5 イベント開始
一組目は戸部と汐里ペア、遥は二組目、最後は恵麻たちだ。汐里は緊張した面持ちで遥を振り返り手を振った。遥も軽く手を振る。
前のペアが出発したら十分後にスタートだ。もう一度園内図を頭に入れると時間が来た。
「では二組目、どうぞ」
田畑の言葉に遥と鈴木は歩き出す。動物園の順路通りに行けば園内をぐるりと一周するはずだ。南国エリア、北極エリア、サバンナエリア、さまざまな地域に見立てたエリアに動物が展示されているというコンセプトだ。
園内には要所要所に明かりが設置してある。ただし周囲が完璧に見渡せるほどの明るさはなく、あくまでけつまずいて怪我をしない程度にうっすらと照らされるものだ。逆に言えば、注目してほしい物の傍には明かりがあるのかもしれない。
入ってすぐに不自然に掲示板がある。そこには新聞記事が貼られていて、動物園の飼育員が動物に食い殺される、と書かれていた。
「いかにもっぽい演出だけど、食い殺したのは熊か」
遥の言葉に鈴木もその記事を見た。てっきり謎の動物に殺されたのかと思ったが、熊による事故だと書かれていた。飼育員は二十年勤めたベテラン、ミスがあったとは思えない。
「謎の生き物による事件ってコンセプトなのに、熊ねえ」
鈴木のつぶやきは遥も同意だ。おそらくすでに謎解きは始まっている。この違和感も後に何かヒントになるはずだ。
園内はかなり荒れていて瓦礫なども多い。ただし人が通るところはある程度片付けられているので、そこを通れということらしい。
「熊んトコ直行するか」
「だね」
鈴木の提案に遥も頷き、中央奥の日本の動物エリアに向かう。本来は順路通りに一つ一つのエリアを見てまわるのがセオリーなのだろうが、とりあえずクリアできればいいやという二人はショートカットをして中央エリアに向かった。進んだのは道ではなく檻と檻の間を無理やり通るというものだ。広い園内は円を描くようにぐるりと回るのが順路だが、これなら一直線に行ける。
先を進んでいた鈴木が立ち止まった。
「行き止まり?」
「いや、なんだろうなって思って」
顎で先を示され、遥も覗き込む。すると、檻の一つが奇妙な形で壊れていた。フェンスのように細かい網目の檻が、内側からこじ開けたように穴が空いている。
「中身が逃げ出しました、みたいな壊れ方だな」
「その中身とやらが檻をぶち破るパワーの持ち主ってことになるけど。……演出にしては、凄いけどね」
最後の言葉は思わず声が低くなる。二人は今通ってはいけない場所を通っているはずだ。それならこれはイベントで使用されるものではない可能性が高い。
檻を見つめていると、ふいに寒気のようなものを感じてびくりと体が震えた。慌てて周囲を見渡すが暗くてよく見えない。
「どうした」
「いや、今何か」
そこまで言うとどこからかジャリ、という地面を踏みしめる音が聞こえた。それは明らかに靴の音。先に行った汐里達かと思ったが、汐里がこんな所通るはずもない。彼女の性格を考えれば順路通りに回っているはずだ。
耳をすませていた二人だがその後音が聞こえる事はなかった。
「行くか」
「うん」
深くは追求せず二人は先に進む。きっとイベント会社のスタッフだ、そう自分に言い聞かせて。
先ほど感じた寒気は一体何だったのだろうか。うまく言葉では説明できない何か。ただ一つこれかなと思う例えがあるとするなら。
殺気。