28 娘
お昼前。
本日は、『ラベンダー亭二号店』に出向。
二号店従業員の研修が終わり、心機一転新しいメニュー表を書いてくれと頼まれたのだった。
「ほう、綺麗な字を書くなオメェは」
「お貴族様が代筆を頼むはずだぜ」
みんなで俺を囲み、メニューを書く様子を見てくる。
変に緊張するんだけど。
メニュー内容は、一号店と全然違っている。
ここは二号店ではあるものの、マリーさんは、このお店のやり方にほぼ口を出さないから。
ジオさんは、『二号店の看板いただきます』と言ったが、あくまでこのお店はジオさんのお店というのがマリーさんの考え方なのだ。
「これでラストっと。できました」
「ありがとよ」
ジオさんがメニュー表を受け取った。
「なあ、ユウ」
従業員の男。
名前はブロウ。
元窃盗団員。
「これも書いてくれねぇか?」
紙を渡された。
『サビアへ 誕生日おめでとう』と書いてある。
「嫁が誕生日でよ。プレゼントは、まぁ、こんなんなんだけど」
花柄のスカーフ。
「まだこれくらいしか買ってやれねぇんだけど、せめて綺麗な字のメッセージカード付けたら見栄えが良くなるかと思って」
情けなさそうに笑う。
「これくらいって、んなことねぇよ」
仲間たちが肩を抱いた。
「気持ちの問題だろ? サビアのやつ、喜ぶぜ」
「そ、そうかな?」
「おう。つーかよ、間接的に給料が安いってジオさんディスってね?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
「ガハハハッ、冗談だよ。おしっ、サビアを招待して俺らも祝ってやろうぜ」
みんなが「おー!」と応えた。
前職はともかくとして、みんな気の良い人ばかりだった。
みんなの笑顔を眺めながら、ふと店の入り口へ目を向けると、扉の隙間から女の子が中を覗いていた。
六歳くらい。
黒い髪で赤いほっぺ。
怒っているようなムッとした顔でこっちを見ている。
「いらっしゃいませ。ごめんね、お店はまだなんだよ」
俺が声をかけると、みんなも女の子に気づいた。
みんなの視線を浴びると、女の子は、ビクッと肩を跳ね上げ、四つ折りにした紙を中へ投げ捨て逃げるように走って行った。
「お客さんじゃなかったのかな? 何だったんだろ?」
「ありゃあ、俺の娘だ」
ジオさんが驚きの発言。
「マジですか!? ジオさん結婚してるんですか!?」
「結婚してた、だ。さっきのは、娘のエイレネ。俺に文句の一つでも言いにきたんだろうよ」
「何で文句を?」
「嫌われてるからさ。結婚してた時は、ろくに家に帰らねぇし、子育ても嫁に任せっぱなし。遊び相手もしなかったからな」
それでムッとした顔でこっちを見てたのか。
「あげく離婚だ。今は元嫁の実家で暮らしてるが、たまにここへ来ては、こうやって手紙を店に投げ入れていくんだ。字は覚えたてで読めるレベルじゃねぇが、さぞかし恨み言が書いてあるんだろうぜ」
エイレネの捨てていった手紙をジオさんが拾った。
「今さらだが、もっと遊んでやればよかったよ……」
恨み言が書いてあるらしい手紙を大事そうにポケットにしまった。
……
お昼の時間。
二号店の営業時間は、一号店と同じで昼と夜の二部制。
開店と同時にお客さんが続々と入ってくる。
研修の甲斐あって、みんなの営業スマイルもバッチリ。
険のあった顔もどこか丸くなったように見える。
俺もみんなに混ざり、今日は、二号店で給仕だ。
「『ねえ〜、料理くるの遅くない?』」
「『確かに遅ぇな』」
テーブル席の若いカップル。
外国語でグチってる。
「『私の代わりに共通語で文句言ってよ』」
彼女は、共通語が喋れないようだ。
「『おう』。おい、おっさん」
横柄な態度。
「何でしょう」
男が呼んだのはジオさん。
「料理まだかよ? どんだけ待たせんだよ、ボケ」
言葉が汚い。
ジオさん、キレるかな。
「すみません」
頭を下げて謝った。
自分よりひとまわりも年下の相手に。
知ってたけど、ジオさん本気で飲食店やろうとしてるんだな。
頭下げてるのにカッコイイよ。
「『おじさん何て言ったの?』」
「『すみませんってよ。けっ、簡単に頭下げやがって。情けねぇ』」
「『あの人ちょっと怖そうなのに、さすがミール。カッコ良すぎ〜』」
「『まぁな。俺くらいの男になると、あの最強ヤクザのジオ・ピアスも尻尾巻いて逃げ出すぜ』」
まさに目の前にいるんだが。
ジオさん本人を知らないのか。
「ジオさん、二番テーブルの料理できやした」
マッサさんが呼ぶ。
「おうよ」
「ジオ? ……あの風貌……目尻の傷……」
彼氏がジオさんを観察するように見つめる。
あ、めっさ震えだした。
正体に気づいたみたい。
「お待たせいたしました」
ジオさんが料理をテーブルに並べる。
「な、な、何で、こ、こここんなとこ」
彼氏は、一人だけ極寒地にいるのかってくらいガタブルしてた。
「『やっときた。次からもっと早く持ってこいノロマって言っといてよ』」
「『お、おうおう』。と、とても、お、お、美味しそうですね、ダ、ダンディな店員さん』」
「ありがとうございます」
一礼。
「『アハハハ、怖くて頭下げてる。おじさん、ビビりすぎ〜。私の彼氏こんなヘタレじゃなくてよかった〜』」
「『だ、だろ? ハ、ハハハハハ、ゴクゴクゴク』」
彼氏がワインを一気に飲み干す。
「プハ〜ッ。お、おい、そこのお前」
今度は俺。
「ワインのお代わり持ってこい」
「はい、ただいま」
「『私、お水』」
「『はい。少々お待ちください』」
「おい、彼女には水を……あれ? い、今お前……あれ?」
カランコロンカランコロンカランコロンッ!
いきなり激しくドアベルが鳴った。
でも扉は開かない。
そちらを見れば妖精が数匹一生懸命にベルを鳴らしていた。
「ーー!」
「わかったわかった、今開ける」
扉を開けると隙間から妖精たちが飛び込んできた。
「何をそんなにあわててるんだよ?」
と聞いているところへ、
「どきやがれ!」
ドンッと俺を突き飛ばして男たち三人が押し入ってきた。
「へへへ、追い詰めたぞ」
「もう逃がさねぇ」
男たちの手には虫取り網と虫籠。
籠の中には妖精が一匹入っていた。
「ーーー!」
「僕らを捕まえようとしてるだって!?」
「何ぃっ!?」
ジオさんの額に青筋が走った。
「おう、ここの店員か? ちょいと邪魔す……ジオ・ピアス!?」
「ブッ飛ばされたくなかったら妖精を置いて出て行けぇぇぇっ!」
「ひぃぃぃっ!」
さすがの迫力。
男たちは、籠も網も放り出すと、一目散に逃げだした。
……
休憩時間。
無事助かった妖精たちは、ほくほく顔で干し葡萄を食べていた。
良いことなのか悪いことなのか、妖精は、嫌なことがあってもすぐに忘れられる性格だった。
みんなは、食事をする妖精たちを囲み、そのキュートさに目尻を下げていた。
「しかし最近、妖精を捕まえようとするチンピラが増えたな」
そちらを見ながらジオさん。
さっきの三人は、バルディというヤクザ者の下っ端らしい。
ジオさんは、顔を見たことがあるそうだ。
「そういやこの前、ユニコーンを捕まえようとしてる人もいましたよ」
テオが助けたが。
「ユニコーンも、それにペガサスも、大金はたいて買うやつらがいるからさ。金目当てに捕まえようとするんだ」
ケッと吐き捨てる。
「やっぱりこれって、俺の責任だよな……」
来るままに迎えたから。
「責任ってのは背負い込み過ぎだぜ、ユウ。だがまぁ、俺たちが何とかしねぇとな」
俺たちと言ってもらえるのは、申し訳なくもありがたい。
「こうなりゃ、ベーリーの町長に新しいルールを作ってもらうしかねぇか。『妖精や神獣の捕獲禁止』とかよ」
「だったら、アンに頼めば何とかしてくれるかも」
「ああ。問題は、ならず者どもだ。あいつらは、ルールなんざ守りゃしねぇ」
だからこそのならず者ということ。
「仕方がねぇ」
ジオさんが椅子から腰を上げた。
「大親分の屋敷に行ってくる」
「大親分ですか?」
「ああ。裏社会を仕切ってるボスだ。その人に頼みに行く。チンピラどもに妖精たちを捕まえるのをやめさせてくれってな」
「俺も行きます」
大親分なんて怖いけど、リーンたちのためだ。
責任を果たさないと。
「おし。お前ら、ちょいと出てくるぜ」
カランコロンと扉を開けて外へ出た。すると、
「ひゃ!?」
扉のすぐ向こうに女の子がいて、突然開いた扉に驚き尻餅をついた。
「エイレネじゃねぇか」
ジオさんの娘さんだった。
「すまねぇ、気づかなかった。大丈夫か?」
ジオさんが手を伸ばす。
しかし、エイレネは、一人で起き上がり、ムッとした顔でジオさんを上目遣いに睨むと、
「んっ!」
と手紙を投げつけ逃げていった。
ジオさんが、エイレネの背中を目で追う。
「嫌われてるのはよ、自分の責任だってわかっちゃあいるんだよ。でも、しんどいよなぁ」
重いため息を吐いた。
覚えたての崩れた字で書かれた手紙。
それをジオさんは、やっぱり大切そうに拾ってポケットにしまうと、大親分の屋敷へ向けて歩きだした。




