2 戸部は生きている?
七分というよりほぼ長袖だ。手首だけ見えているような、ほんの少しのサイズ違いのような。少し小柄なのか? 戸部の体格が急に変わるはずがない。袖をじっと見ていて、あるものが見えてはっとした。
中指の爪がない。暗くて分かりにくいが確かに指の先端が赤黒くなっている。爪、たしか爪が落ちていた。ポケットにしまった、カバの檻で見つけた人の爪。
この爪はこの遺体のもの? それだとおかしな話だ。戸部が消えたのはサバンナエリアにある檻に入る前、見つかったのは日本エリア。檻の外で捕まって、わざわざ檻に入り中で殺してまた外に運んで日本エリアに置いたことになる。
知能が高いヒエンが、そんな二度手間をするだろうか。檻の外で戸部を捕まえたならそこで殺す筈だ。悲鳴や抵抗する事を考えると生きたまま日本エリアに運んだとは思えない。
それならこの爪が取れたのは、この遺体の人物が自分たちがくるよりもっと前にカバの檻で怪我をしたことになる。
――戸部じゃない? じゃあ誰? いや、誰かはどうでもいい。なんでこんな事になってる?
戸部は生きているのか。何故こんな小細工のような事をする必要がある。
「もういいか」
鈴木から声をかけられて慌てて振り返る。遥が口を両手で押さえているのを見てため息をついた。
「ヤなら見なきゃいいのに。なんかわかったか」
小さく首を振った。鈴木はそっか、と言って歩き出す。遥もその後を追った。
今の事を鈴木に話した方がいいか、迷ったのだ。もし本当にあの遺体が戸部でないのなら今すぐにでも言うべきだ。しかし、戸部と鈴木はそこそこ仲が良かった。東馬と鈴木の関係を聞いた今ならわかるが、おそらく鈴木が本当に仲良かったのは戸部の方だろう。汐里を失った今、もしも汐里の事を何か言われたら遥は間違いなく取り乱す。そう考えると、今鈴木に戸部の事を言うのをためらった。
――だって、あの遺体が戸部じゃないなら。もしかしたら、スタッフ側って事も考えられる。
死を偽装したのが戸部自身かどうかはわからないが、この状況ではどう考えても不自然だ。そんなことをするのなら戸部に何かがあると考えるのが自然だ。それに恵麻と恋人関係にあったのも、実はもともと親戚で仲が良かったと思えば不思議ではない。
そこまで考えて、自分に嫌気がさす。
――何で友達を疑ってるんだろう、私
汐里が死んだから冷静になれないのだろうか。いけない、どんな時でも主観ではなく客観的に判断しなくては。検事とは感情が入った判断をしてはいけないのだから。
「あ、あのさ。恵麻たちのところに行く前に、ちょっと確認したいんだけど」
「なに?」
「今から言う事、冷静に聞いてよ」
遥は言葉を選んで慎重に話す。内容を聞いていた鈴木はわずかに顔を顰めた。当然だ、死んだ友達を悪く言うような内容なのだから。
「ごめん、こんな事言って」
「まあ、気分はワリイよ。でも都築がそう思うのもわかる」
鈴木は大きく深呼吸をした、頭の切り替えだろう。
「それに彩人が生きてるかもってのは、事情は知らねえけど前向きに考えていい事だしな。問題はこれを坂下に言うかどうかだけど、言わねえ方がいいか」
「まあね、これ以上負担かけられない」
恋人関係というのを考えれば、自分を利用する為に近づいたのではないかと疑ってしまう。恵麻を疑心暗鬼にするたけだ。夕実の時も情緒不安定だった。




