「ちょっと警部!何処に…」
警官が呼び止めた時、丁度ダニエルが立ち止まる。
「お前…」
ダニエルはそのまま指を指す。
その先には小柄な猫の獣人が立っていた。
服装は見窄らしく、いかにも不埒者が似合うと言った風貌だった。
「え…?へぇ…」
男は動揺しているようだ。
「お前ここに居たな?…しかも発生当時」
ダニエルは男にずんずんと進んでいく。
男は一瞬、逃げ場を探したが、生憎野次馬が輪を作ってとてもできそうになかった。
「へぇ、…そんなことは有りやしやせんよ」
「お前に聞いていない」
ダニエルは乱暴に男の首根っこを掴むと、服を捲る。
そこには一本のナイフがあった。
「コイツに聞いてんだ」
ダニエルはナイフを引き抜く。
手入れの杜撰な錆びたナイフだったが、それには血がついていた。
「臭うんだよ…ホトケと同じ匂いが」
ダニエルはナイフを捨てる。
それには拭き取った形跡すらあれど、血が残っていた。
「それに現場からした臭い…クスリだな」
「あっ!」
ダニエルは男を強く揺さぶる。
すると、ボトボトと植物の入った小袋が飛び出した。
「…ガキから巻き上げた金でクスリか…」
ダニエルがおおよそ見たこともない形相で男を睨みつける。
歯を剥き出して、今にも襲いかかりそうな勢いだ。
瞬間。
男に拳が入っていた。
男は派手に吹き飛ぶと地面に叩きつけられる。
「ちょっと警部!暴力は不味いですって!!」
警官の一人がダニエルを止めに入る。
「俺はな、この手の奴が一番嫌いなんだ!小賢しくて卑怯で誤魔化してるのがな!」
ダニエルは警官に抑えられながら吠える。
「…だったらよ」
男はよろりと立ち上がる。
此奴には見えていた、ダニエルの丁度後ろ、群衆の隙間が。
そして、その間には落とした自分のナイフが。
「俺は小賢しいなりにやらせてもらうぜ!?」
刹那、男は走り出す。
素早くナイフを拾うとダニエルめがけてナイフを突き立てる。
警官は気付くと素早くダニエルを離し、拳銃に手をやる。
ダメだ、今からじゃ遅い。
警官は腹を括った。
ドッッ!!
鈍い音がダニエルから聞こえてくる。
血が滴り、地面に落ちる。
しかし、ダニエルには刃は届かなかった。
一瞬でダニエルは受けの姿勢を取っていたのだ。
右手で男の体を押さえ、左手に刃を握っている。
男はハッとした。
「…引いてみろよ、指くらいは持っていけるぞ」
凄まじい表情でダニエルは男を睨む。
それは、ある種の狂気とも言えるものだった。
「あ…」
男は言葉を失う。
或いは、その狂気に当てられて動けなくなっているとでも言えた。
「…やっぱりな、賢しいだけの男が!」
ダニエルはそう言うと一際強い膝蹴りをお見舞いする。
「ガハッ…!」
骨の折れるような硬い音が響くと、男はそのまま力無く倒れた。
「麻薬所持及び公務執行妨害の現行犯逮捕だ」
ダニエルは冷静にナイフを持ち替えると、拳銃を持った警官に命令する。
「は…はい!」
警官は慌てて手錠を取り出すと、のびた男…犯人にかける。
「…それと殺人容疑もか、…鑑識!」
鑑識は規制線を飛び出す。
「血痕の解析…でしょう?」
「それ以外に何の仕事がある?」
ははっと鑑識は笑うと、ナイフを預かる。
「しかしコレ、時間かかりますよー、あなたの血も混ざっちゃいましたからね」
「馬鹿言え、それがお前の仕事だ」
ダニエルは冷たく言い放つと、左手に包帯を巻く。
「あ、ちゃんとした手当、受けてくださいねー」
鑑識は頭を掻きながらナイフを袋に入れるとダニエルにチクリと言い返す。
一方、警官はパトカーに乗せるために犯人を引き摺っていた。
「あぁ、気が向いたらな」
ダニエルは煙草を取り出すと、火をつけた。
「明日の18時…」
ダニエルはそう呟くと、現場から去っていった。