4 仲間割れ
驚いたのは遥はもちろん恵麻もだ、二人の声が重なる。しかしそれさえも不快だったのか、恵麻を睨みつけた。
「テメェに騙されたって泣いてた! 信じてたのに、最初からこうするために付き合い始めたんだってな!」
「違う、そんなことしない!」
「じゃあなんでテメェは無事なんだよ! おかしいだろ! なんで夕実さん一人だけ死んだんだ! ヒエンをコントロールする器械があるんだってな、それテメェ持ってたんだろ!」
戸部が生きていて、スタッフの話を盗み聞きしたのだろう。大方同じ情報は知ったようだ。戸部に会ったというが戸部の姿はどこにもない。
「今戸部は?」
「言うわけねえだろ!」
遥の問いかけにも東馬は怒鳴り散らしてる。これ以上の話は、今は無理だ。諦めるしかなさそうだ。
「そっか。じゃあさっさとどっかに行って。あんたと一緒にいる気はない」
「なんでテメェが指図……」
「どんな事情があってもそれが人を殺していい理由にはならない。殺人者と、犯罪者と一緒にいる気は無い」
殺人、犯罪者。その単語に東馬はわずかに怯んだように言葉を止めた。
「人殺し」
遥はそう冷たく言い放つともう一度大地の傍に近寄り心音などを確認してから少しだけ体勢を整えてあげた。ここでもやはりかけてあげられる布などがないのでそのままにするしかない。
すっかり黙り込んでしまった東馬は無言でその様子を見ていたようだが荒々しい足音とともにその場から去っていくのが聞こえた。振り返ることもしなかったが、ポツリとつぶやくように鈴木が言った。
「俺は一応追いかける。あんなのでもほっとくわけにはいかないし、彩人の行方も知りたい」
「わかった。殺されないように気をつけて」
引き止めはしない。たとえ親の事情があっていやいや付き合っていたとしても幼なじみには違いないのだ。鈴木なりに心配しているのかもしれない。それに鈴木なら東馬ほど怒りに我を忘れて襲い掛かってくるようなことはしないと思った。後で情報共有ができれば良いのだが。
――信号機、渡せば良かったのかな。
今からでも追いかけようかと迷ったが、悩んだ末やめた。結局自分も自分の命が一番大事なのだなというのがよくわかる。極限状態になると綺麗事や上辺のことが全て剥がれ本当の自分が見えてきてしまう。
目の前で震えながら呆然としてしまっている恵麻の頭を軽く叩いた。
「しっかりしてよ」
「あ、え」
「深呼吸して。落ち着いたら何があったのか教えて」
言われた通り恵麻は大きく深呼吸をすると目を伏せたまま語り始めた。
遥と別れた後大地と一緒にスタッフルームで何か他に手がかりがないか探していたと言う。幸いここに残されていたパソコンはネットワークにつながっており、ロックやパスワードがかけられているもの以外は閲覧ができた。その中でヒエンの簡単な研究結果とトラブル時の対応マニュアルを見つけた。
「書かれてたのは信号機を使っておとなしくさせることと、檜を使うこと」
「ヒノキ? 木の?」
「そう。理由は書いてないけど檜が嫌いみたい。ドアの前に檜を置いておけばそこに近づくことができないから、部屋に閉じ込めておくことができるんだって」
信号機のほかにそんな特徴があったとは。そういえばと思い出す。動物園内にあったベンチ等は全て木製だった。雨ざらしになってボロボロになっていたが。劣化することなどわかりきっているのに何故通常のアルミ製にしなかったのかと疑問に思っていたが、もしかしたらヒエンが逃げてしまった時に何らかの対処に使うためなのだとしたら。あのベンチは檜でできている可能性が高い。
「他に信号機がないかとか、他のスタッフがいそうなところがないかとかいろいろ大地さんが調べてたんだけど。東馬が、いきなりきて。すごい怒ってて。よくも騙したなって」
恵麻が何かを言おうとしても全く聞く耳を持たず、一方的にまくしたて、喚いていたという。
「俺がお前のこと好きなのも利用してたんだろう、って」
「一応聞くけど、知ってたの」
「なんとなくそんな気がしてた。でもその気持ちにつけ込んで利用したことなんてない。むしろうまくかわしてきたつもりだったんだけど。言い争いになったのを大地さんが止めようとして、それで……」
「可愛さあまって憎さ百倍って感じかな。何もかも怒りの材料になっちゃったんだね。普段は穏やかだけど切れたら手がつかないみたいなこと鈴木が言ってたし。戸部もスタッフに何か言われて……」
そこで言葉が途切れる。考え込んだ様子の遥に恵麻が怪訝そうな顔をした。
「何?」
「いくら東馬が切れやすくても、戸部がスタッフから痛め付けられて恵麻のことを何か吹き込まれたとしても。こんなことにはならないでしょ」
息絶えている大地を見ながら遥はわずかに慌てた様子だ。




