9 新人
お昼の開店前。
四人でテーブル席に着いてアンの面接中だった。
「アン王女、本当にここで働きたいと仰るのですか?」
丁寧な口調のマリーさん。
「はい」
「学校はどうするのよ?」
「何で王族が飲食店で働くんだ?」
ルージュと俺からも質問。
「私たち三年は、じき卒業ですのでもう授業はありません。社会勉強のためです」
ハキハキ答えるアン。
今は初夏。
こっちの卒業式は、欧米と同じ時期か。
「それに『ラベンダー亭』は、国内外から多くの人が来店します。その人たちの生の声を聞けるのは、王族としてとても魅力的です」
しっかりしてんなぁ。
「あと」
こっちを見た。
「『私は何語を話しているでしょう?』」
「神官が儀式の時に使う聖古語」
「このように、何でもかんでも喋って読んでしまうユウ先生の生態に興味があります」
俺のことUMAか何かと思ってない?
「魔法大学に行ってからもつづけるつもりです。どうかよろしくお願いします」
「う〜ん、王族の方をねぇ……」
マリーさんが悩む。
「アンだったらいいんじゃない?」
「いいと思いますよ。アンってしっかりしてるし」
ルージュと俺は賛成。
「ん〜……そうね、人柄は問題ないものね。働いてもらいましょうか」
「ありがとうございます、マリー店長。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
アンが頭を下げると、マリーさんはそれ以上に深く下げた。
「マリー、雇い主が従業員にへりくだってどうするのよ」
「……そうね。よろしく、アン」
やっとらしくなった。
「じゃあ、アンの保護者について聞きたいんだけど」
「この国で王をしています」
「よねぇ……」
……
さっそく今日から働くことになった。
アンが濃い青色のワンピースに着替え、白いエプロンを着けてフロアに出てきた。
「どうでしょうか?」
気になるのか自分の格好を見ながら聞いてくる。
「とっても似合ってるわ。ね?」
「ああ」
「いいじゃない」
マリーさんの感想に俺とルージュが頷いた。
「そ、そうですか」
頬を赤らめてはにかんだ。
初々しい。
「そろそろお店を開けるけど、本当にいいのね?」
マリーさんが確認する。
アンの仕事はフロアで接客。
研修的なものは必要ないと本人が断った。
「はい。食事に来た時、ユウ先生とルージュ先輩の働いているところを見てますので」
「せ・ん・ぱ・い……」
ルージュがジーンときてる。
「わかったわ。ユウ、開店しましょう」
「はい」
チリンチリンとドアを開けて『準備中』の札を『営業中』にひっくり返した。
「待ってました」
とお客さんがどんどん入ってきた。
アンが席に着いたお客さんのところへ行く。
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら仰ってください」
「お、新人さん? ラム肉の香草焼きとマイアのスープ、あとワインをおくれ」
「かしこまりました」
注文をマリーさんに通して、自分は、ワインを樽から注いで持っていく。
テキパキ動けてる。
あれなら問題ない。
「アン、大丈夫そうね」
ルージュも認めた。
「まあ、先輩の私から言わせればまだまだだけど」
早くも先輩風吹かせてる。
「お、今日も流行ってんな〜」
と入ってきたのは、向かいの店の服屋の店主、コール・ビーさん。
鼻下のひげ、いつも蝶ネクタイのお洒落なおじさん。
「マリー、いつもの頼む。あとこれ貼っといてくれ」
「何? ああ、もうそんな時期なのね」
マリーさんがポスターを受け取る。
『葡萄祭り開催』と書いてあった。
「葡萄祭りって何ですか?」
「おお、ユウ。夏の初めの祭りでな、葡萄の収穫を祝う祭りだ」
「へ〜。どんなイベントなんです? みんなで葡萄を食べるとか?」
「いや、葡萄をぶつけ合うんだ」
収穫を祝って葡萄をぶつけ合う?
なぜ?
「何それ! 楽しそう!」
ルージュがさっそくわくわくしてる。
「ユウ、このポスター外国人用も欲しいから、後で四ヶ国語に翻訳して書いてくれるか? バイト代だすよ」
「マジですか? やりますやります」
やった。
いい小遣い稼ぎになる。
「何語に翻訳するかも聞かずに引き受けてる……」
アンがボソッと言って通り過ぎていった。
「ユウ、いいか?」
「はーい」
さあ、こっちも仕事だ。
お客さんに呼ばれてテーブル席へ。
そこに座っていたのは常連客の男性レニーさん。
前の席には知らない女性。
レニーさんがパチパチとウィンクで俺に合図を送ってきた。
またアレか。
「ほら、こいつが君の母国語喋れるよ」
俺を親指でさして女性に教える。
「本当に〜?」
女性が疑る目でこっちを見た。
「『あなた、私の言葉話せる?』」
「『はい。いらっしゃいませ。本日はお越しいただきありがとうございます』」
「ええ!? すごーい!」
女性が、俺ではなくレニーさんに驚きの眼差し。
ドヤ顔のレニーさん。
この女性は、ナンパした相手で、レニーさんのナンパの手口はこんな感じ。
『君外国人だよね? どこの国から来たか当てようか? いやいや、ホントに当てる自信あるって。君の母国語を話せる店員がいる店に案内するよ』
で、全員ここに連れてくる。
いつも餌に使われていた。
店が儲かるからいいんだけど。
「何で私がレデオ出身ってわかったの? マジすごいんだけど。あ」
女性が窓の外に目を向けた。
「彼氏きたから行くね。面白かったよ。じゃね。店員君も」
止める間もなく女性は店を出ていった。
「何だよ〜」
レニーさんがダラリと椅子の背もたれに体を預けた。
「残念でしたね」
「残念だよ。可愛かったのに。あ〜あ、飯食お」
「今日はナンパ終わりですか?」
「午後も頼むぜ、相棒」
元気だ。
「お? あの金髪ちゃん新しい子?」
アンを見つけたレニーさん。
「はい。今日から働いてもらってます」
「ねぇ、君」
呼ぶし。
「はい。どうされました?」
「俺、レニー・ベルベット。この店の超常連さ。よろしく」
さりげなくアンの手を握った。
「今日は、君が俺の給仕をしてくれるかい?」
「わかりました」
「金色の髪に青い瞳か。まるでアン王女のように美しい。君、名前は?」
「アン・レイ・シャープです」
「……」
レニーさんが笑顔のまま固まった。
「……ご本人様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「そうですか……」
そ〜っとアンの手を解放。
「ア、アン王女と気づかず失礼しました!」
テーブルにガンッと額をぶつけて謝った。
それを聞いて店内が騒然となった。
みんなも気づいてなかったみたいだ。
というより、レニーさんみたくまさか本人だなんて思ってなかったのかな。
「し、しかも王女様に給仕をさせようなどと!」
「謝ることではありません。私はここの店員ですので給仕をするのは当然です。ご注文を仰ってください」
「いえ! 自分で注文します!」
レニーさんは、カウンターのほうへダッシュで移動した。
カターンッと、アンの近くに座っていた男性がスプーンを落とした。
「今代わりをお持ちします」
アンが拾おうとしたが、
「だ、大丈夫です!」
男性は、お皿に口をつけてスープを一気に飲み干し、
「ゲホッ、ウェッホッ、ご、ごちそうさまでした! お金置いときます!」
すぐに席を立って帰った。
……
その日は一日、みんなアンの正体に気づくと逃げるか急いで食事を済ませて帰っていった。
そんな状況が何日もつづき……。
……
アンが働きはじめて一週間。
お昼に店を開けて一時間になるが、店内にはお客さんがいなかった。
「昨日につづいてガラガラね」
ルージュがカウンター席に座って頬杖をついてる。
「こんな時もあるわよ」
とマリーさんは言っているが、
「私のせいですね……」
アンは、さすがに気づいていた。
かなり落ち込んでる。
さっきから店の前を常連さんが通りかかるが、アンがいるのに気づくと、みんなそのまま歩いていってしまう。
みんな、アンに給仕をしてもらうのが畏れ多いという理由と、失礼をしようものなら大変なことになると考えて店に入ってこれないのだった。
「申し訳ありません、マリー店長。こうなることは少し考えればわかることでした」
アンが頭を下げる。
「これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。私……」
まさか辞めるつもりか?
とそこへ、チリンチリンとドアベルを鳴らし、大勢のお客さんが入ってきた。
全員魔法学園の制服を着ている。
「アン、来たわよ」
「ちゃんと働いてるのか?」
赤毛でそばかすの女子と短い髪で日に焼けた肌の男子が声をかけた。
「シャーディー! テオ! みんなも!」
アンが驚く。
「お友達?」
マリーさんが聞いた。
「は、はい。私のクラスメイトです」
四十人近くいる。
知ってる顔もチラホラある。
「アン、注文いい?」
席に着いたクラスメイトがさっそく呼ぶ。
「ほら、呼んでるわよ」
「は、はーい」
ルージュに背中を押され、驚き冷めやまぬままアンがみんなのところへ行った。
「制服可愛い〜」
「ちゃんと仕事できてるのか?」
みんなが思い思いに話しかける。
「あ、ありがとう。言われなくてもちゃんとやってるわ」
アンが腰に手を当てて言い返す。
素のアンが出てる。
見た目も相まってクラス委員長っぽい。
「注文は何にするの? さっさと言って」
「店長さーん、この店員さん態度悪いですー」
男子が言ってみんなで笑う。
アンも一緒になって笑っていた。




