5 遥一人で行動へ
「これ以上の分断、かなりやばいと思うんだけど。それに一人で行くって完全に死にに行くって言ってるようなもんでしょ」
「そうだけど。鈴木はともかく、東馬と汐里が冷静な判断できるか不安」
「あの二人なら絶対隠れてるでしょ、下手に動かないよ。ヒエンが超能力みたいの持ってない限りはさすがに隠れてるのを一発で探し当てるっていうのはできないんじゃないの」
「それは……確かに。そうだね……。迷ってる暇はないか、スタッフルーム行こう」
「あ、あのさ」
二人の真剣な会話に入るように声をかけた大地は、恐る恐るといった感じだ。
「ヒエンを制御してるコントロール、スタッフだったら全員持ってる。僕も持ってるから少なくとも僕の近くにいれば殺される事はないよ」
思わぬ言葉に二人は目を丸くする。
「どういうこと」
「マイクロチップが埋めてあって電気信号を流すと大人しくさせるって言ったと思うけど。この信号を出す器具はスタッフなら一人一個渡されてる」
「じゃあさっきヒエンが逃げたのは大地さんがそれを使ったんですか?」
「いや、やろうとしたんだけど慌てちゃって間に合わなかった。ヒエンも僕が持ってるってわかっていたからさっさと逃げたんだと思うよ」
その内容に二人はわずかに落ち着きを取り戻す。有効手段は一つここにあるのだ。石を投げられたときのように遠距離攻撃されたらたまったものではないが、少なくともすぐ近くに来た時には何とかなる。
「それ、有効範囲は」
わずかに活路が見いだせた事に遥は食いつくように聞いた。別に怒られているわけでもないのに大地はちょっと引いている。
「半径五メートル位」
「つまり、ヒエンがその距離にいたらその信号を出すことで動きを封じることができるってことだよね。捕まえることもできる?」
「たぶん。詳細は話せないけど、一応神経を刺激する信号なんだ。だからヒエンにとっては激痛のはず。完全に静止はできなくても、動きはかなり鈍くできるよ。ただ、ヒエンは頭がいいからあの手この手でそうならないようにしてくると思うけど」
心理戦が得意というようなことも言っていた。手強いかもしれないが何も手段がないわけではない。今更だがそうか、と遥は納得する。ヒエンがスタッフを殺してまわっているのはおそらくその信号を発する器械を壊すためだ。
……では、戸部は何故殺されたのだろうか。
実際に見せてもらったら人差し指ほどの長さの棒状のものだった。先端にボタンのようなものが付いていてこれを押すと信号が出ると言う。ボタンを押すとロックされ、手を放しても信号を鳴らし続ける仕様とのことだった。止めるにはもう一度押す必要がある。
「スタッフルームってヒエンが入ってくるって事は無い?」
「ないよ、この信号の予備も置いてあるから近づかないと思う。ここにはないけど、遠隔操作できる親機があるからね。電源入ってなくても人がいなくても信号機自体に近づかない」
「予備があるんだ。だったらやっぱり手分けしよう。まずみんなでスタッフルームに行く、予備を見つけたら一個恵麻達が持ってて。私はこれを持ってみんなを探しに行く。恵麻たちはスタッフルームで助けを呼べそうなものがないか、ヒエンの対応策が他にないか探してほしい」
「確かに今はそれが一番いいかもね。わかった、じゃあまずはスタッフルームに行こう。……遥」
「何」
「危ない事やらせてごめん、ありがとう」
神妙な顔つきで言いながら小さく頭を下げる恵麻。彼女に対して先ほどまであった猜疑心は遥の中ではなくなっている。騙そうとしていたわけでも無いし謝罪すべき時きちんと謝罪してくれる。恵麻と仲良くなったのは彼女のそう言った素直さに好感を抱いたからだ。
「いいよ。こういうのは私向きでしょ、恵麻は体調整えてて。いざって時動けなかったら、それは死ぬってことになるんだから」
周囲を確認しながら大地の案内のもとスタッフ専用の通路がある場所に向かった。この事務所からも行けるということで大地の後をついて行ってみると先ほど調べなかった別の部屋に入り、荷物を蹴飛ばすとまた小さな扉がついている。中は狭い通路になっており人一人通るのがやっとだ。そこを抜けると地下施設のようなところにたどり着いた。少し古いのかもしれないがそれなりに綺麗だ。
部屋はかなり広くパソコンや資料などが大量に置かれている。それはついさっきまで人が使っていたかのような形跡だ。大地の話の通り何らかのアクシデントが起きる前は、研究員たちはここにいたのだろう。
机の中を漁っていた大地が予備の信号機を見つけてきた。
「一個しか見つからなかった」
「十分です、ありがとうございます」
差し出された信号機を受け取るとじゃあ行ってくると言って足早に来た道を戻る。
遥がこれを持っていることはヒエンには今のところばれていないはずだ、油断を突ければいいのだが。




