8 竹本汐里ーヒエンの弱点を見つけた
他の動物を使った検証では……どうやら動物園内の動物を使って実験をしていたようだが、その検証では兎を二羽ヒエンの檻に入れたところ、ウサギが急に暴れだしお互いを噛み殺してしまったという。しかもそれを見ていたヒエンはまるで笑っているかのような鳴き声をあげた。
――不気味だ。この生き物は関わるべきじゃない。
レポートにはそう書かれている。伝説の生き物を称賛する内容が書かれているのかと思っていたので意外だった。
――相手を興奮状態にさせる条件は、他の研究者たちは鳴き声だと言っているがおそらく違う。
「鳴き声じゃない? じゃあ条件は……」
それを読んだ汐里はこの内容をみんなに伝えなければと焦る。ちょうどみんなで鳴き声が何かあるのではないかと相談をしていた。違うのだ、鳴き声ではない。
レポートの内容はヒエン伝説が簡単にまとめられていた。見た目、特徴、あまり有益な情報はないが一つだけこれはと思うものがあった。
「檜が嫌い?」
コントロールをするため弱点などを探していた時、唯一嫌悪のようなものを示したのは檜だった。攻撃しようとせず、大声を上げて威嚇し決して近づこうとしなかったと書かれている。そのため実験で何か起きたときのために常に檜が常備されていた。
檜があれば動きを止めることができるかもしれない。あの素早い動きをどうやって止めるかは難しいが、例えば檻の中に閉じ込めることができれば。檜が常備されているのなら、この園内探せばどこかにあるはずだ。重要な手がかりを見つけた、早くみんなと合流してこれを伝えなければ。
人殺し、と言われた。あの人を助けることができなかったが、みんなを助けることができる。レポートの最後のページを見たらすぐにここを出ようと、スクロールすると。
「ヒエン一号 瀕死の怪我」
世話係で殺された一人には研究員の恋人がいて、檜が弱点だと知ったその恋人は動きを止める信号を流し続け、ヒエンが動かなくなったところで檜を突き刺した、と書かれている。
聞き取り調査に対して許せなかったといった類の内容を話していたそうだ。当たり前だ、大切な人を殺されたのだから。その気持ちわかる、好きな人を殺される辛さ。脳裏に戸部の遺体が蘇る。
気になったのは動きを止める信号を出す器械があるということだ。檜とは別にそういうものがあるらしい。だから研究を続けて来れたのだろう。
それがあればヒエンを、仇を打つことができるかも知れない。まだ怖いが、打開策が見つかったことでやる気のようなものが出てきた。遥たちに教えなくては。いやむしろ、自分の手で。
自分だってやればできる。色々と器用にそつなくこなしてしまう遥と違って時間はかかるが汐里だって何もできない人間ではないのだ。この手がかりも今知っているのは自分だけ、みんなを一人一人探してこの情報を伝えるよりは檜やその器械というのを探してもいいかもしれない。
机の引き出し等を漁り棚の中を調べ、充電されている小さな器械のようなものを見つけた。人差し指ほどの長さがあるただの棒のように見えるが、ボタンが付いている。もしかしてこれではないだろうかとボタンを押してみるが特に何か聞こえるというわけではない。ただ電源と思うランプが赤く点灯したのできちんと動いているようだ。充電がなくなってほしくないので一旦切る。
これがあればすぐに殺される事は無い。後は檜があれば、と探しているとロッカーの中に着替えなどが入っているのだが、くしゃくしゃになった紙が落ちていた。ただのゴミなのだろうが何か重要なメモでも書かれていないか、開いてみる。
そこに書かれていたものを見て汐里は目を見開いた。
『あいつはヒエンだ 信じてくれ 殺されるぞ』
急いで書いたのか殴り書きのように字がぐちゃぐちゃだが確かにそう書かれている。その内容を理解するのに数秒かかった。
ヒエンをヒエンと言うのは当たり前だがおかしい。これではまるで、見た目がヒエンではないが正体がヒエンだと言っているかのようだ。みんなで人狼ゲームをやったときにこのフレーズがよく出てきたと思う。誰が人狼か? 誰が犯人か?
あいつ、という表現。まるで人間を示すかのような言い回し。人間? そんなはずはない、猿だと書かれているではないか。
――いや、でも、ちょっと待って。
再びどくどくと鼓動が速くなる。とんでもないことに気づいてしまったのではないだろうか。相手を興奮させる特殊能力を持っていると言う、伝承にもなっている生き物。それならもっと他にも特殊な能力などがあってもおかしくない。そういうものがあったから人が死んでも研究を続けていたのではないだろうか。
例えば、そう、人間そっくりに擬態することができるとか。それに、今気づいた、もっと重要な事。
ヒエン一号。




