8 天宿の剣
地下階段を降りていくと、入り口からの光が届かなくなったあたりで地底湖のある洞窟に出た。
どういった現象か、地底湖の水は青くきらめいていて洞窟内は明るい。
地底湖の上には長い石橋が渡されていて、突き当たりにある小島の祭壇に、一本の剣が横にして置かれていた。
「あれだ! 『天宿の剣』に違いない!」
カイルが石橋を走り出した。
息を切らせて祭壇にたどり着くと、剣身に手を触れた。
「おお、なんという存在感……」
感嘆の吐息を漏らしている。
剣は、通常のものよりも大きく、大人ほどの高さと幅がある大剣で、剣身は、仄白く光っていた。
カイルが両手で柄を握る。
「ふんっ」
力を込めるが持ち上がりそうにない。
「おい、お前は剣尖を持て。運ぶぞ」
運ぶって、一人で持てない剣をどうするつもりなんだ。
「さっさとしろ!」
カイルにどやされて反対側へ回る。
鋭く尖った剣先がこっちを向いている。
とてもよく切れそうだ。
「……」
これ、首輪を切れるんじゃないか?
首輪に手をかけ引っ張って首との間に隙間を作り、
「お前っ、何してる!?」
剣先に首輪を当てた。
抵抗など感じることもなく驚くほどスパッと綺麗に切れた。
さすが宝剣だ。
「ハハ、やった」
「馬鹿なことを……」
喜ぶ俺をカイルが冷めた目で見ている。
「その首輪は悪魔憑きと知っているだろう。強引に外したら」
「うわっ!」
カイルが話している途中で、切れた首輪から黒い靄が噴き出した。
靄が洞窟の天井付近に滞留して形に成る。
黒い山羊の頭と黒い山羊の脚を持った半獣人の姿になった。
「あれが首輪に憑いていた悪魔だ」
「あれが、悪魔……」
羊眼がギョロリと動いて俺を捕らえた。
ゾッと鳥肌が立った。
「悪魔は常に受肉したがっている。呪術師は、それを餌に現世へ悪魔をおびき寄せて閉じ込め、操るんだよ。自由になったら制御できん」
受肉したがってる悪魔。
「だ、だったら、俺たち悪魔に体を乗っ取られるってことか?」
「お前だけだ。契約主の俺を襲うことはない」
「そんな……」
「間抜けめ。体を奪われて死ね」
悪魔が降下してきた。
俺に襲いかかってくる。
恐怖で足がすくんで動けない。
殺される。
「ユウ!」
そこへ、誰かが俺に飛びついた。
俺を抱えて床に転がる。
真っ赤な髪に角が生えた女。
「ルージュ!」
「じっとしてて! 『カィウ シゥン エオ レーキス ザヴァイ ケーォ エィブ』!」
ルージュが詠唱する。
空中に飛び上がった悪魔へ向けて何本もの炎の矢が放たれた。
矢が悪魔に当たる。
しかし、当たった部分だけが靄に変わり、炎の矢は、向こう側へと飛んでいった。
「嘘!? そんなのアリ!?」
「ルージュさんっ、『天宿の剣』を使ってください!」
アンが洞窟の入り口にいた。
その後ろにはマリーさんまで。
悪魔がまた降下してきた。
「どいて!」
ルージュがカイルから『天宿の剣』を奪い持ち上げた。
なんて膂力。
この大剣を持てるのか。
悪魔が迫る。
「すー」
ルージュが息を吸い込み、
「やぁぁぁぁぁっ!」
気合いの裂帛とともに剣を振り下ろした。
斬撃の速度に剣身が唸る。
悪魔を頭上から真っ二つに切り裂いた。
その状態になっても悪魔が靄へと変わり逃げようとしたがしかし、斬ると同時に生じた白い炎が靄になっている悪魔の体を焼いた。
耳障りな断末魔の声を上げて悪魔は灰になり、地底湖へと落ちていった。
「あれって天上の炎? すごい剣ね……」
ルージュが驚きのため息とともに剣を眺めた。
悪魔が消滅したのを見て、マリーさんとアンが石橋を渡ってきた。
マリーさんは、大股にカイルへ近づくと、腕を振り上げ思い切りカイルの頬を平手打ちした。
洞窟に乾いた音が響き渡る。
さらに今度は反対の手でもう一発。
カイルが目を回して膝をついた。
「二度とウチの従業員にちょっかいを出さないで!」
マリーさんは、怒りを込めて言い放ち、振り返って俺の頭を包み込むようにして抱きしめた。
「無事で良かったわ。本当に」
マリーさんが涙ぐんでる。
気持ちがありがたくて、俺まで泣いてしまった。
「ちゃんと助けにきたでしょ?」
ルージュがまるで約束していたかのように言う。
張り詰めていた空気が解ける。
「ちゃんと来ると思ってたよ」
同じ調子で返して二人で笑った。
「よくここがわかったな」
「店に戻ったらアンがいてね、事情を話したら、『天宿の剣を探しに行ったならきっとあそこです』って言うから、三人で馬を借りてここに来たの」
「アンが?」
顔を向けると「はい」と頷いた。
「剣の行方わからないとか言ってなかったか?」
「本当は知ってました。ですが、一般人に宝剣のある場所を教えられるわけがないので誤魔化しました」
まるで自分は、一般の人ではないような言い方。
「ククク……」
カイルが膝をついたまま陰気に笑う。
「お前、お前だ」
マリーさんを睨み上げた。
「俺は、シャープ王家の系譜につながる名家、アストン公爵家の人間だ。それを傷つけた意味がわかるか? タダではすまないぞ」
恫喝してきた。
「ち、ちょっと待て! マリーさんは悪くない! 恨むなら俺を恨め!」
「この、性懲りも無く」
焦る俺と怒りを燃え上がらせるルージュ。
「いいのよ、二人とも」
マリーさんが俺たちを止めた。
「覚悟を持って殴りました。好きにしてください」
許しを乞うこともなく堂々としていた。
めちゃくちゃカッコイイ。
けど本当に好きにさせるわけにはいかない。
「爵位を盾に脅しますか」
そこへ、アンが口を挟んだ。
「何だお前? お前も不敬罪で牢屋にブチ込むぞ」
「私まで脅すとは。ならば、私も父の名を使います」
「ああ? お前も貴族か?」
「爵位はありません」
「だったらデカい口を聞くな」
「爵位はありませんが……」
アンが眼鏡を外した。
「我が姓は、シャープ。名は、アン・レイ。父は、トール・フロー・レイ・サン・シャープ。この国の王です。長らく国の行事にも参加せず、私の顔も忘れましたか、カイル・ウェッブ・アストン」
「!」
カイルの表情が凍りついた。
「この方たちへの手出しは許しません。あなたにこそ罰を受けてもらいます」
……
カイルを縄で縛り、みんなで出口へ向けて歩き出した。
ルージュが右手に『天宿の剣』を持ち、左手にカイルを縛ったロープも持った。
頼もしい。
「アン王女、先ほどは助けていただきありがとうございます」
マリーさんがお礼を言った。
「助けただなんて大袈裟です」
「でも、アンがお姫様だったなんてビックリよね」
「ちょっとルージュ、敬語」
マリーさんが注意。
「かまいません」
気にしないアン。
「ルージュさんには、学園で名前を教えたじゃないですか。気づかなかったのですか?」
「この国の王族の名前知らなかったもん」
「俺も」
「……王家って人気ないのかしら」
悩んでる。
「私もユウもサン王国に来たばかりだから知らないだけよ。よいしょ」
ルージュが『天宿の剣』を肩に担いだ。
剣先が後ろを歩いてるカイルをかすった。
「ひゃっ!? お、お、お前!」
「あ、ごめんごめん。ねえ、この剣どうするの? 私もらっていい?」
「いいわけありません。王家が保管します」
「ええ〜、どうせ人間には扱えないしいいじゃない」
ルージュは片手で持てる。
「ねぇ、マリーもそう思うわよね」
「そうねぇ。ぼんやり光ってるから、お店に置いておけば蝋燭代わりになりそうでいいけど」
「宝剣を蝋燭代わり……」
とやってるうちに地上に出た。
日は沈み、空は藍色に染まっていた。
「お前さんら」
エンヤさんがいた。
「この方が、ユウはここに入ったって教えてくださったのよ」
伝えてくれたんだ。
「ありがとうございます、エンヤさん」
「っ! そ、それは『天宿の剣』か!?」
お礼を言ったが、エンヤさんの目は、ルージュが肩に担いでる剣に釘づけだった。
「そうだけど?」
ルージュが剣を地面にザクッと刺した。
「おお……」
エンヤさんは、右足を引きずって剣の前に歩いて行くと、
「皇王陛下……」
大地に跪いて頭を垂れた。
「皇王陛下? 一体何を?」
「エンヤさんは、今もザンプロージアの民なんだ。『天宿の剣』は、皇王の証なんだろ? それで頭を下げてるんじゃないかな」
首を傾げるアンに、おそらくの理由を説明をした。
「そうですか……」
アンが、礼を捧げるエンヤさんの背中を静かに見つめる。
長いこと考えている風だったが、
「……帰りましょう」
馬のいるほうへと歩き出した。
「それがいいわ」
「仕方ないわよね」
意図を察して俺たちもつづいた。
馬車のところへ来ると御者はいなかった。
ルージュが御者になり、俺とカイルが馬車に乗る。
マリーさんとアンが乗ってきた馬に跨り出発した。
神殿の丘が離れていく。
薄暮の中、ぼんやりと光る『天宿の剣』のそばでは、エンヤさんが立ち上がり、俺たちへ頭を下げていた。
「ねぇ、アン」
ルージュが前を行くアンを呼ぶ。
「何ですか?」
「今日何で『ラベンダー亭』にいたの? まだ開店前だったのに」
「従業員募集中と聞いてきました。私を雇ってください」
「「「え?」」」




