22 ペガサス
朝。
朝食の準備をしているとサキュバスが二階から降りてきた。
「いい匂いね」
鼻をすんすん動かし、
「お先にいただきまーす」
「なぜ俺を見る?」
「私の朝ご飯?」
そんな朝飯あるか。
「朝からもう」
ルージュが困った顔。
「このサキュバス、行動を縛っておく必要があるわね。使い魔にするとか」
「あなたの使い魔になんてならないわ」
フンッとそっぽを向く。
「私だってサキュバスの使い魔なんていらないわよ。アン、この女使い魔にしちゃいなさい」
「私も嫌です。淫魔の使い魔なんて恥ずかしい。ルージュ先輩どうぞ」
「いらないわ、こんなの」
「私もいりません、こんなの」
「誰がこんなのよ! 私はあなたたちの何倍も強いし綺麗よ!」
「何ですって!」
「聞き捨てならないわ!」
ワーワーギャーギャー。
朝から元気なやつら。
「賑やかね」
「マリーさん、これは賑やかじゃなくてうるさいって言うと思いますよ」
……
お昼の食堂。
チリンチリンとドアベルを鳴らしてお客さんが来店。
ナンパ師レニーさんだった。
「いらっしゃいませ。今日は女の人は?」
「引っかからなかった」
がっくり肩を落とした。
それはそれは。
「ユウ、適当に肉料理頼む」
レニーさんが席に着いた。
「私のご飯もお願い」
サキュバスが食堂に入ってきた。
「やあ、俺レニー・ベルベット」
さっそくナンパしてるし。
「君の名前は?」
そういえばサキュバスの名前知らない。
「そんな簡単に教えないわよ。使い魔にしようとか言ってるやつがいるのに。名前を縛られちゃう」
「でも知りたいな。君と同じで素敵な名前なんだろう?」
「あら、言うわね」
嬉しそう。
「じゃあ、ヒント」
サキュバスが人差し指を立て、空中にスラスラスラと字を書いた。
魔族語。
「これが私の名前」
「え〜、それ何語? わからないよ」
「そう? 残念、フフフ」
「ユウ、わかったか?」
「パームって書きましたよ」
「え」
サキュバスが固まった。
「パームか。とても綺麗な名前だね」
甘く囁く。
「え、な、なん……え?」
それどころじゃなさそう。
チリンチリンとドアベルが鳴る。
でも扉は開かない。
妖精は、扉を開けられないので、来店したらいつもベルを鳴らして合図する。
「はい、いらっしゃい」
とドアを開けると、一匹の妖精。
忘れもしない、緑色の短い髪、大きな目。
「リーン!」
久々の再会だった。
「==!」
俺の名前を呼び、リーンが顔面に飛び込んできた。
「ーー!」
「ああ、久しぶりだな! ハハハ」
ヤバい。
めっちゃ嬉しい。
「今までどうしてたんだ?」
「ーーー」
「故郷で友達と遊んでた?」
「ーー、ーー」
「で、宿の話聞いて遊びに来たのか」
本当、妖精って自由というか気まぐれというか。
「ーーー?」
「何言ってんだよ。わざわざ、宿に泊まらなくても俺の部屋泊まってけよ。喉乾いてないか? 腹は? お菓子あるぞ?」
「孫が来たおじいちゃんみたいね」
ルージュたちもリーンに気づいた。
みんなで久しぶりの挨拶をする。
「おめぇさんがリーンかい? 話は聞いてるぜ」
ジオさんが強面を近づける。
リーンの体がビクッと震えた。
怖がってる。
リーンがかわいいダンスで敵意がないことを表現する。
ジオさんの顔がほにゃっとなった。
リーンが一仕事終えた顔で汗を拭った。
って、いやいや。
「この人は、ジオさん。店員だよ」
「ーー」
なぁんだとコクコク頷いたリーンが、ふと何かを思い出した顔。
「ーー」
「え、友達連れてきた? リーンが宣伝してくれてるから、妖精毎日来てるけど」
「ーーー」
「妖精じゃないって、じゃあ誰?」
「ー」
「ペガサス!? マジで!?」
翼の生えた白馬。
見たい。
「どこにいるんだ!?」
「ーー」
「外だな!」
扉を開けて外へ。
辺りをキョロキョロ。
どこにもそれらしい姿はないが、
「ヒヒーン」
下から馬の鳴き声。
顔を俯けた。
「おおっ、お前がペガサ……ス?」
小さい子が乗る木馬のおもちゃみたいなのがいた。
「仔馬?」
「ヒヒーン!(仔馬じゃない!)」
あ、何言ってるかわかる。
「え、仔馬?」
みんなも出てきて同じ感想。
「ヒヒーン! ヒヒーン!(違う! そもそも子供じゃない!)」
抗議してる。
「ヒヒーン、ヒヒヒーン(俺はペガサス。ペガサスのシルバだ。リーン、こいつらに教えてやって)」
「シルバか。立派な名前じゃん」
「ヒ、ヒヒーン!? ヒヒヒヒヒーーーーン!?」
めっちゃ嘶いた。
「ユウ先生は、ペガサスの言ってることがわかるんですか?」
「ああ」
「嘘でしょ!?」
と驚いたのはパーム。
「ペ、ペガサスと喋れるわけ……え? 何でみんな驚かないの?」
「俺は、鷹見夕。シルバはペガサスなの?」
「ヒヒン?(ご覧の通りだけど?)」
ご覧の通り……。
金色の鬣、白い体、よく見ると背中にアヒルくらいの翼があって、中型犬サイズの馬体。
思ってたのと違うけど、ペガサス……か?
「シルバは、神様からもらえる力が少なかったのでしょう」
アンがシルバを眺める。
「どういうこと?」
「神獣は、生まれる時、神様に力を分け与えられるのですが、その力が少ないと体に問題が出ることがあるんです」
シルバの場合は体が大きくならなかったと。
「==」
「どうした?」
「ーーー」
「シルバも泊まりたいのか? お金は?」
「ブルル(持ってない)」
首を横に振った。
「じゃあ、リーンと一緒に俺の部屋に泊まれよ。マリーさん、いいですか?」
「ええ」
ということで、俺の部屋にリーンとペガサスのシルバがやってきた。
……
やってきたんだけど、シルバが来た一日目。
シルバは、一日中部屋でゴロゴロしていた。
二日目も三日目もずーっとどこに行くでもなくゴロゴロしてるだけ。
何しに来たんだこいつは。
……
お昼の休憩時間。
リーンと部屋に戻ってくると、やっぱりシルバはゴロゴロしてた。
室内犬みたいで可愛いけど、ずっと部屋にいるのも体に悪いだろう。
「シルバ、外に行かないか? 美味しいニンジン売ってる店とかあるけど?」
「ヒ〜(え〜)」
メンドそう。
「ーー!」
リーンもシルバを誘うと、
「ヒン(わかったよ)」
のっそり体を起こした。
……
シルバと一緒にお出かけ。
チョコチョコ足を動かして歩く姿が愛らしい。
リーンがシルバの頭に乗っていてファンシーな絵面。
周りの目がシルバとリーンに集まる。
「ママ、ようせいさんとちいさいお馬さん、かわいいね」
「まぁ、本当ね」
子供と母親が二匹を見て顔を綻ばせる。
「ヒヒヒーン!(俺は馬じゃない! ペガサスだ!)」
シルバが文句を言った。
「お馬さんないた!」
子供はキャッキャと喜んだ。
「……ヒヒーン(やっぱ帰る)」
回れ右。
「本当に帰るのか? ニンジンは?」
「ヒーン。ヒヒヒーン(いらない。だいたい馬じゃないからニンジン好きじゃない)」
「帰ってもどうせゴロゴロするだけだろ? そもそも、何でシルバはここに来たんだ?」
「……」
スルー。
でも、理由がないことはないだろう。
何か言いたくない事情なのか?
「火事だーっ!」
突然の声が街中に響いた。
「火事?」
と駆けつけてみれば、三階建て集合住宅の最上階の各部屋の窓から煙が出ていた。
「離して! 赤ちゃんがいるのよ!」
女が数人の男に抑えられている。
開いてる三階の窓から赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。
「ダメだ! 階段とこも燃えてて三階に上がれねぇ! ゲホッ、ゲホッ」
集合住宅から出てきた男が激しく咳き込んだ。
「だったら窓だ! 梯子持ってこい!」
「んなとこまで届く梯子なんて都合よくねぇよ!」
誰もどうにもできない。
右往左往するしかない。
そこへ、
「ヒヒーン!(俺がいく!)」
シルバが三階の窓へ向けて飛んだ。
赤ちゃんの鳴き声がする部屋に入る。
みんなが祈るような気持ちで見守る中、シルバが窓から飛び出してきた。
口には赤ん坊を咥えていた。
わっと野次馬が歓声に湧く。
下へ降りてきたシルバが赤ん坊をお母さんに返すと、お母さんは泣いて赤ん坊を抱きしめた。
「すごいじゃないか! お前ペガサスか!」
「やるわね、ペガサスちゃん!」
みんなシルバを讃えた。
「ヒヒーン?(そ、そうかな?)」
照れてる。
「ーー!」
リーンも『カッコイイ! さすがペガサス!』と褒め言葉。
「ブルル(フフフ)」
笑ってる。
何気に、シルバの笑顔って初めて見た。




