4 汐里と合流、戸部がいない
「一回入り口に戻ろう。これ、場合によってはほんとに警察に通報したほうがいいかもしれないよ」
もはやイベントがどうのと言っている場合ではない。イベント会社がやったのか、全く関係ない者がやったのか知らないが、これは明らかな動物虐待だ。状況考えればイベントのスタッフがやったとしか思えない。
最短で入り口に戻るには来た道、つまりショートカットした場所を戻るしかない。走り出そうとした時、またあの動物の鳴き声の放送が鳴り響いた。そしてそれほど遠くない所から、きゃあ、と女の悲鳴も聞こえる。
「汐里?」
甲高い悲鳴といっても声には聞き覚えがある。遥は声が聞こえた方に一直線に走っていくとそこには耳をふさいでうずくまる汐里がいた。
肩に手を置くと飛び跳ねる勢いでびくりと体を震わせ慌てて見上げる。そして遥の顔を見てほっとしたように耳を押さえていた手を放した。
「遥」
「戸部はどうしたの」
この場にいるのは汐里だけだ。周囲を見渡してみても戸部の姿が見当たらない。
「あ、はぐれちゃったみたいで」
「はぐれた? なんでよ」
二人一緒に行動していて、はぐれなどありえるのだろうか。鈴木も汐里の言葉に何言ってるんだというような顔をする。
「途中までは一緒だったんだよ。でもサバンナエリアでヒントみたいのを見つけて。檻の中に入らないと見えないんだけど、私怖くて入れなくて。そしたら戸部くんがちょっと見てくるよって。待ってたんだけどいつまで待っても全然帰ってこなくて。今声かけながら探してたところ」
「檻の中は探したの」
「え、見てない。檻の中に入ってきてないし声かけても返事なかったから」
汐里の返事に遥は内心ため息をつきたい気分だった。怖かったから入らなかったのだろう。
「もしかしたら檻に行く途中で滑って転んで痛くて声出なかっただけかもしれないじゃん」
遥の言葉に汐里は目を見開いてさっと血の気の引いた顔をした。
「私、置いて来ちゃったかもしれないってこと」
「早く行くよ」
ここで「なんで中に入って確認しなかったんだ」など言ったら汐里は落ち込んでしまう。一度落ち込むと浮上するのに少し時間がかかるので、遥はなるべく次の行動に移すようにしている。
鈴木も黙ってついてきてくれた。何か言いたそうな顔はしているが。なんとなくだが、鈴木は汐里のようなタイプが好きではないのだろうなと思う。
霊長類エリアを逆戻りする形で行けばすぐにサバンナエリアとなる。そこにつくと汐里が先行する形で一つの檻に近づいた。
「何の動物の檻?」
「それがわからないの。動物の名前の板、黒く塗りつぶされてるから。だから何かヒントがあるんじゃないかって」
見れば確かに不自然に名前が塗りつぶされている。かなり大きな檻なので大型の動物がいたのであろうということがわかる。サバンナということを考えればシマウマか、ライオンあたりだろう。
「とりあえず中見てくる」
鈴木がそう言うと一人だけで檻の外側から回り込んで行ってしまった。残された汐里はバツが悪そうだ。
「ごめんね、迷惑かけて」
「迷惑なんて思ってないよ。一応緊急事態なんだからしょうがないんじゃない」
「でも、鈴木君ちょっと機嫌悪そうだったから」
「アイツはもともとあんな感じじゃん」
内向的な汐里は他人の顔色をうかがう癖がある。遥のように観察力が鋭いというよりは、もしかして気を悪くしたのではないかというマイナス思考だが。
なんとなく空気が重くなってしまったので別の話題にする。果たして戸部に関する話題は地雷になるか否か、と遥の中でも賭けだ。
「戸部とはちゃんと話せた?」
その問いかけに汐里はうん、と嬉しそうに頷いた。
「結構いろいろ話せたと思うよ、イベントの事とか夏休みの事とか」
「頑張ったじゃん」
「うん、勇気出してよかっ……」
汐里が話している途中だった。
くすくすくす。
どこからか、明らかに人の笑い声が聞こえた。それははっきりと二人に聞こえ、汐里は大きく体を震わせて黙り込んでしまう。遥は明かりを照らしながらざっと周囲を見渡したが、人らしき姿は見えない。
今の声スピーカーの音が聞こえたのではなく明らかにすぐ近くに誰か人がいるかのような近さだった。笑い声からは男なのか女なのかよくわからない。どちらかと言えば男だろうか、という感じだ。
「びっくりしたあ」
若干ひきつった表情と上擦った声がかなり怯えていることを示している。汐里は肝試しの演出か何かだと思っているようだ。普通に考えればそれは当たり前のことなのだが、遥には猜疑心のようなものが芽生え始めている。




