10 遥と鈴木の合流、ヒエン襲来
遥はひとまず近場から探していたが、予想に反して誰も見つからなかった。どこまで散ってしまったのか。
外の様子を見に行く時日本エリアに集合ね、と言ったのでもしかしたらそれを頼りに日本エリアにいるのではないか、と走る。
考えてみたら日本エリアには戸部の遺体がある。果たしてみんなそこにいるだろうかと思ったが、それほど遠い距離でもないので一旦向かってみることにした。
ヒエンがどの程度目や耳が良いのか知らないが、今までのことを振り返ってみるとこちらの動きなどは全て監視されているように思える。石を投げてきたり戸部や夕実を絶妙なタイミングで殺したり。
それなら堂々としていようがこそこそしていようが変わらないのではないだろうか。そんなこと思ってしまう。
「汐里」
小さく抑えた声で呼びかけながら汐里を探していると声がした。
「都築」
「鈴木、良かった」
後ろから声をかけてきたのは鈴木だった。ほっとして駆け寄りお互い怪我はないか確認する。遥は先ほどまでの事と今みんなを探していることを告げた。
「信号機、そんなもんがあるのか」
「探せばもっとあるかもね。とりあえずこれは私が持ってるけどいい?」
「ああ」
鈴木も似たようなものでみんなを探していたのだとか。東馬は明後日の方向に逃げているのが見えたが、とりあえず咄嗟に植木の影に隠れてやり過ごしていたので見失ったそうだ。
「運動苦手なくせにここぞって時逃げ足だけは早いからな、あいつ」
「まあ良い事なんじゃない?」
悲鳴が聞こえなかったので誰かが襲われたという事はなさそうだと鈴木は言った。汐里たちの体力的なことを考えてもそれほど遠くまで走って逃げてはいかないはずだ。
「日本エリアには誰かいると思う、ちょっと探そう」
うなずきあい辺りを駆け足で探していく。二人に増えると周囲を見渡せる範囲が広がるのでヒエンが来てもすぐに気がつくはずだ。小さな声で名前を呼びながら探していると、突然鈴木が立ち止まった。
「どうしたの」
「誰か倒れてる」
鈴木が指差す先には薄暗い明かりの中地面に倒れている人だった。ピクリとも動かないので反射的に生きていないだろうと思ってしまう。しかしそれが自分たちの友達だったらと思うと確認せずにはいられなかった。
駆け寄ってすぐに後悔する。今日見た中で一番凄惨な状態だった。車に何度も轢かれてぐちゃぐちゃになった猫の死体のように、内臓が飛び散っている。戸部も夕実もうつぶせの状態だったから直接見ることはなかったが、この人は仰向けに倒れており一瞬でも見てしまった。
赤い、真っ赤だ。咄嗟に顔を背けてしまったが、手でなんとか隠しながら恐る恐る顔を見る。右半分がへこんでいてわかりにくいが。
「……知らない、人、だよね?」
「ああ。おっさんだな」
隣を見ると鈴木も顔を背けてチラチラと目の端で見ているようだ。
「ヒエンはまだ殺し回ってるんだ……」
「悲鳴、聞こえなかったからだいぶ前にやられたのかもな……ん?」
鈴木が何かに気付く。遥と同じように手で隠しながら遺体に近づくと、おい、と声をかけた。
「右手、指差してるぞ」
「え」
見たくはないが、なんとか右手を見ると確かに人差し指がどこかを指している。それは凄惨な遺体にはあまりに不自然だ。死後硬直をしていないようで手がダラリとしているが、確かにある一方をさしているように見える。
「この人のダイイングメッセージ? いや、でも。今まで見てきたおかしな手がかりもあるし、どうなんだろ」
わざと動物の死体を見せるためにカラスとタヌキの死骸を使った矢印を思い出させる。手がかりか、それとも。
「指差してる先、なんか建物ある」
鈴木が見つめる先には確かに、物置きか何らかの設備を思わせる小型の建物があった。扉が完全に開いている。
「どうする」
鈴木に問われ、さすがの遥も悩む。
「無茶苦茶怖いんだけど……」
「なら、俺だけで行く。この人の何かのメッセージだったら可哀想だ」
「ま、待って。一人で行かせるくらいなら私も行く」
気合を入れるためパチン、と両手で自分の頬を叩いた。息を整えて慎重に建物に近づく。中には配電盤のような物があるが、配電盤自体が扉のように開いていた。
「俺が先行くから後ろ見ててくれ、閉じ込められないように」
「わかった、ちょっと仕掛けしよう」
檻の時と同じようにあっさりと閉まらないよう外から見づらい角度で扉に支えをして先に進む。階段を降りて着いたのは小さなスタッフルームのような場所。ただし、机はひっくり返りパソコンは破壊されている。間違いなくヒエンがここに来たのだ。
何か手がかり、と思い探そうとしたが。
ぞくり、と悪寒がした。
覚えがある、この感覚。いつだったか、園内でも感じたがずっと昔も感じたような寒気。
振り返るよりも先にしゃがんでいた。頭上をビュン! と大きな音を立てて何かが来たのだと悟る。
「なんだ!?」
鈴木の叫びに咄嗟だった。手に握りしめていた信号機のスイッチを押す。
ギイッ!?
悲鳴のような、威嚇のような、そんな声が響いた。勢いよく振り返れば、そこに見えたのは人と同じくらいの大きさをした赤茶の毛をした猿。瞬時に後ろに飛び、扉の前にいた鈴木に思い切り体当たりをする。鈴木は二メートルほど吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
「がっ」
鈴木の小さな悲鳴が聞こえる。ヒエンはそのまま凄まじい速度で外へ逃げていった。
「鈴木!」
慌てて駆け寄ると鈴木は苦しげにうめいた。
「いっ……てえ、気持ち悪……吐きそ……」
真正面からぶつかられてあの勢いで背中から落ちたのだ、相当なダメージのはず。のどに詰まったものを吐かせる時は背中を強く叩くので吐き気がきたのだろう。鈴木は脂汗をかいてうぐ、とえづき始める。
「吐けるなら吐いちゃって」
「手、貸してくれ……逃げる、準備……」
そういえば信号機を握りっぱなしだった。鳴らし続けた方が安全な気もするが、また来たら押そうと電源を切って信号機をポケットにしまい鈴木に肩を貸して両腕で支える。




