2 生き残っていた別のスタッフ
「あんた何やってんのそんなところで」
思わず遥が呆れてツッコミを入れてしまった。扉を開くと目の前にいきなり尻があったのだ。先ほど逃げた者だろう、四つん這いのような形で頭から突っ込んだ形で隠れたせいだが、扉を開けて目の前に尻があるのだ。こんな状況だというのに突っ込まずにはいられなかった。
「自分で出るのと、引きずり出されるのと、このまま扉閉めて二度と開かないようにされるのどれがいい?」
鈴木はどこが呆れたように淡々と言う。その言葉に目の前の者はびくりと大きく体を震わせたがゆっくりとバックしながら出てきた。
恐る恐るといった感じで振り向いたその者は三十代から四十代ほどの男だった。偏見かもしれないがいかにも気の弱そうな雰囲気。男が遥達を見ると怯えていた表情から一転してキョトンとした顔になった。
「え、誰?」
「こっちのセリフだ」
男の問いかけに鈴木と遥の声が見事にハモる。一応警戒しながら改めて聞いてみた。
「坂下の関係者?」
「いや、そりゃそうなんだけど。君たちはなんだ、バイトか?」
その言葉に遥は瞬時に頭の中で情報整理した。今この園内にいるのは坂下家関係者、それも深い事情を知っている一部の者とアルバイトのようなただの手伝いで来ている何も知らない者、二つに分かれる。自分たちがまんまと引き寄せられた客だと知らないという事は、坂下家の中でも後者の可能性が高い。それなら何も事情知らされていない被害者側と言う立ち位置になるかもしれない。
これは賭けだ、良い方向に転ぶかどうかわからないが切れる手持ちのカードが少ないのでは発破をかけてみるしかない。
「ヒエンに殺されそうになったから逃げてるんだよ。アンタは何」
ヒエン、の言葉に男が明らかに怯えたようなリアクションをした。その反応に鈴木も遥も表情が険しくなる。ヒエンに反応したならこの男、研究者側ではないだろうか。
「あ、僕は。データを取っていただけなんだけど、いきなり停電が起きて、大きな音がして、みんなどこか散り散りになって。そしたらスタッフみんな死んでるし、何が何だかわからなくて」
予想通りだ、下っ端かもしれないがこの男明らかに何かを知っている。絶対に逃がすわけにはいかない。
「今生き残っている人で集まってるから。何が起きているのか知るために協力して」
ここで男を怯えさせてしまったら元も子もない。こういう時恵麻や汐里なら可愛らしくお願いできるのだろうが、遥はそういったものが苦手だ。ただ必死さが伝わったようで男から敵意は感じられない。
「わ、わかった」
さりげなく男の逃げ道を塞ぐように鈴木と遥で男を挟む形で先程の場所まで戻った。部屋に戻ると皆顔を強張らせていたが男が一人入ってきたところで誰その人、と言いたげに遥たちを見る。しかしその中で恵麻だけは驚いて目を見開いた。
「大地さん?」
「え、ええ? 恵麻ちゃん、君も来てたのか」
「誰」
驚く二人を無視して鈴木がそう聞くと恵麻が動揺しながらも説明した。
「今回のことをいろいろ教えてくれた親戚がいるって言ったでしょ。その人だよ」
「恵麻ちゃん、この人たちは」
「友達。私達客として呼ばれたんだけど、すごい事になってて」
驚いた二人がどうしてここに、などの会話が始まったのをみて、遥が軽く手を叩いて二人の会話を止める。
「再会に時間使ってる暇なんてないでしょ。順番にお互いの情報共有してこれからどうするかを決めないと」
その言葉に汐里が必死に大地に訴える。
「お願いします、何でもいいので知ってること全部教えてください。私たちの友達が死んでいるし、何が起きたのかわからないんです」
ここにきてようやく体を休めながら情報を得ることができる。全員が大地の言葉に耳を傾ける。皆真剣な表情になった。そのピリピリした雰囲気に大地も緊張した様子だ。
大方は恵麻や夕実が言っている通りだった。しかし大地は何も知らない客として一般人を連れてくることを知らされておらず、園内でヒエンの検証実験をする予定しか把握していないと言う。
「でも、さっきも言ったんだけど突然停電になって。しかもヒエンがスタッフルームに飛び込んできてめちゃくちゃになった。悲鳴が聞こえたから怪我をした人もいると思う。何が起きたかわからなくて状況確認しようとしたら檻の中に人がたくさん死んでた」
「じゃあ人が死ぬのは予定にはなかったんですね」
「そりゃそうさ、そんなことにヒエンを使ったりしない。これはあくまでヒエンの成長を観察する貴重な研究観察なんだ」
イレギュラーが起きたのは研究員たち側も同じと言うことだ。ヒエンの暴走により人員がバラバラとなり人が死んでいる。そして今気になるキーワードがあった。




