3 激昂
急いでチケット売り場のスタッフルームまで戻った。大地に教えてもらった地下に急いで行くと、奥から言い争うような声が聞こえてくる。……嫌な予感がした。そして。
男の悲鳴と、別の男の怒鳴り声。恵麻の慌てた声がする。駆け寄って扉を思い切り開ければ、まずは驚いたらしい恵麻の悲鳴が聞こえた。そして目の前に広がっているのは、床に倒れている大地と、こちらに背を向けて立っている東馬。大地は首から大量に血が溢れていて、東馬の手には刃物が握られていた。
「は?」
理解できない光景に遥は間の抜けた声をあげてしまう。恵麻は尻餅をついて怯えているようだ。東馬は遥の声に反応し勢いよく振り返ると、いきなり刃物を振りかざして襲いかかってくる。
咄嗟にできたのは避ける事でも悲鳴をあげることでもない。東馬の頭に蹴りを入れる事だった。皆には話したことはないが、祖父から護身術を身につけなさいと言われて高二まで空手をやっていた。
東馬は蹴られた勢いで体勢を崩して刃物を落とした。そのまま床に転がって痛さのあまりうずくまっている。遥は大地に、鈴木は東馬に駆け寄った。
大地はぐったりして意識がない。息は、もうしていない。首は切られたというより刺されたようだ、傷が深いのか血は止まらない。どう見ても致命傷だ。応急処置をしても助からないのは一目瞭然だった。
恵麻に怪我はないようだが震えている。遥を見ても状況説明をしてこない、パニックなのだろう。
鈴木の方を見れば、ようやく起きた東馬が目を血走らせて睨みつけている。睨んでいる相手は遥ではない。恵麻だ。その様子に恵麻はただ震えるだけだ。
「そいつ庇うってことはお前らもか、お前らも俺を騙してたのか!」
わけのわからない事を叫ぶ東馬はかなりの興奮状態だ、こちらの言葉など聞く様子はない。
「殺してやる、テメェだけは絶対! ふざけるなよ!」
今にも飛びかかってきそうな雰囲気の東馬に遥は近寄る。来るんじゃねえと叫ぶ東馬を無視して、胸ぐらを掴むと壁に叩きつけた。
「これ以上ギャアギャア騒ぐなら、ヒエンがいる外に放り出すから。ちょっと静かにしてよ、気が立ってるのは私も一緒なんだから」
低い声で東馬を睨みつけながら言うと、少し怯んだようだが負けじと睨んでくる。抵抗や攻撃をしてこないのは頭に受けたダメージがあるのか、或いは遥の実力を警戒しているのか。
「汐里が死んだの」
遥の言葉に東馬が目を見開いた。そして恵麻を見て再び罵倒する。
「恵麻だろ、そいつがやったんだろ! やっぱり!」
「左腕千切れて吹っ飛んでたし、内臓ぶちまけて酷い状態だった。恵麻のどこにそんな馬鹿力があって、私と一緒にいたのにどうやって日本エリアにいた汐里殺せたのか説明してよ。瞬間移動でもできんの?」
淡々と説明する遥は東馬とは別の意味で怒り心頭だ。喚き散らすタイプではないので静かなのが逆に迫力ある。
「今、死ぬ殺すの単語聞きたくないんだよね。私の前で殺すって言ったら外に蹴り出すけどいい?」
遥の迫力に一瞬息を詰まらせたようだがすぐに遥に向かって興奮した様子で叫んだ。
「仲間がいるんだよ、そいつは何も知らないって言ったけど最初から全部知ってて巻き込むつもりだったんだ。今回の事じゃない、仲良くなったのだって最初からそいつの作戦だった!」
「そう思った根拠は。私も恵麻とずっと一緒にいたけど学校でも別に変なとことかなかったし。駆けつけてみたらあんたが人殺しをしてる場面で、客観的に見れば今頭がおかしいのはあんたの方だよ」
なるべく言葉を選ぶ。ここで何を言っているんだとかそんなはずはない、など東馬の考えを一方的に否定したり理解できないと言う言葉を投げつければ彼はもう本当に耳を傾けなくなる。冷静になってもらえるかどうかはわからないが、理由を説明するように誘導してやれば何か言ってくるはずだ。
「東馬ってここに来るまで一人でいたんでしょ、誰かに会ってそう言われたんじゃないの。その人がスタッフだったら、東馬を利用しようとしてそう言った可能性だってあるじゃん」
「ねえよ! そこまで馬鹿じゃない! てめえ俺のこと馬鹿にしてんのか!」
一度怒ると手が付けられないと言うような事は鈴木が言っていたが、ここまで手に負えないと思わなかった。学校では怒っている姿を一度も見たことがない、マイペースというか天然キャラのような印象だったので意外だ。
「じゃあ何でそう思った。そう思うだけのことがあったんだろ」
長年の付き合いである鈴木の言葉に少し冷静になったのか、東馬は吐き捨てるように言った。
「彩人に会った。生きてたんだ、ボロボロに怪我してた。いきなり檻の前で誘拐されて、スタッフみたいな奴らに捕まってたって」
「え!?」




