31 宰相
宰相って。
とんでもない大物じゃないか。
「アンは、私の又姪に当たります。アンがいつもお世話になっております」
柔らかい笑顔。
腰が低い。
俺たちも丁寧に挨拶を返した。
「皆さん、私に構わず食事をつづけてください」
ビックリして食事の手を止めていた人たちを気遣った。
公爵で宰相というから近寄りがたい人柄かと思ったが、偉ぶっておらず感じの良い人だった。
「優しそうな大叔父さんだな」
アンを見る。
「どうしよう……」
なぜか動揺していた。
どうかしたのか、と聞く前に、
「……なるようにしかならないか。ご無沙汰してます、大おじ様」
意を決したような顔でミランさんに話しかけた。
「アン、見ない間にすっかりレディになったね」
好々爺な表情。
「大おじ様こそお元気そうでなによりです。突然来られたので驚きました」
「ハッハッハッ、飾らないアンが見たくて突然なんだ。さあアン、私の給仕をしてくれるかい?」
「はい。こちらのお席へどうぞ」
……
「ふ〜、美味しかった」
食事を終え、宰相一行がお茶を楽しむ。
営業時間は終わっていたが、せっかくなのでゆっくりしてもらっていた。
「アン、ちゃんと仕事ができているね。誇らしいよ」
「はい、大おじ様」
ひと仕事終えて安心した顔のアン。
「ペガサスのシルバや妖精たちの給仕も楽しかった」
「ヒヒーン(当然さ)」
嬉しいからか鳴き声が高め。
「どれも美味しかったが、あのマイアのスープという料理は絶品だ。舌の肥えた王都の住人もうなるだろう」
「ありがとうございます」
カウンターからマリーさんがお礼を言った。
「ところで、アン」
「はい」
「彼はおもしろいね」
こっちを見た。
「ずっと気にしていたが、店に来る多くの異国人、亜人たちと当たり前のように話していた。すべて彼らの言語でだ。しかも妖精や神獣とも意思疎通ができている」
めっちゃ見てるなぁとは思ってた。
「彼が多言語を操ることは知っていたが、それでも驚いたよ」
「へ?」
意外な事実にまぬけな声が漏れてしまった。
「この目で見るまでは信じられなかったが、いやはや、実際目の当たりにすると、もはや奇跡だよ。ハハハ」
どこか乾いたような笑い声。
「ミランさんは、俺のこと知ってたんですか?」
「もちろんだ。一国の姫が働く店のことだからね。スープが名物。竜人族が働いている。お客が多種多様。妖精や神獣が来る。そして、それらと意思疎通が可能な男がいて」
アンに視線を移した。
「宝剣『天宿の剣』もある。そうだね、アン?」
「……はい」
俯き加減に返事をした。
「いつ報告がくるかと待っていたが、一向にこなかった。なぜだい?」
「それは……」
言い淀む。
「報告してくれれば、いつでも取りに来たというのに」
「ちょっと待ってよ」
ルージュが話に交じった。
「あれは借り物なのよ。渡すわけないじゃない」
「エベレット宰相に向かってその口の聞き方は何だ!」
ミランさんのお付きの人たちが憤る。
それをミランさんが制して、
「『天宿の剣』は、君の物かね?」
「私が借りてる物よ」
「あれは、神の力宿る剣。天下の至宝だ。個人で所有するものじゃない。渡してほしい」
「ダメよ」
腰に手を当てて拒否。
「褒美もたっぷり出すが?」
「お金の問題じゃないもん」
「困ったな。店主マリー・マーシャル。彼女を説得してくれないか? それと、タカミ・ユウのことも」
「俺も?」
「君の才能は稀有だ。私のところへ来なさい。その才能に見合った仕事と給金を与えよう」
何を言い出すんだか。
「さあ」
ミランさんがマリーさんを促す。が、
「申し訳ございません。従業員といえども、私は、本人たちの意思に添わない命令は出せません」
そりゃあそうだ。
「ちなみに俺行きませんよ。ここ好きだし」
一応言っておく。
「ふむ、そうか」
怒っておらず、残念がってもない。
抑揚のない返事。
「私は、この国の政を任された宰相だ。私の命令は王のお言葉。逆らうことは、この国に逆らうことと同義」
淡々とした声で、
「国家反逆罪でこの店を営業停止にもできるが?」
「はああっ!?」
いきなり何言い出すんだ。
「メチャクチャよ!」
「ヒヒーン!(ひどい!)」
ルージュとシルバが当然怒る。
「ハッハッハッ、私もそう思うよ」
なのに笑ってる。
「でもねお嬢さん、大袈裟に言って、国益になるのならば綺麗事だけの道理なんてどうでもいいんだ。汚れ役は、今さらだよ」
この人、上辺は良い人っぽいけど、中身はヤバいよ。
「アンも彼らを説得しなさい」
「……すみません」
小さな声でただ一言謝った。
拒否します、ということ。
「やれやれ。国にとって有益な情報を報告してこないと思ったら、彼らに同情していたか。体ばかり大きくなって、中身は成長できてないね」
厳しい一言にアンがしゅんと肩を落とした。
もしかしなくても、アンは、俺たちのことを守ってくれていたのかもしれない。
報告すると、こうやって厄介事になるから。
「ありがとう、アン」
それを察してマリーさんがアンの頭を撫でた。
アンは、子供みたいにコクンと頷いた。
「御用はお済みですか? でしたらお帰りください」
マリーさんが毅然とした態度。
「いいのかい? 店をたたむことになるよ?」
「でしたら、他の国でお店をつづけます。ですがこのお店は、ずいぶん儲けているので相当の税も納めています。公爵様の言う、国益にとってはどうなのでしょう?」
少し怒ったような声で、マリーさんが言い返した。
脅されてるのに脅し返してる。
マリーさんが格好良すぎる。
「ハッハッハッ、なんて胆力だ。とんでもない女傑だね、君は」
愉快そうに笑っている。
まるでやり取りを楽しんでいるようだ。
「も〜、だんだんメンドくなってきた」
ルージュが腕まくり。
「さっさと帰りなさいよ。帰らないなら」
「待ちなさい」
ミランさんが止めた。
「剣と彼のことはひとまず保留しよう。ブランド、あれを」
「はい」
付き添いの男が荷物を漁る。
「実は、我々がベーリーの街に来たのは他にも目的があるからなんだ」
「どうぞ」
男がミランさんに紙を渡した。
受け取ったミランさんが、紙を俺へ向けて広げた。
外国語で書かれた手紙。
「タカミ・ユウ、これが読めるか?」
「『これは空からのお手紙です。これを拾ったのはどんな方かしら』」
「おおっ!」
どよめいた。
「これは、空から落ちてきたもの。書いてあるのは空語だ。空との繋がりが浅い地上人の中には、読める者がいないと言われている空語。なのに、これがあっさり読めてしまう君は、本当に何なのだろうな」
クツクツ笑ってるミランさん。
「これが読めるのがどうかしたんですか?」
「ここに来たもう一つの目的は、天空都市フィンドラムとこの街で会談することなんだ」
「天空都市? あの空に浮いてる?」
今も窓から見えてる。
「そうだ」
「会談ですか?」
しょげていたアンだったが、話を聞いて顔を上げた。
「あの他国との交流を持とうとしないフィンドラムが? なぜ?」
「そこなんだ、アン。地面を這う者と我ら地上人を見下していた彼らが、近頃、サン王国の国土を買おうとしたという情報が入った」
「天空人が地上の土地を? それは奇妙ですね」
アンが眉根を寄せた。
少し考えて、
「シルバ、天空都市に行ったって言ってたわね? それって最近なの?」
「ヒヒン」
頷いた。
「街の様子はどうだった?」
「ヒヒーン、ヒヒヒーン(前に行った時はのんびりしてたのに、こないだ行った時は兵士っぽい人が忙しそうに動き回ってた)」
俺が通訳。
「兵士が……」
アンが難しい顔。
「うむ……」
ミランさんもだ。
「何? 何か気になるのか?」
「……これはあくまで最悪のケースですが」
と前置きした上で、
「戦の準備をしているのかもしれません」
戦。
戦争。
「え? マ、マジで?」
ちょっとブルってしまった。
「わからない。だが、最悪を考えればあり得る。地上に橋頭堡を築いてそこから、という」
ミランさんが真剣な表情。
「大昔ではあるが、我々人間は、天空人を虐げていた歴史もあるからね」
「それを未だに根に持ってってことですか?」
「どうだろう。何にせよ、相手の真意を探るための緊急会談なんだ。で、だ。タカミ・ユウ」
「は、はい」
「向こうは共通語が話せる。こちらは、空語が話せない……と、彼らは思っているだろうから、油断して空語で内緒話をするかもしれない。会談の席に一緒に着き、それを聞いたら我々にこっそり教えてほしい」
なるほど。
「わ、わかりました」
戦争なんて怖い。
回避するためならもちろん協力しよう。
あ、でもせっかくだし。
「その代わりですね、ひとつ条件が」
「剣や君への考え方は、結果如何によっては変わらなくもない」
話が早い。
はっきり変わるって言ってほしかったけど。
「会談は、いつですか?」
「二日後。場所は、ベーリーにある私の別荘で」




