15 二号店
『ラベンダー亭』の店休日。
俺たち四人は、ジオ・ピアスが経営する飲食店、『キツツキ亭』へ向かって街を歩いていた。
盗まれたマリーさんのレシピメモ帳。
その後、ジオの店で流行りだしたスープ。
それを飲んだ常連さんに、「マイアのスープと似てた」と教えられてこっそり飲みに行ったら、常連さんの言った通り、味はマイアのスープとほぼ同じ、入っている具材に関してはまったく一緒だった。
ということで、『レシピを盗んだのはジオじゃないのか?』と当たりをつけ、今から問い質しにいくのだった。
「てゆーかさ、絶対あのジオって男が盗んだのよ」
「だよな。あの日も窃盗の容疑で連行されてたみたいだし」
「手っ取り早く衛兵を呼んだほうがいいと思うのですが」
ルージュ、俺、アンは、すでにそうだと決めつけているが、
「みんな、ダメよ」
マリーさんは、違った。
「ちゃんと話をしてから」
……
昼過ぎにジオの店に到着。
お客さんがどんどん入っていく。
外から見てもわかるくらい、店は流行っていた。
「さっそく行きましょう」
「待ってルージュ。今行くとお客さんの迷惑になるわ」
ということで、お客さんがはけ、準備中の札がかけられたところでマリーさんがコンコンと扉をノックした。
「はいよ」
綺麗に髪を剃り上げた背の高い男が出てきた。
「悪いが今は準備ちゅ……」
俺たちを見て言葉を詰まらせた。
その反応がもう怪しい。
「あなたたちレシピ盗んだでしょ!」
ルージュがズバリ聞いた。
「……はあ? いきなり何の話だ? そもそもお前ら誰だよ?」
「とぼけないで! 私たちは気づいて」
「ルージュ、落ち着いて」
マリーさんが宥める。
「初めまして。私は、『ラベンダー亭』の店主、マリー・マーシャルといいます。ジオ・ピアスさんとお話しできるかしら?」
「店長は今いねぇよ」
「いつ戻るの?」
「さぁな。おら、仕事の邪魔だ。帰れ」
扉を閉めようとした。
それをルージュが止めた。
「何しやがる! どけ!」
大男が両手で扉を押す。
ルージュが片手で扉を押し返す。
「マジかよ〜っ、この馬鹿力〜っ!」
「待たせてもらうわ」
あっさり扉を全開にして中へ入り、俺たちもつづいた。
『ラベンダー亭』よりも広い店内。
強面の男たち二十人くらいと女が数人いて、こっちを睨んできた。
みんなここの従業員だろう。
スタンプさんが、彼らは街のゴロツキだと言っていた。
その先入観があるので、全員悪人に見えてしまう。
「何だテメェら!」
今にも突っかかってきそうな雰囲気だが、
「おい、アン王女だ」
何人かが気づいた。
「大人しくしていてください。私たちは話を聞きにきました」
高貴な人特有の威圧感とでもいうのか。
ゴロツキたちがたじろいだ。
やっぱりウチの女子たちはすごい。
「扉を開けてくれたあなた、いいかしら?」
もちろんマリーさんも。
強面に囲まれた状況で、自分よりも背の高い大男と相対して堂々としてる。
「チッ。マッサ・ボウルだ。何だ?」
仕方がないといった表情で腕を組み、話を聞く体勢を作った。
「マッサさん。二週間前に、ウチの店から料理のレシピが書かれたメモがなくなったの」
「それが?」
「近頃この『キツツキ亭』で、私の作るスープと似た味のスープが出されるようになったわ」
「テメェ、俺らがレシピを盗んだって言いてぇのか!」
周りを囲む連中がいきり立つ。
ルージュが尻尾でダンッと床を叩いた。
床板から衝撃がビリビリ伝わってきた。
「り、竜人族……っ」
それだけで二十人以上のゴロツキを黙らせた。
「疑いたくないわ。でも、タイミングもタイミングだし、疑わざるを得ないほど味も似ているの。間違っていたら謝ります。ですから、無茶を言って悪いけれど、あなたたちの作るスープのレシピを見せてください」
レシピが同じなら、犯人はジオ・ピアスで決まりだ。
「ふんっ、いいぜ」
意外にもあっさり承諾した。
マッサは、厨房へ行くと、紙を一枚持って戻りマリーさんに渡した。
マリーさんが目を通し、
「これって……」
俺を見た。
何だろうと紙を覗くと、そこに書かれていたのは記号みたいな絵の文字。
山賊の使う秘密文字だった。
それが文を構成していた。
「マッサさん、あなたのこの字」
「おやおやお客人方、キョトンとした顔でどうしなすった?」
マッサがニヤニヤと笑う。
「俺は、前までちょいと変わった仕事をやっていてね。何の仕事かって? ヘッヘッヘッ、そいつは秘密だ。これはそこで使っていた特殊な文字で書いてあるのさ。なにせ大切なレシピだからな、もしものときを考えて簡単には読めねぇようにしてるってわけだ。おっと、読んじゃあやらねぇよ? だがその代わり、た〜っぷりと見ていいぜ。た〜っぷり見たらさっさと帰れよ、ガハハハハッ」
「ユウ」
「はい。水五リットル、チキン二羽、玉ねぎ五個」
「読んでるーーーーーっ!?」
……
「――で、そこから弱火で二時間以上煮込んで完成です」
読み終え顔を上げる。
「まったく同じレシピね」
マリーさんと頷き合って、マッサをジロリと見た。
「くそっ、テメェも山賊だったか」
ちゃうわ。
「やっぱりお前らがレシピを盗んでたんじゃねぇか!」
「盗んでねぇ! それは、お前、あれだ、その〜……な、何年も前に俺が考え出したレシピなんだよ! むしろ同じだってんなら最近売りだしたお前らこそ俺のレシピパクったんだろう!」
「はあ!? 何言いだしてんだ! ふざけんな!」
「ふざけてんのはテメェらだ!」
と押し問答がはじまったところへ、
「何の騒ぎだ?」
短い黒髪に目尻の傷痕、ジオ・ピアスが店に入ってきた。
鋭い目を俺たちへ向けてくる。
「来たわねレシピ泥棒!」
「レシピ泥棒?」
ルージュの指摘にジオが眉をひそめた。
「何の話を……ん? あんた『ラベンダー亭』の」
ジオがマリーさんに気づいた。
「ジオさん」
マリーさんがここに来た経緯を説明する。
「それで、私たちはあなたが関係してるんじゃないかとここへ話を聞きに来たの」
「悪いが、俺はあんたらと会った日から今日まで、衛兵の駐屯舎に勾留されてたんだよ。身に覚えのない窃盗の罪でな」
「そうだったの? だったら、このレシピも関係ないの?」
マリーさんがジオにレシピの書かれたメモを渡した。
「これは?」
「マイアのスープのレシピよ。彼らが持っていたの」
「あのスープのレシピを? こいつらが? たしかに山賊が使う秘密文字だが」
ジオの表情が険しくなっていく。
「マッサ、一体どういうことだ? なぜマイアのスープのレシピを持ってる?」
「ち、違うんです、ジオさん。そいつは、俺が数年前に考え出したレシピで、むしろこいつらが俺のレシピをどこかで知ってパクったんですよ」
まだ言うのかこいつ。
と言い返そうとしたとき、
「大馬鹿野郎がぁぁぁっ!」
ジオの怒声が空気を震わせた。
あまりの迫力にみんなが体を縮こまらせた。
「んなわけねぇだろうが! マイアのスープは何十年も前からあるんだよ! マリーさんの母親マイアさんが考えたスープなんだよ!」
「え」
マリーさんが目を丸くした。
「あなた、お母さんを知ってるの?」
……
マッサたちがようやく口を割った。
副店主のマッサが部下に命令してレシピを盗ませたのだった。
理由は、『キツツキ亭』が流行っておらず、街で評判のマイアのスープを作ればお客を呼べると思ったからだそうだ。
「すまねぇ、ジオさん! すまねぇ、『ラベンダー亭』の客人方!」
マッサと従業員たちが、テーブル席に座る俺たちへ一斉に頭を下げた。
「俺たちなんとか店を流行らせたくて」
「馬鹿野郎。言い訳なんざするんじゃねぇよ、みっともねぇ」
ジオがフーっと息を吐く。
「カタギに戻って、『ラベンダー亭』みてぇな立派な店にしようって時に、ったくよぉ」
「そうなの?」
自分の店の名前を出されてマリーさんが驚く。
「へい。ちょいと長くなるが、聞いてくだせぇ。あんたに聞いて欲しいんだ」
ジオが話しだした。
「ガキの頃、俺ん家は貧乏で、一日の飯がパン一個なんてこともざらだった」
俺はいつも腹ペコでね。
その日も空きっ腹を抱えてふらふら街を歩いていたんだが、あまりの空腹に倒れちまった。
それを助けてくれたのがマイアさんだった。
マイアさんは、俺を見つけると店に連れて帰り、俺の前にずらりとご馳走を並べてくれた。
金がないって言ったら、「そんなもの、お腹空かせた子供からとったりしないよ」とカラカラ笑ってたよ。
それ以来、マイアさんは俺を見つけると店へ誘い、いつもタダでたらふく飯を食わせてくれたんだ。
マイアさんが亡くなると、俺の生活は元に戻り、生きるためにヤクザになって、忙しい日々に彼女のことも忘れていった。
だが数ヶ月前、マリーさんの店の評判が耳に入ってきたんだ。
恩知らずにも、ようやく昔のことを思い出して、今更ながら、「俺は一体何をやってんだ。こんな生き方マイアさんに顔向けできねぇ」。
そう思い、ヤクザから足を洗ってこの店を始めたんだ。
同じく、人生をやり直してぇと言っていた、街のゴロツキどもを誘ってな。
「マリーさん、俺が生きてるのはあんたの母親、マイアさんのおかげだ。ありがとう」
まっすぐにマリーさんを見つめる。
「前飲んだマイアのスープ、最高だったよ。もっとも当時は、娘の名前、マリーのスープって名前だったけどな」
「そうね、そうだったわね」
二人で懐かしんだ。
「マリーさん」
ジオが居住まいを正した。
「こいつらは、店の経営が下手くそな俺を心配して盗みを働いた。これは、俺が不甲斐ないから起こったことだ。こいつらは悪くねぇ。俺の責任だ。俺が牢獄へ行くから、こいつらは勘弁してやってくれ。頼む」
ガバッと、テーブルに額がくっつきそうなほど頭を下げた。
「ジオさんっ、そいつは違う!」
周りが止めた。
「ジオさんは関係ねぇ! 盗んだのは俺たちだ! 俺たちを衛兵に突き出してくれ! もちろんスープも売るのをやめるから!」
全員でマリーさんに頭を下げた。
お互いをかばい合うジオたち。
マリーさんは、そんな彼らを見つめ、
「頭を上げてください。衛兵を呼んだりしません」
「しかしそれじゃ」
ジオが口を挟むが、
「スープもこのまま売っていいわ」
「スープも!?」
ジオたちも俺たちも全員が驚いた。
「いいんですか、マリーさん?」
俺が聞くと、
「ええ。人生をやり直そうとしている人の助けになるんだもの。いいことじゃない」
明るくカラリと笑った。
「あんた、やっぱりマイアさんの娘さんだ。また俺を助けてくれるのかい」
ジオの目に涙が滲んだ。
「でも、スープの名前は『ジオ』じゃなくて、『マイア』で売ってね」
パチリとウィンク。
「ハハハ、もちろんだ。ジオのスープなんて不味そうな名前じゃ飲む気しねぇよ」
「自分で言っちゃおしまいですよ」
マッサが言うと、みんなが口を開けて笑った。
「お前さん、ユウだったか? この山賊の文字、お前さんが読んだんだって?」
「そうです」
「ユウも、マリーさんに人生を救ってもらったんだな」
ジオと元ゴロツキたちから同志を見る眼差し。
多分、元山賊だと思われてる。
「マリーさん。俺たちもこれからお世話になっていいんですね?」
「もちろんよ」
快く頷いた。
「ありがとうございやす。『ラベンダー亭』の看板いただきやす。二号店として、再出発させてもらいやす」
「二号店?」
「マリーさん。いや、マリー店長。これから末永く、どうぞよろしくおねげぇいたしやす!」
「「「「「「「おねげぇいたしやす!」」」」」」」
「え? え?」
『ラベンダー亭二号店』ができた。
元ゴロツキの従業員がたくさんできた。




