13 群れ
夜。
酒場を閉めて、俺とルージュとアンは、店内の清掃中。
マリーさんは、まかない料理を作っていて、リーンは、カウンターテーブルで踊っていた。
まだ楽しい気分が抜けていないのだ。
「元気ね〜」
「底なしの体力だわ」
お疲れのルージュとアンがリーンを見て呆れてる。
「痛っ」
とマリーさんの声。
「やっちゃった〜」
指先に血が滲んでいた。
ナイフで切ってしまったようだ。
「大丈夫ですか?」
「ーー?」
「リーンも心配してます」
「ーー」
「治してあげるって……え? 治す?」
リーンがマリーさんの手のひらに乗った。
プルプルと翅を震わせると光の粉が翅から落ちた。
光の粉が振りかけられた切り傷は、たちまちのうちに塞がった。
「すげ! ええ!? 何これ!?」
「妖精の鱗粉です」
とアン。
「妖精の鱗粉は、怪我を立ち所に治してくれる治癒の効能があるんです」
「へ〜、すごいなリーン」
「ー!」
ふんすと鼻息を吐いてる。
「ありがとう、リーン」
マリーさんが治してもらった指先でリーンの頭を撫でた。
リーンがマリーさんの指先をギュッと抱きしめた。
「はうっ」
キュンときた。
「でも、これだけ可愛いと心配ね」
ルージュが不安を口にする。
「心配って?」
「誘拐されないかってことよ」
「ああ」
確かに。
「私も気になってました。そもそも妖精は、ペットとして高値がつきます」
やっぱりそういう需要が生まれるか。
「普段妖精は、危険な魔物が生息する森の奥深くに住んでいますが、ハンターにしてみれば、街中にいるリーンは簡単に捕まえられる格好の獲物です。気をつけなければ」
「しかも、リーンは有名になっちゃってるから尚更ね」
……
風呂から上がって部屋に戻ると、リーンは、窓辺から夜空を眺めていた。
「綺麗だな」
満天の星空だ。
リーンがコクコク頷く。
「星好きなのか?」
「ーー、ーーー」
「そっか、仲間が飛んでるみたい、か……」
リーンの淡く光る体。
背中に生えてる翅は、少しずつ再生してる。
あと一、二週間もすれば元通りになるだろう。
「リーンは、治ったら森に帰るのか? このまま、『ラベンダー亭』を手伝うとかどうだ?」
「……」
リーンにしては珍しく難しい顔で考え、
「ーー」
「みんな待ってるのか。そうだな」
寂しいけれど、帰る場所があるならそこが一番だ。
……
しかし、その一、二週間後がくる前に問題が起きた。
リーンがいなくなった。
……
夜の酒場が終わり、お客さんが帰って「さあ、片付けを」で初めてリーンがいないことに気づいた。
いつものようにお客さんに囲まれて踊っているのかと思っていたのだ。
「どこにもいない」
建物の中を探し回っても見つからず、みんな一階フロアに集まった。
「森に帰ったってことは?」
ルージュが一応その可能性を考えるが、
「いくら妖精が気まぐれっていってもねぇ」
「何も言わずに帰るなんてないと思います」
マリーさんとアンが否定した。
「そうよね。となると……」
ルージュがこっちを見た。
「攫われたのか……?」
ルージュの言っていた不安が現実になったかもしれない。
「俺、探してくる」
「私も行く」
「まだ近くにいるお客様に聞いてみます」
「知り合いにあたってみるわ」
バラけて街中を捜索することになった。
……
「リーン!」
名前を呼んで街を走り回り、隅々まで探し、人にも尋ねたが見つからない。
マリーさんたちが見つけたかもと考えて『ラベンダー亭』に戻ってきたが、鍵は閉まっていて中は真っ暗だった。
「くそっ!」
やはり攫われたんだろうか。
まさか店内でなんて。
完全に油断してた。
俺の責任だ。
ウチに泊まれと誘った俺が、一番リーンに気を配ってなきゃいけなかったのに。
目を離した俺の責任だ。
「リーン、どこにいるんだよ……」
と店の入口で頭を抱えて俯いたとき、
「……光ってる?」
地面が薄くではあるが光っていた。
土を指でなぞると光る土がくっついてきた。
「いや、違う。これリーンの鱗粉じゃないのか?」
気づいてバッと顔を上げると、鱗粉は、地面の上に長く跡を残していた。
すぐさま鱗粉を辿って駆け出した。
……
鱗粉は、一軒の建物の扉前で途切れていた。
そこは、四階建ての集合住宅だった。
一階は、店舗用に作られた広い間取り。
ノブを回すと扉が開いた。
中は、真っ暗で何も物が置かれていない。
リーンの鱗粉跡もない。
「でも、この建物のどこかにいるはずだ」
一部屋一部屋当たろう。
と考えていたそこへ、部屋の脇にある階段から一組の男女が降りてきた。
二人とも三十代半ば。
店で見た顔だ。
話したこともある。
今日もいた。
二人は、俺に気づくと鼻の頭にシワを寄せた。
「マズい」という表情。
男の手には、光る粉がついていた。
「リーンを返せ!」
「お前は部屋に行け!」
男が女を上の階へ走らせた。
「部屋にいるのか!?」
俺も階段を上がろうとしたが、男に通せんぼされた。
「どけ!」
「お、落ち着けよ、ユウ。俺たち借金があってさ、マジでヤバい状況なんだよ。わかるだろ?」
「リーンを売るつもりか!?」
「金がいるんだって。シャレになんないんだって。な?」
「知るか! 邪魔するな!」
男に体当たりして突破し、階段を駆け上がった。
女を追って行くと、最上階、四階の角部屋に入った。
鍵をかける間を与えず、すぐにドアを押し開けて中へ踏み込んだ。
一部屋だけの室内。
その奥、テーブルの上、鳥籠に入れられたリーンがいた。
「==!」
リーンが鉄の檻を掴んで俺を呼ぶ。
「リーン! すぐに助ける!」
と向かおうとしたが、それより早く女がリーンの入った鳥籠を胸に抱えた。
「ユウっ、お願い! 見逃して!」
「見逃すとかの話じゃねぇ!」
女から鳥籠を奪おうと近づくと、
「おーい! 窓から籠を投げろ!」
さっきの男の声が外から聞こえた。
言われるままに女が窓辺に行き、
「行くわよ!」
「やめろ!」
「==!」
リーンを捕らえている鳥籠を窓から放り投げた。
リーンは、まだ飛べない。
このまま落ちたらリーンはどうなる?
体が軽いから大丈夫なのか?
それとも鉄の檻に体を打ちつけて、死ぬ?
「だったら!」
俺は走りだし、
「ユウっ、ダメ! ここ四階よ!」
女の制止を振り切って窓から飛び出した。
空中で籠をキャッチ。
力任せに鉄柵を広げると、リーンがそこから脱出した。
しかし、リーンは逃げずに俺の服を掴んで翅をバタつかせた。
俺を助けようとしてるのか。
「無理だ! 危ないから離れろ! 俺は大怪我するだろうけど鱗粉ですぐに治してくれればいい!」
「ーー!」
「軽い怪我しか治せない!? そうなのか!? ヤバいヤバいヤバい!」
「ー!? ーー!」
「木!? 下!?」
下は地面だが、斜め下に二階建ての高さの木があった。
必死に手を伸ばす。
指先が枝に届いて掴むと、落下の方向が変わった。
木の枝葉に突っ込む。
バキバキバキと枝を何本もへし折り、落下スピードをかなり殺した状態で、それでも地面にドスンッと重い音を立てて落ちた。
「ぐっ!?」
腰に響く痛み。
幸いというか何というか、頭からではなく尻から落ちた。
そばでリーンがふわりと着地した。
「==っ、ーー!?」
「あ、ああ、い、痛いけど、なんとか大丈夫そうだ。木のこと教えてくれて助かったぞ」
「っ!? ー! ーー!」
「え? 腕から血?」
目を向ける。
右腕が肘から手首にかけて深く切れていた。
血がドクドク流れ出ていく。
「痛ってぇっ!」
気づいてはじめて痛みがきた。
「ー!」
リーンが懸命に鱗粉をかけてくれる。
しかし、傷が深すぎるからか、さっきリーンが言ったようにすぐには治らない。
「おい、妖精。おとなしくしてろよ」
犯人の男がまたリーンを捕まえようと近づいてきた。
「あんたいい加減にしろ!」
「うるせぇ! こっちは後がねぇんだ! まだ邪魔するってんなら、ユウも」
と男が俺とリーンへ手を伸ばしたそこへ突然、空から星が降ってきて男の顔に落ちた。
「ぎゃ! な、何だ!?」
男が夜空を見上げた。
「いてっ! いててっ!」
次々に流星が男の体を襲う。
いや、流星じゃない。
半透明の翅、手のひらサイズの光る体。
「ー!」
リーンが叫んだ。
妖精だ。
妖精の群れが男を襲っていた。
数は、数え切れない。
何千という大群だった。
「や、やめろ! た、助けてくれ!」
男は、妖精の大群に襲撃されて逃げ出さざるをえなかった。
妖精たちが、今度は俺へ鋭い目を向けてくる。
敵と認識されてるのか?
「ー!」
リーンが腕を広げて俺と妖精たちの間に立った。
「==、ーー! ーーー!」
仲間へ向けて説明すると、妖精たちが穏やかな顔になり、俺の怪我を負った右腕に群がって翅をパタパタ動かした。
大量の鱗粉が傷口にかけられる。
血が止まり、あれだけ深かった裂傷があっという間にくっつき痛みも消えた。
「すげぇ……」
とてつもない効果だ。
「ーー、ーー」
「ーー!」
「ーー」
妖精たちが、リーンを救ってくれたお礼を言ってきた。
「礼なんていいって。こっちこそ怪我を治してくれてありがとうな」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
一斉にビックリしてる。
言葉が通じると思ってなかったんだろう。
みんなが物珍しさから俺を囲む。
数が多すぎて怖い。
妖精がリーンにも鱗粉をかける。
リーンの治りかけだった翅が、完全に再生した。
リーンが嬉しそうに飛び回った。
これがリーンの本来の姿なんだよな。
良かったな。
でも、治ったとなると……。
妖精たちが次々と飛び立つ。
リーンが俺の顔の前に来た。
「行くのか?」
「(コクリ)」
「そうか。最後、怖い思いさせてごめんな」
「ー、ーー!」
「怖くなんてなかったって? ハハ、本当か?」
「ーー、ー」
「いいよ。助けるのなんて当然だ」
「ーーー」
「ああ、俺も楽しかったぞ」
俺のデカい手とリーンの小さな手でぺちんとタッチを交わし、ニッと笑った。
「ーーっ、ーー!」
仲間がリーンを呼ぶ。
リーンは、仲間に頷き、
「ー」
俺へ一言言ってから飛び立った。
リーンが仲間と合流する。
妖精たちは、リーンとの再会を喜ぶように街の上空を一塊になって飛び回った。
まるで夜空を流れる銀河だ。
光の群れは、己の鱗粉で空に光跡を描くと、やがて自分たちの家である森へと帰っていった。
「うん、またな」
空へ手を振る。
光の余韻がいつまでもまぶたの裏に残っていた。
……
リーンが帰ってから数日。
「よう」
レニーさんが女性と来店。
「本当に妖精がいるの?」
「マジマジ。ユウ、リーンを呼んでくれ」
「森に帰りました」
「マジで!?」
「いないの? つまんない」
女性は、帰った。
「なんだよ〜。リーンのやつ、今度はいつ来るんだ?」
どうだろう。
「きっとまた、いつか突然やってきますよ」




