6 竹本汐里ー隠れる事しかできない
はあ、はあ、と乱れている呼吸を汐里はなんとか整えようとした。突然ヒエンが入ってきてパニックになったが、事前に窓から逃げようと打ち合わせしていたおかげですぐに逃げることができた。あとは全力で走り、植木の影に隠れている。手入れされていない木は葉が伸びっぱなしで身を隠すには丁度いい。
みんな上手く逃げられただろうか、と心配になる。まさかバラバラにはぐれてしまうとは。
ただでさえ怖がりでこういうシチュエーションが苦手なのに、と内心穏やかではない。ずっと隠れていればいいのか、注意しながら合流を目指せばいいのか。こういう時遥なら冷静に行動するだろうなと切なくなる。
下手に動くと自滅しそうなので身を小さくしてなるべく動かないようにする。
しかし、じっとしていると神経が尖っていろいろなものが気になってしまう。風に揺れる草や木の音、虫の声。なんなら自分の呼吸音さえ気になってしまう。
――こうしてるのって、合ってるのかな
自分の行動に、自信がない。みんなを探しに行った方がいいのだろうか。下手に動いて殺されてしまうなどホラーの定番だ。それを考えたら動かないほうがいいような気がするが、では一体あと何時間、いつまでこうしていればいいのか。助けが来るのを待っているのは他の皆も同じだ。ひたすら待ちの状態というのはこの状況ではあまり意味がない。待っていて、一体何が変わるというのか。無理のない範囲で自分ができることをやった方が良いのではないかという思いが生まれる。
周囲をよく確認しながらゆっくりと隠れていた植木から移動を始めた。園内にある明かりは薄暗くすべてを見渡せるわけではないがないよりはマシだった。遥の性格を考えればみんなを探す筈だ。闇雲にウロウロするのではなく、例えば一度ここに集合しようと約束した日本エリアに行けば合流できるかもしれない。あの事務所に戻るべきか迷ったが、ヒエンがいるかもしれないというのとあの状況なら皆外に逃げた筈だと戻るのはやめた。
息を殺して細心の注意を払いながら進む。もしヒエンが来たら逃げ切れる自信はない、見つからないようにしなくては。
植木に隠れながら進み、ようやく日本エリアに来た時だった。
「ぎゃああ!」
突然の悲鳴にヒッと息が漏れる。慌てて周囲を確認すると、数メートル離れたところに何か見える。
人だ、地面に倒れている。先程の悲鳴はあの人のものなのか、と駆け寄ろうとしたが、目にも止まらぬ速さで別の何かが飛び降りてきた。
文字通り、飛び降りてきたのだ、どこからか。植木や建物などない、何もないところから。まるで空から降ってきたかのように。ソレは倒れている人をクッションにするかのように踏みつけて着地する。ぐえ、と悲鳴が聞こえるとソレは。
ギエッ ギエッ ギエッ!
鳴いた。あれはヒエンだ。その鳴き声は抑揚の付け方がまるで笑い声のように聞こえる。
涙目で震えて動く事ができない。足がすくむ、とにかく声を出さないようにしなければ。目をはなしたいのに固まってしまってその光景を見つめてしまう。
ヒエンが腕を大きく振ると、凄まじい悲鳴が響き渡る。薄暗くてよく見えないのが逆に救いだ。
しかし、よく見えなくても何をしているかは想像できてしまう。目を覆いたくなるような一方的な暴行が繰り返えされる。暴行? 拷問、の間違いだ。倒れた人の反応がだんだんなくなってきた。
助けに行かなければいけないのだろうが、そんなことできるはずもない。
こわくて、うごけない。
やがて悲鳴が聞こえなくなり静かになった。ヒエンの姿をはっきり見ることはできないが、巨大な猿といったシルエットをしている。立ち上がるとかなり大きいようだ。
気が済んだのか、ヒエンはその場で大きくジャンプをした。まるでワイヤーアクションを見ているかのように、数十メートル先に一回のジャンプのみで移動してしまった。あっという間に見えなくなる。
ガチガチと歯が鳴る。それほどまでに震えているのだと、今更気がついた。
映画でもグロテスクなシーンは目を背けてしまうくらい苦手なのに、拷問を見続けてしまった。悲鳴が、あの鳴き声が頭の中にまだ響いている。
しばらく動けないでいると、う、うう、とくぐもったうめき声が聞こえた。まさか、あの人は生きてるのか、と震える足を必死に動かす。今からでも助けなければと駆け寄って、その姿を見て。……後悔した。
だって、どう見ても死体だ。こんな状態で生きてるはずがない。
だって、だって。腹が、内臓が。いろいろなものが飛び散っている。中身があちこちに散らばってしまっているのに、どうやって助けろというのか。また詰めなおせばいいのか?




