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風を操る女  作者: 冬戸 華
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第8話  襲撃

 同じ頃の七月。賢吾はデスクで大きなため息をついた。情報が少なすぎる。証拠がなければ、日本人であることは賢吾の直感にすぎない。


 十年前の情報はいくら検索しても浮上してこなかった。おそらく当時の上層部によって全ての記録が抹消されたのだろう。


 今回の事案も、報告書に上がってくる情報に決定的な要素は何もなかった。

完全に行き詰まっている。

が、忍耐と粘り強さが解決の糸口に繋がる事を何度も経験している賢吾は、更に報告書や資料に見落としがないか、目を通し続けた。


 元々粘り強い性格だが、さすがに今回は疲労が隠せない。時刻は午後十時を回っていた。明日は現場で張り込みの担当だ。この件を担当しているのは部下四名と賢吾を合わせ五名。デスクワークと現場の往復は、そろそろいい歳になってきた賢吾にはやや辛いものになってきていた。


「今日は一旦帰るか…。」

良く寝てまた明日考えよう。体調管理も大切な仕事だ。体がくたばっては粘り強さも何もない。賢吾は書類をまとめてデスクの引き出しに入れ、鍵をかけると帰路についた。


 家に帰ると妻が心配そうに出迎えてくれた。本当に理解のある妻だ。料理を温め直しにキッチンへ向かう後ろ姿に感謝をしながら、自宅へ帰って感じる温かさを嚙み締めた。


 料理を温め直してもらっている間、賢吾は涼の部屋へ行った。ノックをするとすぐ返事があり、まだ起きているようだ。


「涼。まだ起きていたのか。」

「父さん、今日は早かったね。」


 携帯を枕元に投げ出して、涼は嬉しそうに笑ってベッドから身を起こした。賢吾は涼の横に座ると頭をくしゃくしゃと撫でながら


「いつも悪いな。お前にあまり構ってやれなくて。」

「いいよ、父さん。だって父さんは日本を守る仕事をしているんだから。責任も大きいんだろ。かっこいいよ。」

「こんなに家庭を顧みない父親でもか?」

「でも、時間がある時はどんなに少なくても俺の事を優先してくれてる。それで充分だよ。それに、俺は将来父さんみたいなかっこいい日本を守る警察になりたいんだ。」

「そうかー。正直きついぞー。勉強も頑張らないと入庁もできないしな。」

「う…。夏休みに入ったら頑張るよ。今はサッカーもやりたいし。」

「そうか、部活はどうだ?順調か?また、小学校の頃のように試合で優勝でも狙ってるのか?」

「頑張ってる。けど、中学に入ると強豪校も多くなるんだよなあ…。」


 涼の言葉に、賢吾は部屋に飾られたトロフィーの数々を眺めた。

涼も自分に似て粘り強い一面があるな、と思いながらその横の写真の数々も眺め始めた。


 幼少期から現在に至るまで、賢吾が撮ってきた家族の思い出の写真であり、涼の成長記録だ。賢吾は目を細めながら一つ一つ見ていった。所々、涼と友達が一緒に映った写真も飾られていた。涼は昔から友達が多く、その思い出の写真もいくつかある。幼馴染の凪と遊ぶ写真もあった。

確か、時々涼が遊びに行っていたはずだ。凪も大きくなった事だろう。


 色んな写真を眺めながら、賢吾はふと一枚の写真に目が留まった。それは涼と共に映る凪とその母親の写真だった。そこに映る母親の顔を見て賢吾は戦慄した。


(これは…。この目は…。まさか…。)


切れ長の大きな長い睫毛の美しい女性。間違いない、この目だ。

十年前経っても変わりのない、あの時の目だ。


 翌日、張り込みの交代の前に、職場の自分のデスクに寄った賢吾は、涼から借りてきた写真と、風の女の画像の目と比べ合わせた。

 (間違いない…。)


 賢吾は動揺していた。涼が凪とは幼馴染で、凪に恋心を抱いているのも知っていた。

妻は凪の母親とも面識がある。賢吾は仕事で忙しくあまり関りがなかったが、家族同士で仲の良い付き合いのある家庭だ。

風の女が凪の母親であったとしたら…。どうしたものか。

風の女は、意図こそ分からなかったが、十年前に間違いなく賢吾を窮地から救い出してくれた。命の恩人だと思って間違いない…。


涼と凪と妻と風の女の顔が賢吾の頭を駆け巡った。


 しかし、このまま放置すれば国際問題に発展しかねない。指令を拒否する権限もない。賢吾の額にうっすらと汗が滲んだ。


 胸中に澱のようなものを溜めながら、賢吾は部下にへ張り込み現場を、凪の自宅前の空いているアパートの一室に変更することを伝えた。

 現地で許可をとった後、望遠カメラや無線機のほかに狙撃銃を持ち込み、交代で杠葉家の監視が始まった。


 数日は何の動きもなく普通に暮しているようだった。朝になれば、涼が凪を迎えに行く姿も撮影された。


 張り込み開始から二週間ほど経ったろうか。夜に突然動きがあった。部屋の電気が消え、就寝したのかと思ったら、いつの間にか屋根の上に人間が二人立っていた。


 慌てて双眼鏡で確認する。それは紛れもなく杠葉凪と、その母親だった。何かを喋っているようだったが、次の瞬間賢吾は信じられない光景を見た。


 まるでミサイルでも発射したかのような物凄い速さで空に飛びあがった。一気に上昇し見えなくなりかけたため慌てて望遠カメラで撮影する。飛んでいる。間違いなく飛んでいる。どこかに向かっているようだ。しかしあまりの速さにすぐに見失ってしまった。そのまま進む方向には海があった。


 即、上層部に報告すると、即座にしかも秘密裏に、凪の母親と凪を暗殺せよとの指示が下された。

賢吾に拒む権利はなかった。


 指示内容を部下に伝えると、日中の見張り当番をそのまま待機させ、狙撃の準備にかかった。

夜、電気が点いてカーテンを閉める直前がチャンスだ。


 その日は日曜日だったが、二人はどこかに出かけているようだった。日が陰り始める頃、二人は帰宅する。

賢吾は私情を捨て、指令の遂行に集中した。


 リビングの電気が点灯される。母親と凪がカーテンを閉めるために窓辺に近寄ってきた。まず母親の頭に照準を当て、ためらいなく賢吾は引き金を引いた。母親は崩れ落ちた。かすかに悲鳴のような声が聞こえた気がした。

次は凪だ。続けて引き金を引こうとする。が、凪が窓辺から離れてしまったのか姿が見えない。


 急いで家の裏口の窓を破り室内に侵入する。中に入ると、リビングの窓際には無残にも頭から血を流して倒れ、絶命している凪の母親の姿があった。


 凪は見当たらない。どこだ…。逃したか…。 


 急ぎ部下2名と大き目のカバンに遺体を詰め込む。銃痕のある窓ガラスは取り除き、血液のしみ込んだカーペットもはがしてもう一つのカバンに詰め込んだ。そして後の二人に車を寄せさせる間、来ていたスーツを正し、正面玄関から普通を装い通りがかりの近所の人に頭を下げながら、滑るようにその場を去った。あっという間の出来事だった。


 

 一方、凪はカーテンを閉めようとした母が急に倒れて、一瞬何が起こったのか分からなかった。窓をみると、ガラスが割れて何かが貫通した後がある。家の裏口辺りから何かの音がする。

「お母さん!お母さん!」

頭から血を流して倒れている母親に寄りすがろうとしたその時。


 裏口の窓ガラスが割れる音がした。気が動転して、慌てて凪は天井に向かって風を放ち天板をめくる。めくった穴に飛び上がって板を閉め息を殺した。


 隙間から覗くと、2~3人の男が入ってきて、倒れて微動だにしない母親を確認していた。


 そのうちの一人を見て凪は驚愕した。涼のお父さんだ!凪はさらにパニックになった。何が起こったのか、母は大丈夫なのか、いや、大丈夫じゃない。自分も狙われているのか?涼のお父さんに?何で?何をしたの?いや、とにかく逃げなくては。


 屋根の上まで飛び上がった後そのまま空高く飛んだ。高く高く飛んだところで一度止まって家のある場所を見下ろした。が、高すぎて家の状況は判らない。あまりの衝撃に頭が混乱していたが、何とか状況を理解しようと頭を巡らせた。と同時に涙があふれ出てきた。


 お母さん…。お母さん…。お母さんは殺されてしまったの?涼のお父さんに殺されてしまったの?でも何でこんな事になったの?


 ふと以前母親が言っていた言葉を思い出す。飛ぶ力が人に知られると命を狙われるって。だけど、なんで…。普通に暮していただけなのに。ちょっと人と違う力があっただけなの

に…。


 凪は悲しみに任せて空を縦横無尽に飛んだ。力が尽きるまで飛ぼうとした。悲しみをどうにもできず夜の大気を切り裂き続け、暴れ飛び回っている内に、凪に復讐心が芽生えてきた。


 涼の父親だけど、必ずこの手で返り討ちにしてみせる…。

悲しみが強い決心に変わり、凪はとある所を目指して身を翻していった。



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