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風を操る女  作者: 冬戸 華
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第3話  凪と涼

 桐谷涼は14歳になると同時に中学2年に進級した。初日は心逸る気持ちが抑えられず

誰よりも早く登校してしまった。


 心が落ち着かない理由はよく解っている。進級して新しい友達が出来ることが楽しみでもなければ誕生日を迎えたからでもない。

 いや、どちらも嬉しいし、友達が増えるのは正直かなり楽しみだ。元々涼はサッカーが得意で、小学校の頃から共にサッカーをして遊ぶ友達も多かった。特に幼馴染で小学校も同じだった、親友の倉谷圭(くらたにけい)とまた同じクラスになれたのは本当にラッキーな事だ。


 しかし、涼が一番楽しみにしているのは、杠葉凪ゆずりはなぎが新入生として同じ中学に入って来ることだ。


 彼女もまた幼馴染の一人であった。いや、涼の中では今はただの幼馴染ではない。涼は自覚していた。涼は凪に淡い恋心を抱いていた。


 凪とは家が近かった為、小学校の頃はいつも一緒に登下校をしていた。一人っ子の凪は大勢で遊ぶのが苦手なのか、学校でもあまり友達を作ろうとせず、昼休みなどは一人図書館で過ごすか、後は一人どこかで過ごしているようだった。


 寂しそうな感じはなく、何となく誰とも打ち解けないように努めている様にみえる。そんな凪だが、涼だけに対しては打ち解けて話してくれる事が多く、涼は少し特別感を抱いていた。 


 涼もまた一人っ子だった為、妹がいる兄のような気分になっていた。サッカーの練習がない日は凪の家に遊びに行き、一緒に宿題をしたりネットゲームをしたり、近所でお祭りがある日などは一緒に出掛け、屋台で射撃をしては景品をゲットして喜んだ。

 

 よく、得意なピアノを披露もしてくれた。凪が好きな曲は

『楽しみを希う心』

 という曲だった。

 その旋律は、やや憂いを帯びながらもどこか躍動感があり、序盤から優しく始まる流れは、終盤に向かって徐々に、切なく美しい力強さをはらんでいき、心を奪われる響きが忘れられない曲だった。


 凪の母親はいつも優しく、凪を気にかけてくれる涼にお礼を言い、よく手作りのおやつを振舞ってくれた。それを二人で口にいっぱい頬張っては笑いあうような日々を過ごしていた。

 

そんな妹のような凪だったが、涼が六年生になる頃には凪に会う度心が浮き立つ気分を覚えるようになった。それはまだ涼が自覚できないでいた幼い淡い淡い恋心だった。


 涼が中学に入り部活が忙しくなると以前の生活スタイルから一変した事で、凪とは会う機会がなくなっていった。凪もまた、ピアノのレッスンを増やした様で、土日も忙しくしているようだった。

 凪は父親を早くに亡くしていた。母子家庭で、貿易会社を営んでいるという母親も最近は多忙なのか、たまに自宅を訪れても誰もいない事が多かった。


 思えば最後に会ったのは、小学校の卒業式の日の帰り際、凪が卒業祝いにと手作りの四つ葉のクローバーをラミネートしたしおりをプレゼントしてくれた時だった。お揃いで2つ作られたそれは、一つは涼に、一つは自分が持っていると凪は笑って言い、卒業おめでとうと渡してくれたが、涼は気恥ずかしさに素っ気なく「ありがとう」と一言だけ言って受け取って別れたのが最後だった。あれから一年が経った。

 

 新しいクラスになり朝のホームルームが始まる。先生の自己紹介に続いて生徒の自己紹介が始まった。涼の番になり、簡単な自己紹介とサッカーが好きで頑張りたいことをアピールしさっさと着席すると、後は午後からの新入生との対面式の心馳せていた。


 窓の外をボーっと眺めていると、「おい桐谷、聞いてるかー?」と、担任の沢井がにやついて注意してきた為、はっとなって前を見た。涼はとっさに

「すみません、今、脳みそがサッカーボールに変わってて…。」

と少々おかしな答えをすると、クラス中に笑いが起こった。

「お、将来はもしかしてJリーガーだな。夢はでかいほうがいいな。でも今はそのボール頭でみんなの話を聞いてやってくれないか」

沢井がそう言うと、またクラス内でくすくすと笑いが起こる。変な奴だと思われたかも。そう反省するが、今頃は大勢の親をバックに新入生が入学式を行っているんだろうな…と涼はまた思考が教室内の事から離れた。

 

 午後になり、体育館で新入生との対面式が始まった。まずは二、三年生が先に両脇へ並び、真ん中の通路を新入生が二人ずつ並んで通り、前方に全員でクラスごとに整列する段取りだ。


音楽の先生が引くピアノの曲と共に一組から順に入場してきた。涼は入場してくる顔を注意深く確認していった。凪が何組か分からない。見逃したくない。


 比較的大きな学校なので新入生は約二百人程いる。一組が過ぎ、二組が過ぎ、三組まで来た。凪の顔は忘れていない。見逃していないはず…。四組が過ぎ五組が過ぎた。残り一組。  

やはり見落としたのか。一年間も会っていないから、もしかして髪型とか変わって見過ごしたのかもしれない。最後の六組が入ってきた。やはりいない。それでもひとり一人の顔を注意深く見続ける。


そしてほぼ最後の方になり一人の少女に目がいった。凪だ。間違いなく凪だ。


 身長が伸び、髪は肩下まで長くなっている。幼かった面立ちはたった一年でやや大人びていて、相変わらず孤独を好みそうな瞳をしていた。大きく切れ長なその瞳は凛と前を見据え、長い睫毛がうっすらと瞳に影を作っていた。

 

 涼は一瞬で心を鷲掴みにされた。女の子って一年でこんなにも変わるものなのか。

女子の成長期は男子よりも早い。涼の想像よりはるかに成長した凪の姿はもはや妹ではなく、幼さを残しながらも大人の女性になる過程の階段を一歩ずつ昇り始めた雰囲気を漂わせていた。

 

 校長の挨拶、新入生の挨拶、校歌斉唱など形式ばった内容が行われているが、涼の頭には一斉入ってこない。これからはまた、学校で凪に会える、その事しか考えていなかった。


 無事一日を終えた涼は、早速凪と下校しようと靴箱のそばで待機していた。

途中、圭が来てサッカーをしながら帰ろうと誘ってきたが断った。圭は不満そうだったが、明日は一緒に帰ろうと、明るく手を振って去っていった。


 涼はずっと待った。下校の為玄関に沢山いた生徒の数も徐々に減り始めた。念のため六組の靴箱を確認する。凪の靴はまだ残っていた。上履きがないということは、まだ教室にいるのだろう。


 思いきって教室に行ってみようかと思ったが、さすがにそれは恥ずかしくて出来ない。何より周りに何を言われるかと思うと余計にできない。待っていれば必ずここに来るから、そうしたら偶然を装って声をかけよう。涼は胸を高鳴らせながらひたすら待った。

 

 しかし凪は来ない。下校する生徒もまばらになり、とうとう誰も来なくなった。一度外に出て辺りを見渡す。玄関とそれに続く広いグラウンドを探してみるが、まばらに人はいても凪らしき姿はない。


 と、春風が雪のようなたくさんの桜の花びらを伴って強く吹いた。

綺麗だ…と思いながら、一瞬涼は目をつむった。


 そしてもう一度玄関の中に視線を戻す。どうしたんだろう、初日なのに職員室にでも用事があるのかな。


 涼はもう一度靴箱を確認して愕然とした。どういう事だ?


 凪の靴箱には上履きが揃えられており、すでに外靴はなかった。いつのまに…。沢山生徒は下校していったが、涼は六組の靴箱の前にいた。凪を見落とすはずがない。顔も覚えたから間違うはずがない。


うろたえた涼は落胆と混乱と、そして凪が消えたかの様な何とも言えない不思議な感覚に襲われた。


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