5 悲鳴
このメンバーは仲良しグループといってもものすごく深い付き合いというわけではない。高校三年になって同じクラスになり、なんとなく話をする程度だ。それこそ泊まりがけの旅行のようなものをするのは初めてだ。せいぜい帰りにカフェに寄ったり一緒に映画を見に行ったり、暇つぶしのための相手という位置づけに近い。幼馴染の汐里はともかく心から友人、親友と呼べるほどの関係ではないと思っている。そんな広く浅い付き合いなら魔女裁判のように自分が吊るし上げになると思ったのだろう。
「だからさっきの一人になりたがったのも、恵麻にしかわからない連絡方法が何かあるんじゃないかなと思って。一人になってスタッフにどういうことか確認するつもりなんじゃないかな」
「でも、東馬君が残ったよね、無理じゃない?」
「そんなのいくらでもどうにかできるよ。喋りのスキルだったら恵麻の方が上だし、何か変な音がしたからちょっと見てきてとでも言えば簡単に離れるでしょ」
それか嘘泣きをして頼むから一人にしてくれと泣き落としにかかるか。おそらく恵麻は東馬が自分に好意を抱いていることに気づいている。リーダー気質なだけあって一人ひとりの性格を把握してその人に合った喋り方をしているようにも思える。いくらでもあしらう方法はある。
「あそこで食い下がってもしょうがないし、もし何か連絡を取って新しい情報が得られたなら揺さぶりをかけて聞くことができるかもしれない。だから今はいい、手がかり探そう。あと、これだけは私からお願いなんだけど」
鈴木と汐里を真正面から見つめて遥は静かに言った。
「今回の事恵麻は本当に何も知らされてないと思うから、犯人扱いしたり責めるのはやめてね。今恵麻自身もなんでこんなことになったのか知るために自分にできることをやろうとしてるはずだから」
「そうだよね、戸部くん、あんなことになっちゃうなんて知らなかっただろうし」
汐里は涙ぐみながら頷いた。好きな人が死んでしまったことと、実は既に二人が付き合っていたこと、二重のショックのはずだ。
話が一旦落ち着いたところで改めて手がかりを探す場所を決める。この動物園は円形になっていて入り口から入って右周りにサバンナ、南国、霊長類、鳥や小動物、北極、中央が日本の動物だ。入り口周辺はお土産やイートインスペースなどちょっとした広場になっていた。この辺りはほとんど何も残っておらず調べるのは最後でいいだろう。中央の日本エリアに恵麻達がいて、遥たちが歩いてきたのは小動物のエリアだ。
何か目星があるわけではないがこの場所の手がかりだけでなく、スタッフが密かに隠れていないか、監視カメラ等がないか探していくことにした。
鈴木と遥は気にせずズンズン進んで行くが、怯えてしまっている汐里は遥の側から離れない。
「ひっ」
突然汐里が悲鳴をあげる。振り返るとある一点を見つめてガタガタと震えていた。
どうしたのと声をかけてその視線の先を遥は振り返る。すると、影のようなものが一瞬にして凄まじい速度で飛び出していった。暗く一瞬のことだったからよく見えなかったが、あの動きは熊の檻の中から見た影の動きにそっくりだ。
「今何かいたよね!? ガサって音がしたからそっちを見たんだけど」
「私が見たやつと同じかもしれない」
「ねぇ、犯人はいるにしても、やっぱりこの動物園何かいるんじゃないの」
噂話などを少し信じやすい性格の汐里は謎の生き物にも怯えてしまっているようだ。何もないとは思うが念のため檻の中に何かがないかと覗き込んだ時だった。
「ひいあああああ!?」
どこかで女の悲鳴が聞こえた。汐里もびっくりして小さな悲鳴をあげる。その声を聞いた瞬間鈴木と遥は走り始めていた。汐里も慌てて追いかける。
「今の声どこから聞こえたかわかる!?」
「反響してわからねえよ、でも、日本エリアじゃないような気がする」
遥たちが来た場所は恵麻たちがいる所からはそれほど離れていない。しかし今の悲鳴、だいぶ遠いところから聞こえた。
大急ぎで恵麻たちのところに戻ると動揺した様子の恵麻と東馬が歩いているところだった。ひとまず無事にあることに胸を撫で下ろす。
「今の恵麻?」
「違うよ、って事は遥たちでもないんだね」
「どこから聞こえた」
鈴木の問いに恵麻は周囲を見てから指をさす。
「はっきりとはわからないけど、多分南国エリアの方」
誰も怪我をしたり死んでないことに全員安心したが、すぐに表情が険しくなる。それじゃあ今の悲鳴は一体誰なのか。
「汐里はここに残って。鈴木、探しに行こう」
誰かが何かを言う前に遥がそう声をかけて返事も聞かずに飛び出していた。園内に自分たち以外の誰かがいるのは間違いない。それならもうここからはスピード勝負だ、悲鳴をあげたやつを逃すわけにはいかない。このメンバーの中で足が速いのはおそらく一番は鈴木、二番目は遥だ。




