12 妖精
夜の酒場の時間。
お昼の食堂だけでなく、夜の酒場にもお客さんは戻った。
というか、前より増えた。
貴族や地位のある人、羽振りのいい人が来るようになった。
お姫様であるアンが働いてる影響かもしれない。
近頃は、お客さんが店に入り切らないこともあるので、外にまでテーブルを置いて対応していた。
「アン王女、注文いいですか?」
「はい、何にしますか?」
「祭りの時歌ってた歌をもう一度」
「そ、そんなメニューないわよ!」
顔が真っ赤になった。
「ハハハッ、姫様がお怒りだぞ」
アンも、みんなとの間にあった距離が嘘のようになくなっていた。
「そこの男性店員君、お勘定を頼む」
身なりのいい紳士が呼ぶ。
「はい、ありがとうございます。サン銀貨五枚いただきます」
「すまないが、私はイシュメル帝国から来たばかりでね。今サン王国の硬貨を持ち合わせていない。それで、イシュメル帝国の硬貨で払いたいんだ」
銀貨二枚をテーブルに置いた。
「街の酒場で働く君は知らないだろうが、イシュメルで作られた硬貨は質が良い。銀貨二枚はサン王国の銀貨五枚の価値がある。いや、もっとあるかな」
「はあ」
「というわけで、これで支払いを。『ヨロシク、オネガイ、シマース』。おっと、ついイシュメル語が出てしまった、ハハハ」
すごい片言。
なんか怪しい。
銀貨を手に取り見てみると、男の横顔と文字が刻印されていた。
「『国王ポリム』か。この人の名前かな?」
「……君、イシュメル文字読めるの?」
「アン」
ちょうど通りかかったアンを呼び止めた。
「何ですか?」
「国王ポリムって知ってる?」
「ハッハッハッ。君、酒場で働くお嬢さんが異国の王の名など知るわけ」
「北イシュメルの方です。父の王宮でご挨拶したことがあります」
「……父の王宮って何?」
「北イシュメル? 北イシュメルの銀貨の価値って、サン王国のと比べてどんなもん?」
「質は良くないので価値も低いです」
「ありがと。お客さん、困ります」
「あ、ああ、すまない。最近老眼がでてきてね、イシュメルの硬貨と見間違えてしまったよ、ハハハ……」
お客さんは、お金を払うとそそくさと帰っていった。
……
仕事が終わり、飯を食って風呂に入って二階の自室に戻り、ゴロンとベッドに寝転がった。
「ふあ〜」
すぐに眠気がきた。
我ながら健康だ。
「おやすみ〜」
とロウソクの火を消して目を閉じようとした時、開けっぱなしの窓からいきなり光が飛び込んできた。
「うおっ!? ビックリした〜……何? 蛍?」
にしてはデカい。
手のひらと同じくらい。
異世界サイズか?
腹の上に落ちたそいつを手に持った。
緑色の短い髪、大きな目、人間と同形の体は淡く光っていて、背中には虫みたいな半透明の翅が生えていた。
これってまさか、
「妖精?」
「ー……ーーッ……」
音色みたいな声が小さな口から漏れた。
かなり弱々しい。
表情もぐったりしているように見える。
「おい、大丈夫か? 今なんて言ったんだ?」
耳を近づける。
「ー、ーー……」
「水? 水が飲みたいのか? それならここに水の入ったコップが……ってデカすぎるよな」
コップの水をスプーンですくって妖精の口に近づけた。
妖精は、少しビックリした顔を見せてから、水をゴクゴク飲んだ。
「喉が渇いてたんだな。まだ飲むか?」
「……」
じっと俺を見上げてる。
何だろう?
「……ーー?」
おそるおそるという感じに口を開いた。
「ああ、わかるぞ。妖精語な」
「ッ!?」
すごいビックリしてる。
言葉が通じてることに驚いてたみたいだ。
「ーーー?」
「いや、喋れない。わかるだけ。お前は?」
「ー」
「ハハハ、同じか」
共通語はわかるけど喋れない。
というか発音できないと。
妖精が俺の手の上で立ち上がった。
ちょっとは元気が戻ったか。
「お前、どうしてここに入ってきたんだ?」
「ーー、ーーー」
全身を使い、身振り手振りを交えて説明してる。
なかなかに可愛い。
「〜〜〜……」
しょんぼりの表情。
「なるほど、鳥に襲われて翅を啄まれたと。あ、ホントだ。翅がちょっと千切れてる」
飛べなくなってここに落ちてきたんだ。
「災難だったな。それ治るのか?」
「(コクリ)」
「でも、すぐにじゃないんだろ? だったら治るまでウチに泊まれ」
「ー?」
「いいぞ。ゆっくりしろ」
マリーさんにはペット禁止と言われているが、妖精はペットじゃないよな?
そもそも飼うわけじゃないし。
でもちゃんと許可を取らないと。
「ー、ーー」
「いいって、礼なんか」
「ーー」
「それがお前の名前? う〜ん……」
発音できない。
近い音は、
「リーンって呼ぶけどいい?」
「(コクコク)」
ニコニコ頷いてる。
気に入ったっぽい。
「俺は、ユウだ」
「==」
「ハハ、それでいいよ」
……
翌朝。
一階に降りてフロアへ行くと、もうみんな揃っていた。
通いのアンも料理を手伝い、テーブルに朝食を並べていた。
「おはようございます。すみません、寝坊しました」
「たまにはいいわよ」
優しいマリーさん。
「たるんでるんじゃない?」
「だらしないですよ」
厳しい同僚。
「昨日遅くまでこいつと話してたんだよ。リーン」
ひょこっとリーンが、俺の胸ポケットから姿を見せた。
「「「妖精!?」」」
三人同時に驚いた。
「なになになに!? ええ!?」
「本物!? うそ!?」
ルージュとアンがこっちにきた。
ほぼゼロ距離からリーンを見つめる。
異世界人にとっても妖精は珍しいみたいだ。
リーンは戸惑いつつも、俺が教えたように頭をペッコリ下げておはようの挨拶をした。
「「か、可愛い〜〜〜っ!」」
萌えてる。
「うっ」
マリーさんもキュンときてる。
よし、これならイケる。
「マリーさん、こいつ怪我して飛べないんですよ。治るまでウチにおいてやっていいですか?」
「妖精を? う〜ん……妖精ってイタズラ好きって聞くのよねぇ」
「しないですしないです。な?」
「ーーー」
「ほら、『ここではしない』って」
「妖精と喋った!?」
アンが驚愕。
「よ、妖精と話せる人なんて聞いたことがないわ! ユウ先生は妖精の言葉がわかるんですか!?」
「うん。そんなことより」
「そんなことより!?」
「マリーさん、こいつおいてやってください。こいつ、リーンって俺は呼んでるんですけど、リーンといるとすっごく癒されますよ? リーン」
「(コクリ)」
リーンは、翅をパタつかせてテーブルにふわりと降り立つと、チョコチョコとダンスを披露した。
「「可愛いーーーっ!」」
ルージュとアンがズキュンときた。
「はうっ」
マリーさんにも効いた。
「そ、そうね。言葉が通じるならイタズラも大丈夫でしょう。ウチにいていいわよ」
よっしゃ。
リーンへ手のひらを向ける。
リーンも小さな手を開き、ぺちんとタッチ。
顔を見合わせてニッと笑った。
……
お昼の営業中。
今日もレニーさんがナンパした女性を連れて来店。
スラリと背が高いモデル風美女。
「すごい美人ですね」
こっそり感想。
「だろ?」
ニマ〜っとだらしない顔のレニーさん。
「どうかした?」
女性は、セクシーなハスキーボイス。
「いや何も。それより、こいつが君の母国語話せるよ」
「本当かしら? 『君、私の言葉わかる?』」
「『はい。こんにちは、いらっしゃいませ』」
「『うおっ、マジで俺の故郷の言葉じゃねぇか! あ、ヤベ』」
「……」
俺?
「コホン。すごいわね、レニー。どうして私がワール出身ってわかったの?」
「そいつは、俺たちの出会いが運命だからさ」
「まあ。だったら、心も体も委ねるしかなさそうね、フフフ」
「心も体も……そ、それがいいぜ、うんマジでいいぜ」
「あの、レニーさん。この人多分おと痛たたたたっ!?」
女性(?)に太ももをつねられた。
肉が千切れるかと思うくらい力が強かった。
と、やってるそこへ、
「==」
二階へ通じる階段のほうから俺を呼ぶ声。
リーンだった。
淡く光る体を跳ねさせてこっちへくる。
リーンは、怪我で空中を飛べないが、短い距離なら翅をパタつかせてジャンプできるのだ。
そのままピョーンピョーンポスっと俺の肩に乗った。
「どうした? 部屋で休んでないと治らないぞ」
「〜」
「暇って。怪我してるんだからしょうが」
「「妖精!?」」
女性とレニーさんがビックリ。
「妖精だ」「本物なの?」と店内に驚きが広がる。
「リーン、ダメよ。今仕事中だから遊べないのよ」
マリーさんが注意。
「ーー、ーー」
「『暇だから手伝う』って言ってます」
リーンがピョーンとジャンプしてカウンター内へ。
木製のスプーンを抱きしめるように持って、またピョーンとジャンプして女性の前に着地。
スプーンを置いてニコッ。
「ー」
「『使って』だそうです」
「か、可愛い〜〜〜っ!」
目がハートになった。
「妖精ちゃん、こっちにもスプーンちょうだい!」
「私もスプーン持ってきて!」
お客さんの心を鷲掴みにした。
「せっかくだから手伝ってもらったら?」
「というより、もう引っ込めない状況かと」
ルージュとアンが推す。
みんながリーンの給仕を求めてる。
「仕方がないわね。リーン、お手伝い頼める?」
「ー!」
胸をぽすんとたたいて引き受けた。
可愛い仕草に店内にハートが乱舞した。
「こいつ、使えるぜ」
レニーさんのナンパ手段が広がった。
……
夜の酒場でもリーンはお手伝い。
お客さんは、酒が入ると歌って踊りだす。
妖精は、明るい雰囲気が大好きらしく、みんなと一緒になって踊った。
それがまた愛らしくて、さらにみんなの気を引いた。
こんな日々がつづき、リーンは、あっという間に『ラベンダー亭』の人気者になっていった。




