8 スタッフルームへ
「ありがとう。あと、嘘ついてごめん」
「いいよ、まあ仕方ないと思うし。東馬は?」
「え、なにが」
突然の指名に驚いたらしく体が大きく震える。こうやって見るといつもの東馬だ。怒っている時、感情が高ぶっている時とは別人のように見える。
「落ち着いた? さっきブチ切れてたじゃん」
「あ、ああ、うん。大丈夫」
「じゃ、ここからは本当にみんなで協力しないと死ぬかもしれないから。誰かを責めたり八つ当たりしたり喧嘩するの禁止」
念を押すと東馬はコクコクと頷いた。見れば見るほど遥の知っている東馬。怒るとあんなに二重人格なのかと言いたくなるような変わりようになるとは。
怒り。それは一つのキーワードのように思えた。こんな状況だ、パニックになったり訳がわからないことにやり場のない怒りをぶつけるのはわかる。
しかし普段明るく活発な恵麻、割とまともな人格だった夕実、普段天然キャラの東馬。ここにきて皆が妙に怒りっぽい。そしてそれはイラついているなどと言うレベルではなく、激昂、という表現が合っている。
先程のタイミングで夕実を殺されたのなら、自分たちの会話が聞かれている可能性は高い。盗聴器のようなものだとあまり現実的ではない。電源がないしこの広大なエリアですべての会話を拾えるよう盗聴器を用意しようとしたら、凄まじい数となってしまう。そこまで考えて遥は気づく。
「トランシーバー」
「え?」
汐里が聞き返してきたので汐里の顔を見る。
「夕実さんトランシーバー持ってた。壊されたのは亡くなった人たちのトランシーバーだけ、夕実さんは壊れてなかったはず。多分そこから研究員たちに声が全部届いてたんだと思う。何か仕掛けをしてあって向こうの声は聞こえないけどこっちの声が聞こえる設定になってたとか」
確かテレビ番組か動画でサバイバルゲームをしている人たちの映像を見たときにそんなことを言っていた気がする。司令官からの指令を動いている人たちは音声を拾い、動いている人たち同士の会話はできるがその会話は司令官には聞くことができない。
「そのトランシーバー、回収しに行くか? ないよりはいいかもしれないし」
東馬の提案に遥は少し考え込む。
「たぶんだけど……壊れてるんじゃないかな。夕実さんトランシーバー右の脇腹につけてたと思う。あの状態になったことを考えると、トランシーバー無事じゃないような気がする。リスクが多すぎるけど、取りに行ったほうがいいのかな」
さすがにそこは遥も決められないので皆に問いかけた。提案者である東馬は即首を振った。言い出しっぺのお前が行ってこいと言われたくないのだろう。
「持っていく意味あるか、それ。向こうはしゃべらないだろうしこっちの声が丸聞こえなんだろ。デカイ盗聴器抱えてるだけじゃねえか」
鈴木の言っていることはもっともだ。それに、あの場にまだヒエンが居るかもしれないという恐怖もある。さらに言うなら遺体の近くに寄りたくないという気持ちもあった。短い間とはいえ普通に話をした人が、あんな酷い状態になったのだ。見たくない。
「一回安全な場所見つけて休まない?」
汐里が恵麻を見ながら言った。恵麻の表情は少し苦しげだ、体調が悪くなってきたのだろう。それにここまで全員走りっぱなしだ。
「入り口から近いし、チケット売り場行こう。スタッフルームもあるだろうから手がかりとか探せそう」
遥の提案に全員頷いた。入り口のゲートの近くにはゲートの外側にチケット売り場があり、内側がおそらくスタッフルームとなっている。何かの建物はあるが何も書かれていない。裏口のような扉を見つけドアノブをひねると意外にも鍵はかかっておらず扉が開くことがわかる。何のためらいもなく鈴木は俺が行くと言って扉を開けた。
「もっと気をつけろよ」
東馬が少し慌てた様子で言う。もしも中に研究員やヒエンがいたらと思ったのだろう。しかし鈴木はあまり気にした様子は無い。
「研究員はいないだろ、いるんだったら鍵かけてる。ヒエンは知らね。よくわからない生き物だし行動しなきゃ現状何も変わらないだろうが」
もし死ぬなら俺だけだ、と言って鈴木は中に入っていく。呆気にとられている汐里達を置いて遥も後に続いた。
建物の中はゴミや荷物が少ない印象だ。廃業になる前に片付けられたのかもしれないが、研究員たちが何らかの目的で使うために片付けたと言う事は充分あり得る。誰かいるかもしれないと注意を払いながら進んでいると入り口から入ってそう遠くない所に開けっ放しの扉が見えた。全員顔を見合わせて頷きあってからそっと中を見る。
事務所と思わしき広い部屋があり、そのまま残されているデスク等があった。何台かパソコンなども置いてあるがそれは動物園が使っていたものか研究員が使っていたものなのかわからない。コンセントにプラグをさして電源を押してみたが案の定反応しなかった。
それほど汚いというわけでもないのでとりあえず椅子に恵麻を座らせる。
周囲を見渡すと窓があった。東馬が窓に近寄り鍵を外せば窓はあっさりと開く。鍵は開けたまま窓だけ閉めた。もし入り口から誰か、何かが来ても窓から逃げることができる、と全員に共有した。
「とりあえず研究員たちを探さないと話にならないわけだけど。夕実さんの最後の言葉、スタッフが集まっている場所がないのかって聞いた時の返事。動物園の、って言ってた。これちょっと気になるんだよね」
「何が気になるの」
遥の言葉に恵麻が聞いた。今まで人のしゃべった内容で気がついた点が多い遥の言う言葉に、全員が集中して聞いている。
「例えばどっかのエリアにあるんだったら、どこどこのエリアって言うはずでしょ。わざわざ動物園の、ってつけたならそういうのとはちょっと違う気がする」
もしもここがスタッフの集まってる場所だったらすぐそこのチケット売り場だ、と言っているはずだ。あの時すぐ近くにチケット売り場があったのだから。
「言われてみればそうだね。エリア別になってるんだし、地図がないから具体的に説明するならやっぱりエリア別で説明すると思う。動物園の、に当てはまる場所ってどこだろう」
汐里も少し考え込む。
「わざわざ動物園っていう言葉を使ってるから、すぐに思いつくのは動物園の外、動物園の中とかかな、大雑把すぎるけど」
東馬は自分で言いながらしっくり来ていない様子だ。あの時自分たちは外にいた。外だったらここからどの方向に行ったところ、と言うだろうし、動物園の中は当たり前すぎる。
「要するに動物園の中に特殊な場所があるってことだろ、一般客が入れない、普通に見てたら気がつかないような場所が」
「もしかしてスタッフルームからしか行けない通路とか部屋とかがあるんじゃない」
鈴木の言葉にはっとした様子で恵麻が言った。なるほど、と東馬が相槌を打つが遥はその意見に疑問があった。




