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よくできた”妻”でして  作者: 真鳥カノ
ひと月過ぎて
5/19

変わったような、変わらないような、日々

『朝ですよ。起きてください』


 声と共に、寝室のカーテンが開く。

 晴れた日の眩しい陽光が、瞼を通して突き刺さる。


『朝ですよ。次のアラームで最後ですよ。起きてください』

「……はいはい」


 壁時計を見ると、6時半を指していた。いつもながら、時間ピッタリの起こし方だ。

 俺はどうにも寝起きが悪く、起こしてくれた時間通りにベッドから出たことがない。何度も何度もスヌーズ機能を設定し、5~6回目ぐらいでようやく目覚める事が出来る。この声も、きっとそれを見越して何度も仕掛けられていたのだろう。


 のそのそと起き出して居間へ行くと、既にテレビがついていた。朝の情報番組が映っていて、ソファには今朝の新聞が置いてある。


 新聞を手に取り、ぼんやりテレビを眺めていると、ダイニングテーブルの方で何か音がした。


『コーヒーが入りましたよ』

「ああ」


 ”妻”の声がする。振り返ると、ダイニングテーブルの上で、俺用のマグカップが湯気を上らせていた。

 俺は座り心地のいいソファから抜け出して、木製のダイニングチェアに座り直した。そのままコーヒー片手に、新聞の一面に目を通す。


 ソファに座っていると、また眠ってしまうので、起きた後はこちらの椅子に座ることにしていた。最初からダイニングチェアに座ればいいのだが、一度立ち上がって座り直すという動作が覚醒につながりやすいので、毎朝繰り返していた。


 だから”妻”も、新聞はソファに、コーヒーのカップはダイニングテーブルの方に置く。

 そう設定(・・)したのだ。


 1ヶ月経ち、ようやくこの生活にも慣れてきた。

 妻がいない。代わりに――


『はい、朝ごはんですよー』

「……いただきます」


このように、”妻”の声だけが家の中に響く、この生活に。


 目の前のテーブルには、茶碗によそった白飯と味噌汁と浅漬け、それに厚焼き玉子が2本分載っていた。焼き魚や肉より、妻の厚焼き玉子が一番美味しかった。だから朝食にはいつもそれをリクエストしていた。正直、毎日食べても飽きない。


 皿をテーブルまで運んできた木製の台はカタカタと音を立てて台所まで帰っていき、流し台では、天井から下がっているアームの先端にスポンジが取りつけられ、器用に上下して卵焼きを焼いたフライパンを洗っている。


 それらすべてが、天井や壁を伝うレールやワイヤーによって動き回っている。アームや卵や麺棒などが縦横無尽に室内をコロコロと動き、別の仕組みを動かす。

 そして最終的に、俺の生活に欠かせない朝食やらコーヒーやらに化けてテーブルに載るのだ。


 こんな絡繰り装置を、どこかのテレビ番組で見たことがあったな、などとぼんやり考えた。


『そろそろ時間ですよー』


 のんびりとした俺の思考に、再び”妻”が割り込んだ。


 視界に何とも無機質なスケジュール表が提示された。タブレット端末に入っているスケジュール管理ソフトだ。


 結婚前にお互いのことをお互いにきちんと明示しようと言っていた。それが結婚後も続き、今はスケジュール共有ソフトを使って、毎日確認していた。

 長期間、夫婦生活を営めない夫婦だったのだ。これくらいは――と思っていたが、まさかこんな形に化けるとは思わなかった。


 俺は”妻”の声に急き立てられるようにコーヒーを飲み干し、空の皿を置いて席を立った。


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