14 虚しい勝利
「恵麻のパパとつながるから、話したきゃ話せば。この状況ずーっと聞いてるから、俺が死にそうになってめちゃくちゃ焦ってるだろうから。ま、自分は安全な都内にいるから、手も足も出せないけどな、ざまあみろハゲ」
戸部の表情はむしろ穏やかとも言える。これは。……死を、覚悟している。終わらせようとしているのか。
「タブレットは電話できるし……ゲホッ、GPSついてるから、最寄り駅まで、行けるかもな。歩いて、二時間かかる、けど」
はあはあと息が上がっている。檜は首にも刺さったままだ。それでも喋り続けている。
「なんで?」
「あ、いつら……への、嫌がらせ、だよ。お前ら、の、ためじゃないから……安心しろ」
「……死ぬつもりなの」
こんな状況だとういうのに遥は戸部に話しかけていた。今の戸部が、学校で見てきた自分のよく知る戸部だからというのもある。
「俺は、自殺できないんだよ……父さんの件で、あいつら、輪をかけて……過保護になったからな。二十四時間監視されてたし……でも、自分の意思じゃない、致命傷なら、仕方……ない、よな?」
戸部は笑っていた。ずっと死にたかったかのように、願いが叶って喜んでいるかのように。
まさか、最初から死ぬためにこんな事を? そう思うと怒りと悲しみがごちゃまぜになる。同情する気はない、楽しみながら人を殺していた。こんなことになったのは坂下家の人間のせいで、汐里が死んだのは一体誰が一番悪いのだろうか。やり場のない怒りがこみあげる。
「ありがとな、瑛紫」
鈴木を名前で呼ぶと、ゴボ、と血の塊を吐いてバタリと倒れる。そしてそのまま戸部は動かなくなった。死んだふりかもしれないので念のため警戒しながらチラリと鈴木を見る。鈴木はゆっくり立ち上がると戸部に近寄って行った。信号機を持ったままなので何かあっても手出しができないはずだ。鈴木は戸部を触ったり、仰向けに寝かせて心臓の音を聞く。そして小さく呟いた。
「……死んでる」
その声は静かにあたり響いた。それは聞き届けてから恵麻に駆け寄る。恵麻は痛みで気を失っていた。鈴木はタブレット操作し電話が使えると言った。
「助けは呼ぶけど、まあ揉み消されるだろうな。今できるのは坂下を父親連中に渡さないように先に病院に連れて行くことぐらいか。彩人は……絶対あいつらが回収するだろうから」
終わった、のだろうか。何も解決などしていない気がするが、殺されるかもしれないと言う恐怖の時間が終わった。
「助けるの遅くなって悪い。結構前からいたんだけど隙を突くためにチャンスを待ってた。信号機は都築が持ってたやつを拾えたからな」
「いいよ、私もそうして欲しかったから時間稼いでたんだし。東馬は……そっか、そうだったんだね」
「死んで初めて気がついた」
もう二度と会話ができない、汐里とも東馬とも。初めて会ったが夕実、大地、何も知らなかったスタッフたち、大勢死んだ。
「あの檜は?」
「花壇の柵。土に刺さってるなら、先端尖ってるはずだから抜いてきた」
「花壇も檜だったんだ」
「檜が弱点だったのか。刺せば致命傷になるかと思って使ったけど」
鈴木は資料内容を共有していない。偶然だったとはいえ結果的に戸部に致命傷を、とどめを刺すことができた。
鈴木は遠くを見ている。その顔には化け物を倒し友人の仇をうった達成感は見られない。
「今頃彩人との思い出、思い出しちまうもんなあ……」
騙されていたとしても過ごした時間は確かに友達だった。暗にそんな事を言っているのはわかる。
終わった。終わったが、悲しみと怒りとこの後揉み消されるであろう事へのやるせなさ。やりきれない気持ちしかない。
どうすればよかったのだろう、何を間違えたのだろう。ゲームなら、ファンタジー小説ならここで記憶を持ったまま時間が戻って、最善にやり直して、最高のハッピーエンドを迎えられるのに。
そんなことできるはずもない。汐里たちは生き返らない。ここでようやく、遥は声を上げて泣いた。
返して、私の友達。誰の返事もない中、叫び続ける。
耳の奥にはまだヒエンの鳴き声が聞こえている気がした。




