第1話 プロローグ
「お母さん、今日も空を飛びたい!」
凪は母と暗い海の上を疾走するように飛んでいた。もう何回目か分からないが、幼い頃からこうして凪がせがむと、夜に母は一緒に飛んでくれた。
笑いあいもつれ合いながら夜空を竜巻のように急上昇し続ける。そして顔を見合わせて微笑みあった次の瞬間、同時に体を翻して一気に下降する。
突撃するかのように海面まで近づき、暗く穏やかな波が目前に迫ったところで、しなやかに体を反転させ再度急上昇する。
その速さは音速を軽く超えてしまう程だ。反転した二人の放った風の衝撃で静かな海面が大きくうねり、激しい波しぶきが空高く広く舞い上がる。
笑みを少し緩めて母は言った。
「この力は本当は使ったらいけないのよ。飛びたい衝動に駆られても。この力が誰かに知られた時、あなたは命を狙われてしまうかもしれない。そして、周りにいる大切な人も狙われてしまうかもしれない…」
「どうして?」
存分に力を発揮して、空を飛びまわり風を切り裂く楽しさを全身で感じながら、凪は不思議そうに聞いた。
「人が持ってはいけない力だからよ。この世界の誰もが持っていない力だから。大きな風を起こせば海が荒れるのと同じ。」
母は少し悲しそうな笑顔を浮かべながら、まだ幼い凪に何度も諭した。
「わかった。飛ばない。でも、どうしても飛びたくなったらどうしたらいい?」
「その時はお母さんと飛びましょう。今日みたいに。誰にも見つからない場所でね。約束よ。」
凪は小さく頷きながら、その言葉は決して忘れてはいけないものなんだろうと思った。母の言葉を胸に留め置きながら、しかし今は夢中で空を飛び回っている事に全身で快感を感じていた。
(いつまでもこうしてお母さんと飛べばいい)
凪は心のどこかでそう思っていた。
しかし、それは長くは続かない夢であることを、今の凪には知る由もなかった。