1 生存者
大急ぎで南国エリアに全速力で向かう。やはり鈴木の方が足は速くあっという間に遥との距離が生まれ始めた。
そしてはぐれるかはぐれないかギリギリのところで南国エリアに到着し尻餅をついている女を見つける。女は一つの檻を見つめながら必死に後ずさりをしていた。自分たち以外の参加者だったかもしれないが、こんな状況で大丈夫ですかなどと声をかける気にはならない。
まず鈴木は女の腕を掴んで捕まえる。いきなり誰かに腕を掴まれたので驚いたらしく女は再びキャアと悲鳴をあげた。遅れて追いついた遥もまずは女の顔などを見る。二十代くらいの女性、Tシャツにデニムというかなりの軽装だ。怯えきっていて目には涙が浮かんでいる。女に事情を聞く方が先なのかもしれないが体が反射的に檻の方を見ていた。そして息を飲む。
檻の中に複数人の死体が転がっていた。一人二人ではない、おそらく十人近くいるのではないだろうか。はっきりとはわからない、暗いというのはあるのが、数えようとしてもバラバラで数えられないのだ。
ばらばら。それは文字通りの意味でバラバラだ。
中に入っている遺体は損傷が激しかった。思わず顔を背ける。かなりグロテスクなホラー映画などでは見たことはあるが、映像で見るのと実際にそれを見てしまうのでは衝撃が比べ物にならない。
パニックになりそうだったのを必死に冷静さを保とうとする。産婦人科医だった祖母のもとによく妊婦が相談などに来ていた。妊娠中は不安なことが多く祖母は話をしたり愚痴聞いたりカウンセラーのようなことをしていた。そんな中で一度だけ臨月の女性が破水してしまったことがある。パニックになった女性を落ち着かせるために祖母は慣れた様子で女性にアドバイスをしていた。
――まずは深呼吸をしなさい、大きく息を吸って、吐いて。それを三回繰り返して。大丈夫だから。
深呼吸をする。呼吸に意識を向けることでそれ以外の考えを遮断することができるし、大量に酸素を吸うことで体をリラックスさせることもできる。
どくどくと心臓が大きく鼓動しているのがわかる。落ち着け、落ち着け。
震える足で女に近寄った。鈴木が、檻の中を見ながら女の腕をしっかり掴んでいてくれたので逃げられずに済んだ。
「あんた誰」
思わず声が低くなってしまう。その声に涙目でびくりと大きく体を震わせた。
「あ、ひ、ああ? な、なに? なんで、こんな。なんでよ、わかんないの。こんな、こんなこと、聞いてない」
その言葉に遥の頭がスッと冷静になる。
「こんなこと聞いてない」、このキーワードは恵麻と同じだ。
「何を聞いてないの?」
先ほどとは打って変わってなるべく優しい声でゆっくりと聞いた。今この女は冷静な判断ができない、何かを聞き出すなら今しかないかもしれない。冷静になったら嘘をついたりできそうだ。
「なんでみんな死んでるの、おかしいよ。死ぬなんて聞いてない、みんなだって聞いてないのに」
一番知りたいところがわからないままだ。焦る気持ちを何とか抑えもう一度聞いてみる。
「どういう予定だった」
「ただデータを取るから、手伝ってって。片付けとかそれぐらいしかないって聞いたのになんで、なんでお父さんたち死んでるのぉ!?」
そう叫ぶと女性は泣き叫び始める。少なくともすぐに逃げ出すような様子は無いので落ち着くのを待って事情を聞くしかなさそうだ。
鈴木を見ると、険しい顔をしているが小さくうなずいた。そして遠くから汐里たちがやってくるのが見える。女の悲鳴がかなり大きく気になって移動してきたようだ。
果たして恵麻とこの女が顔を合わせたときどんな会話が生まれるのか。遥はクイっと顎で恵麻の方を示し、察したらしい鈴木が、小さく頷いた。皆に気づかれないようにまず自分を指差して女も指差した。すると鈴木は同じような動作で自分を指さしてから恵麻を指差す。
つまり遥はこの女を観察する、鈴木は恵麻を観察するということだ。
この女と恵麻は間違いなく似たような境遇、そしておそらく女はスタッフ側。恵麻とは知り合いなのか、二人がどこまで情報共有できているのか、二人が会った時にどんな反応をするのか、絶対に見逃せない。恵麻からすれば、まさに自分がやろうとしていたことが叶うのだから。
汐里たちは見知らぬ女がいることに不審そうな顔をしたがすぐに檻の中を見てしまい悲鳴をあげる。戸部が死んでいたのとは比べ物にならない凄まじい光景だった。汐里は目を瞑ってしゃがみ込んでしまい、東馬はなんだよこれどうなってんだよ、と同じことを繰り返し叫び続ける。
肝心の恵麻は檻の中を見て完全に固まってしまっていた。目を見開き硬直してしている。そしてしゃがみ込んでしまっている女性に向かって悲鳴のような声で問い詰めた。
「なにこれ、どうなってんの、あんた誰よ」
「知らない、何も知らない私。手伝ってって言われただけ、ただ呼ばれただけ!」
「なんで人が死んでるの、なんで彩人は死んだの!」
「知らない! わかんない!」




