6 妙な影
檻の間や植木等掻き分けて無理矢理通っていくと園の中心にある中央エリアに到着する。ここは日本に生息する動物が展示されていた場所だ。ツキノワグマ、鹿、イタチなどあまり華やかな動物はいない。
一番大きな檻を探せばそこが熊の檻であることがわかる。壊れかけているがツキノワグマと書かれたプレートもちゃんと置かれていた。檻にはブルーシートがかけられていて中が見えないようになっている。ただし入ってくれと言わんばかりに飼育員が出入りする入り口が開いているのが見えた。
「中に入って調べろってことだよねこれ」
言いながらも遥は既に歩き始めている。普通の女子だったらきゃーこわいと言いながらいつまでもモジモジその場で立ち尽くしていたのだろうが、あいにく遥はそんなものは持ち合わせていない。どうしよう、などと他人が何かを言ってくれるまで待っている人間、そういう時間が遥は大嫌いだった。汐里もたまにそういう傾向があるが昔からの付き合いなので慣れた。
最初に遥が入り、すぐに鈴木も入ってくる。ゲームを始める前に田畑から渡された懐中電灯で檻の中を照らすと凄惨な事故があったと思わせる演出がされていた。
床と壁には熊の引っかき傷のようなものが多数あり、真っ赤な血が演出されている。ずいぶん昔に起きたのなら血は酸化して黒くなっているはずなので逆に興ざめしてしまう。
「とりあえず何か手がかりになるような物探さないと」
遥が周囲を見渡していると、突然プロジェクションマッピングのようなものが壁に映し出された。突然始まったものに遥と鈴木は静かにその映像を見つめる。
空っぽの檻の中を掃除する一人の飼育員。特に変わった様子はないが、ふと何かに気づいたように檻の中から外の方をじっと見つめた。飼育員は首をかしげている。そして掃除の続きをしようとしたがハッとして何かに気づいた。そして次の瞬間、リアルだった映像は影絵となる。
慌てた様子で部屋の隅に必死に張り付く飼育員。そこにツキノワグマが飛び込んできた。
「ぎゃあああ!」
突然音声が鳴りさすがの遥もびくりと体を震わせた。
「あああ! だ、誰かあ! た、たす、ひぎいいいあああ!」
プロの役者でも呼んだのか、悲鳴が実にリアルだ。熊は一気に距離を詰めて飼育員を切り裂くと倒れ込んでしまった飼育員に覆い被さり、そのままかじりつき始める。
生きたまま熊に食われるというあまりにもグロテスクなその光景に遥は顔を顰めた。いくら影絵といってもこれは少し演出としてはやり過ぎではないだろうか。自分たちは高校生だからいいが、小学生の子供がいる親子連れなどが見たらあまりにもショッキングだ。
ふと鈴木がブルーシートに覆われている格子の方を見る。つられて遥もそちらを見ると外の明かりに照らされる形でブルーシートがスクリーンの役割になっているかのように、何かが映っている。
それは影だ。ひどい猫背な人間の影。今この中で見た影絵と影をかけている演出なのだろうか、と思っていたが。
その影は、目にもとまらない速さでヒュンと大きく飛び跳ねると姿を消した。
「は?」
思わず二人同時に同じ声が出た。目を丸くして遥と鈴木はお互いを見つめる。
「なに? 今の」
「一瞬本物の人かと思ったけど、今の動きができるやつはオリンピックで優勝してるようなやつだよな」
遥も今の人影は本物の人だと思った。影絵とは明らかに違う灯りによって作られた本物の影に見えたからだ。いつの間にかプロジェクションマッピングは終わっていた。
「ちょっと情報整理するけど。今ここで見たのは飼育されてクマに飼育員が襲われるっていう映像じゃん。今の影ってなんで出てきたの」
関連性がまるでわからない。そういえば、と鈴木がもう一度ブルーシートの方を見た。