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19/21

19 エルフ

 『ラベンダー亭』。

 お昼の食堂が終わって休憩の時間。


「わざわざ皆での見送りありがとう」


 お店を出たところで、白いローブを着た短い髪の老人がお礼を言った。

 ザンプロージア皇国の民で神官、エンヤ・ロッドさんだった。


 昨日、ヒュドラを倒したルージュが、『天宿の剣』をエンヤさんに返すため店を出たところ、道中で本人に会った。

 不吉な影が視えたと占いに出た俺たちを心配して、仲間数人と訪ねて来てくれたのだ。


「こちらこそ、心配してくださってありがとうございます」


 マリーさんがお礼を言って俺たちもそれぞれに感謝を表した。

 エンヤさんは、昨日ウチに泊まり、今から帰るところだ。


「それで」


 とルージュ。


「これ、本当に貰っていいの?」


 手に持つ仄白く光っている大剣『天宿の剣』を撫でた。


「ああ。やはり剣は使われてこそだ」


 昨日、ルージュからヒュドラを倒した話を聞いて、エンヤさんは決心したのだった。


「それに、ルージュなら良い使い方をしてくれる。これまでの所有者であった、歴代の皇王がそうであったようにな」

「ありがとう。でも、やっぱりいつか返しに行くわ。だから、少しの間貸しててね」

「やはりお前さんは良い子だ」


 目尻のシワを深くして微笑んだ。


「ロッド神官、そろそろ」


 付き添いの女性が馬車へ促す。


「うむ。『ユウ、お前さんは綺麗な皇国語を話す。ザンプロージアの民になりたければいつでも来い』」

「『ハハ、考えておきます』」


 皇国語で返すと、付き添いの女性が目をパチクリさせていた。


「ではな。くれぐれもシャープ王家には剣を渡さんでくれよ」


 シャープ王家のことは、今でも好きになれないらしい。

 ここにはアンもいるが、口を閉じて無関係を装っている。

 エンヤさんが馬車に乗り、御者が馬を発進させた。


「ありがとー、エンヤおじーちゃーん。また来てねー」


 みんなで手を振って見送った。



 ……



 夜の酒場。


「ユウさん、ご馳走様っした!」


 席を立ち、元気に挨拶したのはアイビー君。

 約一ヶ月前。

 北国から出稼ぎでベーリーの街にきた少年。

 まだ十五歳だ。


「いつもありがとうな」

「自分、も、あざっす! 共通語、たくさん、溺れました!』

「『溺れましたって言ってる』」

「『あっ、しまった!?』。覚えました! 『どうですか!?』」

「完璧」


 最初は、共通語がさっぱりだったが、仕事が終わると毎日『ラベンダー亭』に来て、俺と話して共通語の勉強をし、今はこの通り。

 感慨深いものがある。


「あざーっす!」


 ただ、せっかくだし礼儀正しい喋り方をと教えていたら、なぜか野球部員みたいになってしまった。

 まぁ、礼儀正しくて怒られることはないからいいだろう。


「おう、アイビー。帰るのか?」


 今日も研修中のジオさん。


「腹一杯になったか? ん?」

「はい!」

「よしよし。飯以外でもいつでも気軽に来い。がんばれよ」

「はい! あざっした! 失礼しゃっす!」


 やっぱり野球部員みたいに元気に挨拶して帰って行った。

 ジオさんは、面倒見がいいタイプ。

 学生に慕われる食堂のおっちゃんとかになりそう。


「ユウ」


 店内からお客さんの声。

 愛嬌のある可愛い雰囲気の女性、ロア・リュートさん。


「はい。注文ですか?」

「もう一度好きって言って」

「またですか? もう何度も言ってるじゃないですか」

「お願いよ、確認したいの。ねぇ」

「わかりましたよ。んんっ……『好きです』」

「こう? 『スきデす』」

「まだ発音変です」

「も〜、エルフ語難しい〜」


 ロアさんがうなだれた。


「またやってるわ」


 ロアさんを見てルージュ。


「あれは何をやっているんですか?」


 わからないアン。


「エルフ語をユウに習ってるの。いつかエルフ語で告白したいからって」


 そういうことだった。


「エルフ語も話せるんですね、あの人は。確かにあの綺麗な響きは、世界一美しいと言われているエルフ語です」

「声だけ聞いてると、まるでエルフね」

「ええ、声だけ聞いてると、まるでエルフですね」


 言い方がすごい引っかかる。


「あ〜あ、手紙の返事まだかな〜」


 待ち遠しいロアさん。

 エルフ文字で俺が代筆した恋文。


「きっともうすぐきますよ」

「だといいなぁ」

「相手のエルフってどんな人なんですか? 確か、ユリス・ファーって名前でしたよね?」

「えっとね、仕事で何度か会ってるんだけど、とっても素敵な絵を描く画家でね」


 とそこへ、チリンチリンとドアベルが鳴ってお客さんが入ってきた。

 白金色の長い髪に整った容姿、笹穂型の耳。


「ユリス!」


 ロアさんが勢い良く椅子から腰を上げた。

 てことは、あの人がロアさんの想い人のエルフか。

 初めてエルフ見たけど、とんでもない美男子だ。


「あの方がユリス・ファーさんなんですね?」

「う、うん。人が多いところが苦手なのに、珍しい」


 興奮気味に教えてくれた。

 ふと気づけば、店内が静まり返っていた。

 男女問わず、ユリスのあまりの美貌に見惚れるを通り越して絶句していた。


 エルフは美男子という俺の知識を遥かに上回る美男子。

 煌めいているような白金髪で小顔、細く長い首、透き通るような白い肌。

 どこか儚げで、憂いを帯びた眼差し。

 ちょっと見たことがないくらいの綺麗な男性だった。

 と俺も一緒に見てる場合じゃなくて、


「いらっしゃいませ」

「この手紙を書いた者はいるか?」


 迎えたが、スルーしてユリスは、手に持っていた手紙を頭上に掲げた。

 声も綺麗だな〜……あ。

 あれってロアさんの。


「手紙に、夜の『ラベンダー亭』によく来ると書いてあったが?」

「あ、は、はい!」


 ロアさんが緊張した声で手を上げた。


「お前が?」


 眉根を寄せるユリス。

 こっちに来た。


「お前が手紙の差出人のロアか?」

「は、はい!」

「お前がこの美しいエルフ文字を書いたと?」

「あ、そ、それって代筆してもらったの」

「何?」

「で、でも、内容はちゃんと私の気持ちで」

「そんなこと聞いていない。中身などどうでもいい」


 冷たい目で酷い言葉。


「ご、ごめんなさい……」


 ロアさんは、怯えたように謝った。

 あまりにあんまりな返事にかける言葉が見当たらない。


「ならば、これを書いたのは誰だ?」

「お、俺です」

「ん?」


 ユリスが俺を見た。

 またしかめっ面になった。


「お前がこの美しいエルフ文字を?」

「そうです」

「嘘をつくな。その若さでこれだけの文字を書けるものか。書いたやつはどこだ?」

「いえ、本当に俺が」

「お客様、どうかなさいましたか?」


 マリーさんがカウンターから出てきた。


「なんでもない。口を挟むな」


 偉そうに。

 さっきから何なんだこの人は。


「お客人、もしかして冷やかしですかい?」


 ジオさんがずずいと顔を寄せて聞いた。


「俺は、この字を書いた者に会いたくてきた」

「字ですかい?」

「ああ。俺は、二百年以上生きているが、未だかつてこれほどまでに美しいエルフ文字を見たことがない。一体誰が書いたのか、その者に会いたくてここへ来た」

「ですから、俺が」

「いい加減にしろ!」


 声を荒げる。すると、


「う」


 いきなり大声を出して目まいでもきたのか、よろめいてテーブルに手をついた。


「大丈夫ですか?」


 手を伸ばす。


「いらん!」


 パンッと手を払われた。

 マジで何だよこいつ。


「も、もういい」


 ユリスがフラフラと出口へ歩き出した。

 しかし、結局扉の前で床に座り込んでしまった。

 動かない。


「大変。ユウ、手を貸して」

「はい。外に放り出しましょう」

「ユウ」


 視線で怒られた。


「冗談ですよ。客室に運ぶんですね」


 ユリスの腕を持ち肩に回す。

 今度は振り払ったりされない。


「立ちますよ」


 と断って顔を覗き込むと、


「すぅ〜」


 ユリスは、寝息を立てて眠っていた。

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