2 竜人族
今日からルージュが『ラベンダー亭』で働くことになった。
お昼の開店前。
俺は、店内を清掃中。
ルージュは、マリーさんの前に立ち、仕事の説明を受けていた。
「ルージュには、接客をメインに働いてもらうわ。接客業はしたことあるかしら?」
「いいえ」
「じゃあ、最初は私とユウの働くところを見てて。そう難しい仕事じゃないし、要領はすぐ覚えられるから」
「任せて! やるからには私がこのお店をお客でいっぱいにしてあげる!」
やる気まんまんの返事。
元気がありすぎて持っていた木製のトレーがバキッと割れた。
マリーさんが言うには、竜人族は、他の種族よりも身体能力が優れているらしい。
「ルージュ、物は大切に扱うようにね」
「ご、ごめんごめん、ハハハ」
ポリポリと赤い髪をかいて謝る。
ルージュの格好は、赤茶色のワンピースに白いエプロン。
スカートの裾から出てる太い尻尾も謝るみたいに垂れた。
「これも壁の修理費と一緒にお給料から引いておきます」
「はい……『この人鬼ね』」
こっそり竜人語で毒づいてる。
「『ルージュ、マリーさんのこと悪く言うな』」
「『あ、そうだった。ユウって竜人語わかるんだった』」
「『マリーさんはすごく良い人なんだぞ』」
「『厳しいって言いたかったの。悪口じゃないわ』」
「ちょっと二人とも、何の話してるの?」
「ルージュがマリーさんのこと鬼って言うから注意してたんです」
「ユウがマリーのお尻触りたいって言うから注意してたの」
「い、言ってねぇだろ! 嘘つくな!」
「でもいつもマリーのお尻見てるじゃない」
ギクッ。
「そ、それは……」
お尻じゃなくてスカートのスリットをね?
下着見えないから不思議だな〜ってね?
「はいはい」
マリーさんがパンパンと手を叩いた。
「仕事中の竜人語は禁止ね。私わからないもの。それと、こっそり悪口言わないように。お尻も触っちゃダメ。わかった?」
俺言ってないのに。
ルージュがクククと笑ってる。
覚えてろ。
「ユウ、掃除は済んだ?」
「バッチリです」
「よし、開店しましょう」
「はい」
チリンチリンと店の扉を開け、外に掛けてある『準備中』の札をひっくり返して『営業中』に。
待ってましたとばかりにお客さんが次々入ってきた。
今日も忙しくなりそうだ。
「『ユウ、いつもの頼む』」
「『ユウ、いつものお願いね。今日は、ワインはいいわ』」
「『はい。すぐ用意します』」
席に着く前に、自分の故郷の言葉で注文してくる常連さんたちに答えてそれらをマリーさんに通す。
俺は、ワインと水を注いでテーブルへと運んで回った。
「ユウ、ちょっと」
常連のおばちゃん。
今日は、知らない女性も一緒だ。
二十二、三歳くらいかな。
女性の顔は、疲れて見える。
「こんにちは。何にしましょう?」
「その前にいい? ほら、話しかけてみて」
連れの女性を促す。
「は、はい。『こんにちは。私の言葉わかりますか?』」
「『はい、わかります。セティ語ですね。こんにちは』」
「『わっ、本当に話せるんだ!』」
すごいビックリしてる。
「この子、近所に越してきた新婚さんでね。慣れない土地に来て家に篭りがちだったから、あなたの故郷の言葉話せる店員さんいるわよって連れ出したの」
そういうことか。
「ユウなら話せると思ったけど、やっぱりだったわね、アハハハ」
バシンッと背中を叩かれた。
痛いっす。
「『これからもお店に来ていいですか?』」
「『もちろんです。夜は酒場もやってるので、良ければそちらにもどうぞ』」
「『行く行く! 今晩さっそく夫と来るわ! フフフ』」
明るく笑ってる。
ご近所さんの笑顔を見ることができて、おばちゃんも嬉しそうだった。
「すみません」
「はーい」
今度は、若い男女の二人組。
見たことのない顔だ。
「お待たせしました。ご注文お決まりですか?」
「ああ、うん……」
二人ともちょっと緊張してる様子。
何だろう?
「あ〜、これ……これ……これ」
メニュー表を見て、三箇所指さして注文をした。
全部スープ。
変わったチョイスだ。
「『ねぇ、大丈夫なの?』」
心配そうな顔で女性が男性に聞く。
西にある小さな島国、サルージャの言葉。
「『大丈夫だって。きっと魚料理と肉料理だよ。文字がそんな感じだもん』」
ああ、もしかして。
「『よかったらメニュー表読みましょうか?』」
サルージャ語で聞いた。
「「『え!?』」」
バッと顔を上げる二人。
「『サ、サルージャ語喋れるのかい!?』」
「『はい』」
「『本当に!?』」
「『もちろんです。今日もベーリーの街の空は快晴です、なんて』」
「『じ、じゃあ、僕らの会話……』」
「『うそ、やだ……』」
二人の顔が赤くなる。
なんだか会話を盗み聞きしたみたいな形になってしまい申し訳ない気分だ。
しかし、二人はお互いに見つめ合うと、「プッ」と吹き出した。
「『ハハハ、気づいてるだろうけど、僕たち共通語はさっぱりなんだ』」
やっぱり。
「『旅行で田舎の村からこんな都会に来たんだけど、なんだか気後れしちゃってね。田舎者を隠そうとしてよけいな恥かいちゃったよ』」
「『恥だなんてそんな。気持ちすごくわかります』」
俺だって初めて行くお洒落カフェには、緊張を隠すために「慣れてますよ」感だして入るし。
「『じゃあ、もう直接注文しましょうよ?』」
「『だね。店員さんオススメの肉料理と魚料理、あとワインを頼むよ』」
「『はい、お任せください』」
「『ちなみに、さっき注文した料理はどんなのだったのかな?』」
「『スープが三つでした』」
笑顔でお辞儀してテーブルを離れた。
後ろから二人の笑い声が聞こえてきた。
カウンターに入ると、ルージュが珍獣でも発見したような顔で俺を見ていた。
「何その顔?」
「あなた、今全部違う言葉で話してなかった?」
「話してた」
「ちょっと待って」
ルージュが難しい顔を作る。
「そもそもユウって、何ヶ国語話せるの?」
「何ヶ国語ってゆーか、全ヶ国語?」
「全ヶ国語!?」
ルージュの尻尾がぴーんと伸びた。
「『ユウ、注文頼むよ』」
猫耳のお客さん。
「『はい、ちょっと待っててください』」
「猫人語も話した!?」
また尻尾がぴーんて。
おもしろい。
「り、竜人語以外の種族語もイケるの!? あなたの頭どうなってるの!?」
「ルージュ、もっと声抑えて」
マリーさんがしーっと注意。
「で、でも」
「気持ちはわかるから」
うんうん頷いてる。
俺と出会ったばかりの頃を思い出してるんだろう。
「それより、そろそろ接客お願い。もういけるでしょう?」
店内は、さらに混んできた。
「う、うん、わかった」
まだまだ聞きたいことがあるって顔のままフロアへ移動した。
「注文いいかい?」
「はーい!」
ルージュが元気に返事しておじいさんのテーブルへ行く。
「竜人族か。珍しいね」
「今日から働くルージュ・ララっていいます。ご注文は何にしますか?」
「竜人族は、能力が高いけど、エディール語は話せないよね?」
「え? はい」
「だよね、いいんだ。えっと、注文は――」
注文を聞いたルージュがカウンターに戻って内容をマリーさんに伝えた。
「おーい」
「はーい!」
別のお客さんのテーブル席へ。
「『聞いてくれよ。今日ウチで飼ってる猫が窓から逃げてよぉ』」
「え? え?」
「『ん? ああ、わかんねぇか』。なんでもない、酒とパンとあと適当にパスタでも作ってくれ」
「あ、はい」
ルージュがカウンターに戻ってきて注文を告げた。
……
お昼の食堂の時間が終わり、休憩タイム。
三人でテーブル席に着いて食事をしていた。
ルージュが骨付きチキンを頬張る。
「お客ってさ、みんなユウ目当てに来てるんじゃないの?」
仕事中に気になったことを聞いてきた。
「そうね」
フフとマリーさんが笑う。
「お客さんの大半は、自分の故郷の言葉で接客してもらえるのが嬉しいからきてくれてるの」
「え〜、何よそれ〜」
ジト目でこっちを見られても困る。
「テーブル行くたびに、『◯◯語喋れる?』って。喋れないって言ったらため息吐かれたわ」
不貞腐れてる。
「しかも、私ががんばらなくてもけっこうお店流行ってるし」
「だったら、行列ができるくらい流行ってる店にすればいいだろ」
「行列とかはマリーの料理の腕次第だと思うわ」
「がんばります」
マリーさんが苦笑い。
「私、役に立てないかも」
朝の元気もどこへやら、だ。
「そんなことないわよ」
マリーさんがルージュのお皿にお代わりのパンを置いてあげた。
「昨日も言ったでしょう? お店が忙しいって。普通に働いてくれるだけでも助かってるの。それにまだ今日は初日。いつかルージュがいるからって理由で来てくれるお客さんもたくさんできるわ」
「そうかしら……」
半信半疑に呟いて頬杖をつき、窓の外へ顔を向けた。
店の前を、母親と手を繋いだ五、六歳くらいの女の子が、「ママー」と笑いながら歩いてる。
穏やかな街中の風景にルージュの頬が緩んだ。
そこへ後方から、土煙をあげて馬が数頭駆けてきた。
馬の背には男たちが乗ってる。
全部で六騎。
「人がたくさんいるところを馬で走るなんて、何考えてるのかしら」
ルージュの言う通りで、道行く人も迷惑そうな顔をしてる。
母親も騎馬に気づいて女の子の手を引き道の端へ寄った。
しかし、騎馬も同じ方向へ寄ってきた。
壁に挟まれて逃げ場がない。
母親が娘を庇うように抱きしめる。
馬体が母親の背中に当たり、母親は、壁に額を打ち付けて倒れた。
「ヒャハハハッ、お前は手綱捌きが下手なんだよ!」
「馬もお前なんぞに乗られたくねぇって言ってるぜ!」
「うるせぇ! 今に見てろよ!」
人にぶつかったことなど気にした様子も見せず騎馬は走り去った。
「うわ!」
「大変!」
俺とマリーさんが席を立って外へ出ようとした。
しかし、それよりも早くルージュが店を飛び出した。
脇目も振らず逃げた騎馬を追っていった。
あいつどうするつもりなんだ?
「あなた大丈夫!?」
俺たちが外に出ると、街の人たちも親子の周りに集まっていた。
「ママー! ママー!」
女の子が泣きながら母親を揺さぶる。
「うぅぅ……だ、大丈夫、マ、ママ、大丈夫よ」
母親が女の子の頭を撫でて安心させた。
よかった。
意識はある。
でも額の血は止まらない。
「あいつら、ひでぇな」
「この辺を縄張りにしてるゴロツキどもだよ」
さっきの騎馬たちのことだろう。
街の人が噂してる。
「おじさん、水と清潔な布をお願い。そこのお兄さん、お医者様を呼んできて」
マリーさんがみんなに指示を出した。
「ユウは、ルージュを探してきて。さっきの人たちは街の荒くれ者なの。追いかけてるなら、危ないから止めてきて」
「はい!」
すぐに走り出した。
「まったく、あいつは」
と道を曲がろうとしたら、ルージュが姿を見せた。
「ルージュっ、どこ行ってたんだよ! さっきのやつら危ない奴らだ! 追うな!」
「え? この人たちが?」
「そう! この人た……うお!?」
ルージュの右手に三人。
左手に三人。
さっきの男たちがいた。
服の襟首をむんずと掴み、地面を引きずっている。
「な、何? どういう状況?」
「追いかけて捕まえたの」
「お、追いかけて捕まえた?」
つまり、走って馬に追いついて大の男六人をルージュが一人で捕まえたと。
竜人族ってそんなになの?
「ほら、あの人に謝りなさい。迷惑かけた街の人たちにも」
ルージュが六人を離した。
「バカ! こいつら危ない奴らだぞ! 離したら」
「す、すまねぇな」
「悪かったよ」
口々に謝った。
あれ?
「もっと誠心誠意頭を下げて謝るのよ!」
ルージュが尻尾で地面を叩いた。
ドスンッと響いて地面が揺れた。
「ひぃ!?」
すごい怯えてる街のゴロツキたち。
よく見たら顔や体のあちこちに青いあざができてる。
服と髪は焦げていた。
何があったんだろう。
「クソッタレ、あんま調子に乗んなよ……」
ゴロツキの一人がこっそり何かの紙をポケットから取り出した。
「何それ?」
「あ!」
でもソッコーでルージュが気づいて尻尾で奪った。
紙を覗く。
そこには、漢字の草書体のようなものがぐねぐねと書かれていた。
「これ何て書いてあるの? てゆーか字なの?」
「じ、字じゃねぇ。ただの落書きだ」
「『雷招来』って書いてあるぞ」
「何で読めるのお前!?」
「雷の護符じゃないの!」
ルージュの尻尾が男の顔を引っぱたいた。
男は、フィギュアの選手みたいに錐揉み回転してバタリと倒れた。
白目剥いてる。
「全員整列!」
ルージュの号令にゴロツキたちが横一列に並ぶ。
「もう一度謝りなさい! はいっ!」
「申し訳ございませんでしたー!」
そろって土下座した。
みんな、ただただ呆然とその光景を眺めていた。
……
翌日。
お昼に店を開けると、
「おおっ、いたいた!」
「昨日すごかったな、姉さん!」
「あいつら懲らしめてくれてありがとうね」
お客さんがドッと押し寄せてきて、ルージュに声をかけた。
「おねーちゃん!」
「昨日はありがとうございました、ルージュさん」
昨日の親子もいる。
女の子は、ヒーローでも見るようなキラキラした目をルージュへ向けていた。
「い、いいわよ、別に」
照れてるルージュ。
「すごいわね、ルージュ。みんなあなた目当てのお客さんよ」
マリーさんがポンと肩に手を置いた。
「そ、そうなの?」
「ルージュ、みんなの注文取らないと」
俺が言うと、ルージュは、
「うん!」
元気に返事をしたのだった。




