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「だったらそれを流したのヒエン自身ってことでしょ」
震えた声で遥がそう言うと確かにその可能性もあるな、などと呑気に言ってくる。その反応にこいつはこれだけ馬鹿だから研究に入れてもらえなかったんだと察した。信じられない思いでわずかに声が大きくなった。
「じゃあこの建物の中にヒエンがいるかもしれないってことでしょうが!」
その瞬間、バァンと大きな音が鳴り響いた。壁を思いっきり殴りつけたかのような、まるで車が衝突したかのような凄まじい音。いきなりのことで全員が固まって動けない中。
ギエッ ギエッ ギエッ
動物の鳴き声が聞こえた。そして入り口から大きな影が飛び込んでくる。外から光が見えないように懐中電灯を一つだけ壁に向けて照らしていただけなので、はっきりとその姿を見ることができなかった。
「きゃあ!?」
「うわああ!?」
いくつかの慌てた声と椅子や机などがひっくり返ったのかガシャン! と大きな音が鳴る。黒い何かが部屋の中を引っ掻き回し大暴れしているようだ。
「いやああ!」
悲鳴、鳴き声、壊れる音、暗闇の中でわけのわからない状態になる。しかしすぐに音が鳴り止み黒い影は窓を突き破って外に出ていった。静まり返った中、床に伏せていた遥はゆっくり起き上がる。
「誰かいる?」
囁くように小さな声で言うとヒッと小さく息を飲む音が聞こえた。そして声を上げたのは。
「僕がいる」
「私も」
大地と恵麻の声だけだった。先程の襲撃によって皆散り散りになってしまったようだ。何かあったら窓から逃げようと言っていたし出入り口のすぐ傍には鈴木や東馬がいた。汐里は性格を考えればパニックになって飛び出してしまったのだろう。
さっき飛び込んできたのはヒエンに間違いない。姿は見えなかったが凄まじい速さで動き回り、部屋の中を見れば竜巻でも起きたのかと言う位に椅子やデスクがあちこちに吹き飛んでいる。
やられた。ヒエンは頭が良いと言っていた。人が集まっていることを察して分断したのだ。殺さなかったという事はもしかしたら遊んでいるのかもしれない。残忍な性格だと言っていた、自分たちの目の前で夕実を殺したのも反応を見て楽しんでいたのだろうか。
「全然制御できてないじゃん」
ため息まじりに恵麻がぼやいた。園内放送を乗っ取られているだけではなくこちらの動きまで全て把握している。
「あの鳴き声を聞けば自分を興奮状態にして人を殺しやすくできるから放送流してたってことでしょ、まったく」
目の前の大地を責めると言うよりは研究員たち全員にわずかに苛立ちを覚える。
「長年研究をしていたのはヒエンも同じだったってことだよ。自分にどんな制御がかけられているのか、誰がリーダーで何をどう動けば不利にならないか。今回の検証だってヒエンからしてみたら人間にやり返す都合が良い環境なのかもしれないじゃない」
わずかに大地を責めるように遥が強めの口調で言えば、大地はガタガタと震え始めた。自分たちが研究している側だとしか思っていなかったのだろう。何故知能が高いと言っているのにヒエンが人間を研究しているとは思いつかないのか。
「そんな、そんなこと言ったって」
「今あなたを責めても何も変わらないからここまでにするけど。責任とってもらうからね、ここから脱出するの最後まで協力して」
大地はコクコクとうなずいた。しかし内心では信用できないなと思う。いかにも気が弱そうだし権力にも弱そうだ。他の研究員たちが甘い言葉を囁いたらあっさりこっちを裏切って研究員側に着くかもしれない。実際恵麻の父親に口添えするという言葉にのって来たのだ。
今最優先にするべきははぐれてしまったみんなと合流することだ。冷静だった鈴木でさえどこが逃げ出してしまったのだから追いかけるのは難しい。足の速い鈴木だ、かなり遠くまで逃げたかもしれない。東馬と汐里はどこかに隠れていそうな気がする。
三人はこの建物が出ることにした。やはり屋内は逃げ道がないから危険だ。人数が減ってしまった以上手分けをして周囲も見張りながら移動するのは難しい。
「そういえば聞き忘れたんだけど。スタッフしか使わない専用の建物とか見えない通路とかないですか?」
恵麻が大地に聞くと大地はあっさりと「あるよ」と答えた。あまりにもあっさりしているので拍子抜けしてしまう。
「ここに来たのだってその通路を使ってきたんだ。他のスタッフ誰もいなかったけど」
「じゃあそこに案内……いや、違うかな? 遥、どうする。何か手がかりとか逃げ出すための手段探すにはスタッフルーム行くのが一番だけど、みんなも探さないと」
恵麻の言葉に遥も少し考える。どちらも優先順位が高い、どうするのが正解なのだろうかと究極の二択に遥も悩んでしまう。そして。
「その入り口の場所を教えて。そこを確認したら私が皆を探しに行く」




