1 手がかりの発見
「映像の中でも飼育員が外見て何か気がついたな。外で何か重要なことがあって、その後に熊が襲いかかってきた。普通に考えたら掃除中は動物を他の檻に移してるはずだから入ってくること自体がありえない。今映った影も何か重大なヒントってことか」
言われてみれば確かにそうだ。飼育員は掃除をしている時外に何か気がついた。首をかしげていたので何か不思議なものを見たのだろう。
「でもさ、もし見たのがさっきの影だとしてもちょっとこの事故とは関連性がわからなくない?」
「ショートカットでここまで来たけど、ぐるっと回ってれば何かヒントがあったのかもな。まあいいよ、また探しに行けば」
猫背の人間がいたとしても別に何も不思議な光景ではない。飼育員が首をかしげたのなら外に動物がいたとかだろうか。
――そしたら首をかしげてないで動物が脱走したと慌てるはずか。
これだけではまだ何もわからない。もっと他に手がかりが欲しい。
「ダッシュで戻ってもう一回手がかり探しに行くか」
「ちょっと待って、ここもちょっと調べたい」
プロジェクションマッピングは消えたが一応中は明るめだ。遥は爪の跡や血の状態を細かく調べ始めた。
「具体的に何探してんの」
「何っていうのはないんだけど。最初も言ってたけどさ、コンセプトは新種の動物による怪事件でしょ。なんで隔離されてたはずの熊がこっちに入ってきたのか、餌をもらってるはずの熊がなんで冬眠明けの熊みたいにすごい食い散らかし方したのか、気になるじゃん」
「冬眠明けか、確かにそうだよな」
動物が突然野生の本能に目覚め飼育員を襲う事故は全国の動物園でも発生している。それ自体はおかしなことではない。だが、遥が今言ったように若干不自然なことが多い。
ツキノワグマも確かに人を襲う。しかしそれは子育てをしていたり、縄張りに入っている敵を排除しようとした時だ。獰猛な性格なのはむしろヒグマの方で、ツキノワグマは警戒心が強く追い払われるだけで逃げ出していくようなものが多いはずだ。
熊に飼育員が襲われたという事以外にも何かおかしなことがないか調べておきたかった。汚いのであまり直接は触りたくない。足で物を蹴飛ばしながら隅々まで見ていると。
「何かある」
しゃがみ込んで明かりを当ててよく見ると。
「毛だ」
大した量ではないが一房毛が落ちている。人差し指と親指でつまめる位の微量なもの。そしてそれは赤茶色をしていた。
「何の毛だろ。動物の毛にしてはだいぶ細い、人間の髪の毛よりもちょっと太いけど」
「赤茶ならツキノワグマのじゃないな。大体掃除してたのに他の動物の毛が落ちてるとかあるか」
これも何かの手がかりなのだろうか。遥はそうとう物を蹴飛ばしてようやく見つけた。今更だがレイアウトを勝手に変えてしまったことになる。後で怒られなければいいなと思いながら、毛をそのままポケットに入れた。
「マジ?」
もっていくのかと暗に鈴木に問われ遥は静かに答える。
「今なんとなく思ったんだけど。新種の動物って言われてたやつの毛かなって。証拠っていうか比較するためにもらってもいいでしょ別に。私が見つけたんだから私の特権」
「そういやそうか。何を材料に新種の動物だって説明するかにもよるかな」
鈴木の言う事を半分聞いていないような状態で遥は考える。子供の時に見た名前のわからない動物。あの時見たあの動物、全体的に赤茶っぽかった気がした。
「もしもこの毛が新種の動物の毛だったとして。何でここにあるんだろう。自由に移動してたとか?」
「さすがにそれはないだろ。亀だったらまだしも、動物は固有の病気も持ってるし放し飼いにはしねえんじゃね?」
「そっか、そうだね」
それならなぜ別の動物の毛と思われるものがここにあるのかという話になる。先程の影の件もあるし謎の生物がこの辺に来ていたというのを表しているのだと思う。新種の動物が脱走していたというストーリーなのだろうか。廃園になる前に逃げ出していたと言っていたし新種の生物の檻は見つかっていない。それもまた探さなければいけない。
「とりあえずさ、このエリア探してみようよ。新種の動物だって言うなら多分日本で見つかったんでしょ。だったら日本エリアに檻があるはず」
「じゃ、ひとまずエリア一周な」
懐中電灯であたりを照らしながらそれらしい檻がないか探しながら歩いていると、地面に何か転がっているのが見える。近寄って明かりを照らした遥は顔を顰めた。
「何これ」
足元に動物の死骸を見つけた。あまりまじまじと見たくはないがそれでも確認するとどうやらタヌキか何かのようだ。猫よりも大きく犬よりは小さい。




