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4 魔法学園

 マリーさんのお母さんのスープは、大人気メニューになった。

 スープの評判はあっという間に街中に広まって、噂を聞いたお客さんが『ラベンダー亭』に押し寄せた。


 店は、連日満員。

 叔母さんのレアさんもこれならとマリーさんが店をつづけることを許可してくれた。

 てゆーか、忙しすぎて今手伝ってもらっていた。


「マイアのスープくださいな」

「こっちもだ。マイアのスープお代わり頼む」

「はーい! ちょっと待ってねー!」


 レアさんがあっちからこっちへとフロアを移動する。

 スープの名前は、マリーさんのお母さんの名前をもらって、『マイアのスープ』になった。


「ルージュ、これ二番のテーブルね。レア叔母さん、食器下げて洗ってくれる?」

「今いくー!」

「はいはいー!」


 猫の手も借りたいほどだ。


「『冗談じゃねぇ!』」

「『何言ってるかわからないのよ!』」


 突如、カウンター席からの怒鳴り声が店内に響いた。

 そこでは三十歳くらいの男と女が言い争いをしていた。

 でも、お互い違う言葉なので話が噛み合ってない。


「どうしました?」

「『ユウ! このブスに言ってくれ! ぺちゃくちゃと声がデケェって!』」

「『ユウ! このブ男に言ってあげて! スープをズルズルうるさいって!』」


 ということでケンカになったらしい。

 とてもじゃないけどそのままは通訳できない。

 よけいケンカになる。


「わかりました。『こちらの男性からです。美人なお姉さん、もう少し静かにしてください。とのことです』」

「『び、美人?』」

「『こちらの女性からです。ハンサムなお兄さん、もう少し音を立てずに食べてください。だそうです』」

「『ハ、ハンサム?』」


 二人が見つめ合う。

 照れたような笑顔を浮かべ、静かに食事を再開し、食べ終わると一緒に帰っていった。

 恋が生まれたかもしれない。


 チリンチリンとドアベルが鳴ってさらに新たなお客さんが入ってきた。

 『ラベンダー亭』の常連さんで、ベーリー魔法学園の教師をしているナップ・サマーさんだった。


 黒いローブ、黒い三角帽子、杖、白いひげ。

 魔法使い然とした見た目のおじいさんだ。


「席は空いとるかのう?」

「今ちょうど空きました。どうぞ」


 ナップさんがカウンター席に座った。


「ナップさん、いらっしゃい」

「マリー、えらい人気じゃな」

「お陰様で」


 調理中のマリーさんがカウンター越しに良い笑顔。


「しかし、こうなると人手が足りんじゃろう」

「そうね。外に従業員募集の張り紙でも出すわ」

「じゃったら、ウチの学園でも張り紙をしよう。時間と元気を持て余した学生がようけおる」

「いいの?」

「ああ。その代わり――」



 ……



 本日『ラベンダー亭』はお休み。

 俺は、街にある魔法学園に来ていた。

 ナップさんの交換条件は、俺に学園にある古い文献を読んでほしいというものだった。

 マリーさんにどうするか聞かれたけど、すぐにオーケーした。

 魔法の学校とか興味あるし。


「魔法学園なんて楽しみ〜」


 隣にはルージュもいた。

 俺と同じく興味を引かれてついてきたのだった。

 ルージュの今日の格好は、マリーさんから借りた白のブラウスと赤いフレアスカート。

 よっぽど楽しみなのか、スカートから出てる太い尻尾がフリフリ揺れてる。


 守衛さんに用件を伝えて中へ入り、森に挟まれた長いアプローチを進む。

 暖かな木漏れ日が心地良い。

 しばらく歩くと木々の向こうに英国の寄宿舎みたいな建物が見えてきた。

 あれが校舎だろう。

 入り口には、いつもの黒いローブを着たナップさんが白い顎ひげをしごきながら立っていた。


「見て見て、ユウ!」


 ルージュがナップさんとは別方向を指さす。


「あの人たち何か作ってる! わっ、膨らんで飛んだ! 私向こう行く! じゃね!」


 走っていった。

 自由か。


「よく来てくれた、ユウ」

「すみません。ちょっと遅かったですか?」

「このくらいかまわん。みんな待っておるぞ」

「みんな?」



 ……



 ナップさんの後についていき、校舎の一角にある教室の前に立った。

 中から声が聞こえる。


「ここは古代魔法研究クラブの教室じゃ。今日は、生徒たちと一緒に前に言った古い文献の解読をしてくれ」

「わかりました」

「では」


 ナップさんがガラリと扉を開けて中へ入るとみんなピタリと口を閉じた。

 室内は、階段状に並んだ机があり、三十人弱の男女が席に着いていた。

 だいたい十五〜十八歳くらいか。

 みんな俺に注目している。

 ナップさんが教壇に立った。


「皆、待たせたのう。今日は、客人を呼んでおる。ユウ」

「はい」


 ナップさんに教壇を譲られ、


「初めまして、鷹見夕です。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げた。

 まばらな拍手が返ってきた。


「彼は、言語や文字に関して広い知識を持っておる。今日は、我々の研究を手伝ってもらうために呼んだのじゃ」


 ナップさんが紹介してくれた。


「広い知識?」

「そうは見えないわね」


 生徒から胡散臭いものを見る眼差し。


「どこの学校を卒業なさったのですか?」


 質問が飛んできた。


「梅ヶ丘高校です」

「どこ?」

「知らね」


 教室内がざわつく。


「得意な魔法分野は何ですか?」

「分野というか、魔法使えません」


 さらにざわつく。

 不審者を見る目に変わってる。

 居づらい。


「よろしいでしょうか」


 そんな中、教壇の正面に座っていた女子が手を上げた。

 金色の長い髪に青い瞳、丸眼鏡。

 真面目そうな印象の綺麗な子。

 十八歳くらいか。

 女子が席を立つ。


「初めまして、ユウ先生。私は、クラブの部長をやっている、アン・レイ・シャープです」


 軽くお辞儀して挨拶し、


「ここは、古代魔法の研究に取り組むクラブです。魔法を使えないユウ先生では私たちの力にはなれません。お帰りください」


 きっぱり言われた。

 物事はっきり言うタイプかな。

 気の強そうな目で俺を正面から見てくる。


「アンよ、ユウが言語に関して秀でているというのは本当じゃよ」


 ナップさんがフォローしてくれた。


「でしたら」


 アンがクイと眼鏡のブリッジを上げる。


「『この教室にいる生徒は何人ですか?』『()()()の言っていることがわかるならば、()()()と同じ言葉でお答えください』」


 共通語とは違う言葉で質問してきた。

 前半と後半で言葉が違ってる。

 どちらも古語だ。


「『二十九人です』。『これでいいですか?』」

「マジかよ!?」

「やるぅ!」


 俺の答えに生徒たちが大いに湧いた。


「この古語がわかるなんてすごいですね、ユウ先生」


 アンが見下ろすような視線で褒めてくる。

 言葉ほどには認めてませんって表情。


「俺なんて全然。君のほうがすごいよ。でも、その〜……」

「何ですか? 気になることがあるならば言ってください」

「……君の発音変だった。自分のこと『わだす』って言ってた」

「ブハッ」


 生徒たちが吹き出した。

 教室が笑いに包まれる。

 アンは、首から上を真っ赤にしていた。


「ご、ご指摘、あ、ありがとうございます」


 お礼言ってるけど、涙目でプルプル震えてる。

 やっぱ言うんじゃなかった。

 マジごめん。

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