2 殺された動物
異常なのはその死骸の様子だ。死んでまだ間もないらしく血の跡が生々しい。詳しく確認する気はないがこれは作り物ではなく明らかに本物の動物の死骸だ。
まるで車に撥ねられたかのように内臓が飛び出してしまっている。そしてその近くにはカラスの死骸まで転がっていた。
「イベントなんだからこんなもの転がしとかないでほしいんだけど」
不愉快そうにそう言った遥とは対照的に鈴木が初めて表情を変えた。眉間にしわを寄せ不愉快と言うよりも不審感をあらわにした表情だ。
「死に方おかしいだろこれ。なんでこんなスプラッタに死んでるんだよ」
「なんだって。そういえばなんでだろう。まさかと思うけどイベント用に用意されたわけじゃないよね」
「もしそうなら俺たちは警察に通報する義務があると思うぞ。絶対に違う。こんな環境だからタヌキはいてもいいけど、何に食い殺されたんだこれ」
食い殺された。先程のプロジェクションマッピングの映像をなんとなく思い出してしまう。確かに食い荒らされたらこんな感じなのだろうか。
「カラスはタヌキの死骸を求めて地面にきたけど同じ理由で殺されたってこと」
「そう考えるのが普通じゃん。まさかタヌキとカラスが取っ組み合いのデスマッチしたわけじゃないだろ。イベント開始する前からちょっと思ってたんだけど、このイベントちょっとおかしくないか」
自分と同じことを考えていたとは思っていなかったので、遥は驚いた。皆普通に盛り上がっていたので鈴木も楽しんでいるのかと思っていた。
「詳細は始まってからのお楽しみって言うコンセプトなのかもしれないけど、普通もうちょっと注意事項とかあるだろ。スマホも取り上げるし、ここがどこだかわからないし、俺たち何もできないしどこにも連絡できないじゃん。こんなもん見せられて気分がいいわけない。肝試しとはまた別で、薄気味悪いとかじゃなくて、普通に気持ち悪い」
始まってまだ十分ほどしか経っていないだろう。そろそろ次のペアがスタートしている頃だ。それしか時間が経っていないのに違和感が多すぎる。それは遥も感じていたことだ。
「なんかノリと勢いで始まっちゃったけど。このイベントって時間制限とかねえのかな。俺たちからスタッフに連絡とりたい時ってどうすればいいんだ」
「入り口に行くしかないんじゃない。監視カメラとかスタッフの人は見てるだろうから、明らかな異常があれば駆けつけてくれると思うけど。クレームつけに入り口に行く?」
「……いや、あと一回何かあったらギブアップする。それまでは一応続ける」
動物の死骸を横目で見ながらあまり腑に落ちてはいない様子で鈴木はそう言った。
「続けるんだ」
「三組目、東馬と坂下だろ。邪魔したら後で東馬がギャーギャーうるせえから」
「あ、そういうことなんだ」
まさか東馬が恵麻に片思いしているとは知らなかった。別に興味もなかったが。
「じゃあ鈴木って私と一緒で付き合わされた組か」
「そっちは竹本に付き合わされたのか。いちいち他人巻き込まないで本人たち同士で話してりゃいいのに」
舌打ちでもしそうな少しイラついた様子だ。他人の恋愛ごとに巻き込まれてうんざりしている様子がよくわかる。
「私は応援してないけど協力をしようと思ったから参加したんだよ。そっちはイヤイヤ来たわけ」
「あいつの気まぐれに昔からこんな感じで付き合わされてるんだよ。俺とあいつが仲の良いお友達に見えてたか」
「どっちかって言うと鈴木は結構いろんなことに無関心かなと思ってた」
仲良しグループといっても戸部を中心に同じくリーダー格のような恵麻がいて、戸部にくっつく形で汐里がいて、自分も混ぜてくれと東馬がいる。遥と鈴木はどちらかと言えば一歩引いたところからたまに口を挟む位だった。みんなとの会話に積極的に参加もしていない。
「なんで一緒にいるわけ」
「俺の父親が働いてる会社の社長があいつの父親。これだけ言えば通じるだろ」
それ以上は突っ込むなと言う気迫が伝わってくる。遥も自分からこの話題を広げるつもりはなかった。東馬にとって鈴木は友達とカースト下位の中間のような存在なのだ。別にいじめがあるわけではないと思うが、鈴木のこの態度を見ていると自分の言うことを何でも聞いてくれる便利なやつという認識なのかもしれない。別に鈴木に同情はしないし、本人がこの話題を嫌っているのならこれ以上この話をするつもりはない。
「まあいいや。じゃあ続けるよ」
手がかりでも探そうとしたが、ふと動物の死骸を見ておかしなことに気づく。タヌキの頭の方にカラスが三羽。バラバラに転がっているように見えていたが、見方によっては規則性がある。
「ねえ、これ、もしかして矢印?」
遥が指をさして言うと、鈴木が同じ方向から死骸を見る。
「確かにそう見えなくもない、か?」
「あっちって霊長類コーナーでしょ」
「覚えたんだ、すげー」
園内図を見ずにどこに何があるか言い当てた遥に鈴木は感心したように言った。
「まさかこれマジでイベントの小道具なのかよ、胸糞わりぃな」
「よくできた偽物、ってことにしておこうか今は」
ため息と共にそう言うと、どこからかギエッギエッという動物の鳴き声が大音量で鳴り響いた。おそらく園内放送などに使うスピーカーから流れた音声だろうが、怖さよりも不気味さが際立つ。
何故なら、威嚇している声なのかもしれないが鳴き声の抑揚の付け方が、なんだか笑い声のように聞こえたからだ。




