表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/33

5 精霊魔法

 古代魔法研究クラブの生徒たちと連れ立って図書室にやってきた。

 規模的には図書『館』のレベル。

 本棚の間を縫って歩き図書室の奥まったところへ来ると、机の上に年季の入った本がたくさん置かれていた。


「ユウよ、これらがまだ解読されていない本じゃ」


 パッと数えただけでも百冊以上ある。


「普段は、地下倉庫にしまってある貴重な本じゃから、外には持ち出さんようにな。それでは、始めようか」


 簡単な説明が終わると生徒たちは本を手に取り、研究のためだろう、本棚のほうへ散って行った。

 みんな目が真剣だった。

 当たり前だけど、真面目なクラブなんだな。


「ユウ、ここにある本の一ページ、いや一行でも読んでくれるとありがたい。紙とペンはここに置いておく。頼むぞ」


 ナップさんも俺の肩をポンポンとたたいて、本棚のほうへ行った。


「一行でも、か」


 本を手に取り、一冊、二冊と目を通す。


「う〜ん……」


 どうしよう。

 全部読める。

 何だろうな、この気持ち。

 神様、こんな素敵な能力をありがとう、というか、真面目にやってる学生の皆さんごめんなさいというか。


「まぁ、読めても内容は難しくて理解できないけど」


 『月を満たしてアマラントを摘み〜』とか。

 イミフ。


「こっちは、『初めての魔法』か。なになに」


『人差し指を立て、指先に意識を集中します。指の先に火が灯るイメージを頭に描きます。指先が熱くなってきたら「ファイア」と唱えましょう。小さな火が生まれます』


「『ファイア』」


 ……。

 はい、わかってたわかってた。


 ドサッ


 と机に本が置かれた。

 金色の髪に青い瞳、丸眼鏡。

 アン・レイ・シャープだった。

 椅子に座って本を開き、黙々と何かを書き始めた。


「やあ」

「はい」


 顔も上げずに返事だけ。

 嫌われたかもしれない。


「君は何の本を研究してるの?」


 スーっと無言で本を押し出した。


「へ〜、『精霊魔法』か」

「何で読めるんですかっ!?」


 図書室中に声が響いた。


「だ、だって書いてあるから」

「何ですかその馬鹿な理由は!? もしかして中も読めるんですか!?」

「『遠い昔、この世界には精霊魔法が存在した。』」

「何で読めるんですかっ!?」

「だ、だから書いて」

「つづきは!? 何て書いてあるんですか!? 何て書いてあるの!? 読みなさいよ!」


 服を掴まれてガックンガックン揺さぶられた。



 ……



 ようやく落ち着いてくれた。

 服の掴まれてたところが伸びた。


「で、つづきは?」

「はい。え〜」


『遠い昔、この世界には精霊魔法が存在した。精霊語を使った特殊な魔法詠唱で精霊を操り魔術を行使するものだ。』


「その次です。その次が読めないんです。早く読んでください」


 隣に座るアンがピッタリと体をくっつけてきた。

 ドキドキが止まらないんだが。


「早く!」

「はい!」


『風の精霊を操る呪文は次の通りである。』


「きゃーっ! やったー!」


 急に少女みたいに喜びだした。


「書いてあった! やっぱり書いてあったわ!」

「そんなに嬉しいの?」

「当たり前です! 精霊魔法は、強力な呪文になると万の大軍を討ち払ったという伝説もあるくらいなんですから!」


 怖。


「ユウ先生、つづきをお願いします」

「うん。え〜……何だこりゃ?」

「どうしました?」

「発音できない。難しすぎて正確には無理だ」


 ルージュの竜人族が使う魔法と同じ系統か。

 ルージュなら発音できるかな。


「では、共通文字で書き写してください」

「オッケー」


 書き書き、と。


「ほい」

「ありがとうございます。『ヨップ テタッ ッピケ クッッタ タポッテア キッーッタ』?」


 『風の精霊に命ずる 敵を討て』という意味。

 一応読んでるけど正確じゃないだろうな。


「う〜ん、これだと使えない。何か発音する方法とか書いてありませんか?」

「方法か」


『ただし、精霊語は発音がとても繊細で、少しでも音を外せば精霊は術者を無視するだけでは済まず、最悪の場合攻撃してくる。』


「だって……」

「私、詠唱してしまいました……」

「でも、何も起きてないから無視のパターンじゃ」

「キャア!」


 突然アンが吹っ飛んだ。

 床の上を滑って本棚にぶつかって止まる。

 本がバサバサとアンの上に落ちた。


「アン!」


 駆け寄って本をどかせた。

 肩を押さえて痛そうにうめいている。


「うぅぅ……な、何かにぶつかられました」

「ぶつかられた?」


 何も見えなかったけど。


「うわ!?」

「何よこれ!?」


 生徒たちが騒いでる。

 目を向けると、紙が空中を舞っていた。

 見えない何かが本棚の間をものすごいスピードで飛んでいた。

 方向転換した。

 本棚をガタガタと揺らしてこっちへ飛んでくる。

 アン目掛けてだ。


「危ない!」


 アンと一緒に床に伏せた。

 見えない何かが頭上を通り過ぎて本棚にぶつかる。

 本棚は、ゆっくり傾き、隣の本棚に寄りかり、それがまた隣の本棚に寄りかかり……後はドミノのように倒れていった。

 何かは、また図書室内を飛び回る。


「ヤ、ヤベ〜、あれが風の精霊?」

「だ、だと思います」


 これは厄介な。


「魔法で倒せる?」

「高速で自由に動き回る風なんてどう対処すればいいのか」

「何じゃあれは? 風の魔物か?」


 ナップさんだ。


「風には土。『グラウンドスフィア』」


 ナップさんが呪文を唱えると、土が生成されて風の精霊を球状に包み動きを抑え込んだ。

 さすが魔法の先生。と思ったが、土球のわずかな隙間から風が外に漏れてきた。


「なんと!? やつは小さい魔物の集合体ということか!?」


 魔物ではないが、あれは風の精霊の集合体ということだ。


「マズい! ごはっ!?」


 また集まった風の精霊がナップさんに体当たりした。

 ナップさんが床に倒れ、胸を押さえて蹲った。


「先生!」


 生徒たちがすぐにナップさんの介抱に走った。

 ナップさんでダメならどうすりゃいいんだよ。


「そうだ! ユウ先生っ、土の精霊魔法は書いてありますか!?」

「土の?」


 本を取って目を通す。


「うん、ある」

「それを書いてください!」


 共通文字で紙に書く。


「はいこれ。どうするの?」

「『トゥッテ テタッ ッピケ クッート テッンケータ』!」

「何で詠唱してんの!?」


 床から人の二、三倍サイズの土ゴーレムが出てきた。

 こっちに歩いてきて拳を振り上げる。


「やっぱダメじゃん! 何考えてんのお前!? うわっ、風の精霊もこっちにきた!」

「ユウ先生っ、避けて!」


 アンが俺を引っ張り床に転がった。

 ゴーレムが俺たちのいたところに拳を振り下ろし、風の精霊が俺たちのいたところに突進した。

 結果、二つの精霊がぶつかり、お互いに弾けて消えた。


「お、おお〜、すげ〜」


 これが狙いだったのか。


「うまくいきましたね」


 ズレた眼鏡をクイと直す。

 たいした機転だ。


「発音はできなくても、ようは使いようですね。精霊魔法が使えれば、敵を圧倒できます、フフフフフ」


 笑ってるよ。

 マッドサイエンティストみたい。


「他には何が書いてありますか? 大魔法の記述は?」

「え、つづけんの? それより図書室の片付けを」

「早く!」

「はい!」


『しかしながら、精霊とは本来穏やかな性格の存在である。精霊が戦争で使われている現状を見るたび、私は心が痛んでならない。精霊魔法が術者の身を守る目的以外に使用されない日々がくることを私は切に願う。』


「ってさ」

「……」

「どうするの?」

「……はぁ」


 脱力した。


「諦めましょう」


 マッドというわけではない。

 良識のある子だ。


「他に何か気になることは書いてますか?」

「そうだな」


『そこで私はこんな精霊魔法を編み出した。これならば精霊を傷つけることもない』


「どんな魔法でしょう?」

「えっと」

「何、この惨状?」


 ルージュが窓から顔を出した。


「ルージュ」

「あ、ユウ。何があったの?」

「説明はあとで。あのさ」


 本の魔法詠唱を共通文字にして、


「これ発音できる?」

「ん〜? 『ポツ テタッ ッピケ クペッッ タッ チュッーチャ』」


 空気中に無数の氷の粒が生まれた。

 氷の粒は辺りに散らばり、太陽の光を反射させながらキラキラと地上を舞った。

 外にいる生徒たちがその幻想的な光景に吐息を漏らす。

 校舎にいる生徒たちも次々と窓から顔を出した。


「わあ」

「綺麗……」


 ルージュとアンも突然の光の演舞に見惚れた。


「これってダイヤモンドダストか?」


 生で見るのは初めてだ。


「ダイヤモンドダストですか?」


 アンが聞いてくる。


「ああ。冬の寒い地域で起こる珍しい自然現象だよ。これは精霊魔法だけど」

「こんな、ただ綺麗なだけの魔法の使い方があったんですね」

「私も知らなかったなぁ」


 ルージュも驚いてる。


「これ何の魔法? さっきの呪文ってどういう意味だったの?」

「これは精霊魔法だ。『水の精霊に命じる 氷の粒となれ』って」

「何で訳せるんですかっ!?」


 アンが首を痛めそうな勢いでこっちを見た。


「詠唱って精霊語ですよ! 何で訳せるんですか!?」

「え、俺精霊語わかるし」

「俺精霊語わかるし!? 精霊語を扱える人は現代にもういないはずですよ!?」

「マジで?」

「マジで!? それだけ!? どこで覚えたんですか!? どこで覚えたの!? どこよ!?」


 ガクガク揺さぶられた。


「ガ、ガクガク、す、すんなって。ル、ルージュ、こ、こいつ、な、なんとかして」

「きれ〜」


 ルージュは、俺たちを無視して精霊が作り出す魔法の世界を存分に堪能していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ