1 変わり果てた戸部
「いないもんはいないから、みんなのところに戻ろう」
「でも、だって」
「どう見たって誰もいないでしょ。森に囲まれてるけど探したいの」
周囲には寂れたアスファルトが広がってさらにその周りを鬱蒼と生い茂る木々が囲んでいる。手入れをされていない木は伸び放題となっていてその中をバスや人を探す気はあまり起きない。
「手がかりを見つけていくと実は別の場所にゴールがあるのかもしれないじゃん。とりあえず戻ろう」
ひどく動揺している恵麻を注意深く観察しながら遥は歩き出した。恵麻もそのあとに続く。その時だった。
女の悲鳴が聞こえた。その声に二人は顔を見合わせ声のした方へと急ぐ。恵麻は走れないので早歩きをしているがそれでもかなり遅い。置いていくわけにもいかず恵麻のペースに合わせてゆっくり走っていると熊の檻の前に三人がぼう然と立ち尽くしていた。汐里は尻餅をついてしまっている。さっきの悲鳴は汐里だろう。
「どうしたの」
遥の声に汐里たちがびくりと体を震わせゆっくりと振り返った。その顔は恐怖で引きつっている。あまり表情が動くこともなかった鈴木でさえ顔が強張っていた。
誰も返事をしないので遥は駆け寄って檻の中を見る。
そこには、頭がない戸部の服を着た体が転がっていた。うつ伏せだが腹から出ているのは生で見るのは初めてな人間の内臓だ。檻の中はペンキをぶちまけたかのように真っ赤に染まっている。
目の前の光景が理解できず遥も固まった。頭はないが、あれは戸部だ。
戸部。それを理解し認識するのに数秒かかった。
遅れてきた恵麻は檻の中を見て数秒ほど固まった後悲鳴をあげた。その悲鳴にハッとして恵麻を檻から離す。恋人の無残になった姿などを見せるものではなかった。そして彼女は妊娠していることへの不安に押しつぶされそうになっているのだ、妊娠初期は大きなストレスを与えるべきではない。流産してしまう。
つわりと凄まじい光景を見てしまったことにより恵麻はその場で嘔吐した。遥は震える手でカバンからティッシュを取り出して恵麻に渡す。
「なにこれ、何これ」
パニックになってきている汐里の言葉に返す者はいない。これが何なのかなど見てわかるし、理解したくない。
全員が檻の中を見ないようにしてやっとの思いでその場から離れる。恋人を失った恵麻と好きな人が死んでしまった汐里。二人の精神的ダメージはかなり大きい。
「一応確認なんだけど、さっきの間違いないんだよな!?」
混乱した様子で東馬がそう言えば鈴木は静かに答えた。
「当たり前だろ」
「おかしいよ、なんでこんなことに。どうなってるんだよ!」
半狂乱になった様子で東馬が恵麻に向かって叫ぶ。今回の企画を考えイベントに申し込みをしたのが恵麻だからだろう。
東馬の叫びに負けないくらい大きな声で半分悲鳴のような状態で恵麻が叫んだ。
「そんなの私が知るわけないでしょ!?」
普段怒る姿など見せたことのない恵麻の本気の怒鳴り声に東馬はもちろん汐里も大きく体を震わせる。
「こんな、こんなことがイベントの演出なわけないでしょ! 人が死ぬようなイベントに私がみんなを誘ったって言いたいの!?」
「ちが……」
「違うのはみんなわかってるから、落ち着けよ」
わずかに怯んでしまった東馬に代わり鈴木がそう言うと肩で息をしながら恵麻はようやく叫ぶのをやめた。
全員の思考が麻痺している。さっきまで普通に話していた友達が死体となって檻の中に転がっている。それも頭がなく内臓が出るという凄惨な光景だ。
「け、警察」
汐里が震えながらようやくその一言だけ発することができた。そうしたいのだが誰も電話を持っていない。田畑に預けたままだ。
「スタッフのおっさんは?」
「いなかった。バスもなくて、誰もいなくなってた」
今自分たちはここがどこかもわからず、助けを呼ぶこともできず、助けを求めて行動することもできない。すぐ近くで友達が凄惨な死に方をしていて、なぜそんな死に方をしているのかもわからなくて、明らかに他殺と思われるが犯人はわかっていない。あまりにも多すぎる情報に誰もが混乱していた。
少しの間沈黙がおりたが、ようやく落ち着きを取り戻したらしい恵麻が涙目で顔を上げた。
「さっきは怒鳴ってごめん」
東馬に向かって小さな声でそう言った。東馬は一瞬ポカンとしていたが自分に言われたのだと気づき慌てて言う。
「いや、俺こそごめん。何が何だか分かんなくなっちゃって」
「頭がこんがらがってるからちょっと状況整理したいんだけど」
恵麻の言葉に全員が小さくうなずいた。
「時系列で整理していこう。まずは汐里たちが最初にスタートしたんだよね」
何が起きたかを順番に上げていこうとした恵麻だったが、すかさず遥が口を挟んだ。
「そこじゃないでしょ。まずこのイベントは何なのか、どうやって申し込みしたのかとか恵麻の話からじゃない。私たち本当に何も知らない状態で事前情報何もなかったんだよ。恵麻はどこでこのイベント見つけたの」
遥がそう聞くと恵麻はわずかに目を泳がせる。それに気づいたのはおそらく遥だけだ。
――やっぱり、何か隠してる。
そう確信する。そしてそれは今言いづらいことなのだ。




