237話 ホロッホの卵、クラッタの卵 2
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今夜も賑やかなホロッホ亭は冒険者や兵士などが集まり、日頃の疲れを忘れるかのように笑いあう。そんなホロッホ亭ではめずらしく、不満そうな顔をした者達がいる。
「流石にこれは納得できないっすよね!」
グッとエールを飲んだバートから出た言葉に、近くにいた者達も同意するような表情だ。
そう、不満を持っているのはバートだけではない。
冒険者ギルドのセドリック、店主のアメリア、そしてたまたま居合わせたジョージも今回の教会のやり方には思うことがあるのだろう。
アメリアが力強く頷く。
「まったくだよ。せっかくマルティアの街でも卵が手に入りやすくなるって話だったのにさ。ホロッホの卵はお偉いさん、クラッタの卵はあたしらに回してくれたっていいじゃないか!」
ホロッホの家畜化によってその卵を貴族達が求めるようになった。その結果、クラッタの卵の価格が下がり、街の人々にも広がっていく。
そう思われていたのだが、なぜか教会がそれを買い集めているとの情報がマルティアには広まっている。
商売をするアメリアの憤りも当然のものだ。
「おそらくは、気に入らねぇんだろうな。庶民の口に卵が入るのがよ」
「そんな理由で買い占めるんすか!? いくら値段が下がったからってそれなりの値がするんすよ?」
ジョージの言葉にバートもアメリアも困惑した様子で首をかしげる。
二人としては、そこまでする理由としては十分なものだとは思えないのだ。
しかし、ジョージは首を振る。
「教会は今までも貴族からの寄付で卵を渡されていたんだ。それが庶民の手にも渡る――それが気に入らねぇのよ」
「そんなもんかねぇ」
アメリアとしてはわざわざそんな意地のために、労力や金を使う理由がわからないのだ。
一方、バートはあきれた表情を浮かべつつ、理解したようだ。
苛立ったように赤茶の髪を書く。
「あれっすね、選民思考ってやつっすね。でも、このままじゃ下がった値段も上がっちまうんじゃないっすかね?」
「そうだよ! そこが一番の問題じゃないか!」
アメリアが大声をあげ、抗議するようにジョージを見るが、彼としてもどうすることもできないのだ。面倒くさそうに頬を掻く。
「まぁ、そうなる可能性もあるな。商売っていうのはそういうもんだ。値段こそ下がってきたが、まだまだ卵は特別だろう。それを買い占める奴が出てくることも想定できた。まぁ、生鮮食品だから保存が利かないのがまだマシだな」
「え、じゃあ、この状態ってまだ続くんすか?」
「食事は卵以外にもある。商人としても教会相手に対立するのは面倒だろ?」
価値がある物を買い占める動きは商売ではつきものである。
そのうえ、その相手が教会とあれば、事を荒立てたくないと思う商人も少なくはないだろう。教会による買い占めで、クラッタの卵を売る商人達が不利益を被るわけでもないのだ。
一部の料理店などは不満に思うだろうが、彼らも教会を相手にする気はないはずだ。
「まぁ、いつまでも続くことじゃねぇだろうしな。そのうち、ホロッホの卵でも街で売られるようになりゃ、クラッタの卵に教会の関心は向かなくなる。気長に待つしかねぇだろ」
「確かにそうなんすけど……」
ジョージの言葉に同意するバートだが、その表情は不満がありありと見える。
「けど? なんだ?」
「……なんでもないっす」
ジョージの推察はおそらく正しい。
庶民に卵が渡るのを教会が不快に思うのであれば、ホロッホの卵の普及と共に関心もそちらへと向かうはずだ。クラッタの卵の買い占めは一時的であろう。
そうとわかっていても、バートもアメリアも感情的に納得は出来ないのだ。
むっとした表情を浮かべる二人に、肩を竦めるジョージであった。
「……納得できないです」
「そうっすよねぇ! オレもそう思うんす!」
恵真の言葉にバートは強く同意する。
昼食時間を過ぎ、一段落した喫茶エニシでの会話は教会によるクラッタの卵買い占め問題だ。
恵真は商業者ギルドのレジーナから、バートは昨晩、ジョージからその話を聞いている。商売には付き物だというレジーナとジョージだが、感情的に納得できるものではない。
普段、穏やかな恵真としてはめずらしく憤る様子をみせる。
「――しかし、教会の動きを止めるのは難しいのも事実です」
「そうなんすよねぇ……。なー! だから腹が立つんすよ!」
冷静なリアムの言葉にバートは赤茶の髪をわしゃわしゃと掻く。
アッシャーとテオは、大人達の会話を聞きながら、もぐもぐと口を動かす。
今日の昼食はパンと鶏むね肉のピカタ、そしてミネストローネだ。
卵やルイスのことを恵真が考えていたせいか、今日の喫茶エニシのメニューはミネストローネである。
「お肉も豆も入ってておいしいね」
「うん。体に良さそうだよな」
「パンをつけて、しみしみにできるし!」
野菜や肉の旨味がぎゅっと出たスープがしみ込んだパンを、テオが嬉しそうに口に運ぶ。口元についた汚れを兄のアッシャーがハンカチで拭う。
そんな様子を見て、恵真達の口元には自然と笑みが浮かぶ。
「――ルイスさんとの出会いは私にとっても大事なことだったんだと思います」
「へ? ルイスにとってじゃなく、トーノ様にとって……なんすか?」
バートの言葉に恵真は頷く。
自分やその息子には肉を食べる資格がないというのか――そう怒りをぶつけたルイスの想いに初めは恵真も気付くことが出来なかった。
リアムやバートがこちらの文化や価値観を恵真に教えてくれたことで、ルイスの置かれた状況を理解できたのだ。
豆が肉の代用品になると伝えた恵真だが、食事は健康のためだけではない。
「食事を口にする喜びや楽しみ、健康と同時にそれも食べることの意味だと思うんです。私自身、喫茶エニシに来た皆さんが美味しいと言ってくれるのが嬉しいですし」
恵真の言葉にリアムも口を開く。
「自分の力だけでは手に入れられなかったものを、ルイスは今、多くの人に行き渡るように働きかけているのでしょう。ホロッホの卵の普及は食文化の大きな変化になり得ます」
恵真とリアムのやり取りを聞くバートは今度は眉尻を下げる。
彼の前にはいつもの通り、紅茶のカップとハチミツ入れがあるのだが、今日はあまり食が進まないようだ。
「それがこのままじゃ、一般の人に行き渡るのがどんどん先送りになっちまうじゃないっすか……。トーノ様やルイスの努力があるんすよ? ……やるせないっすね」
どうやら、バートが憤っていた理由には恵真やルイスへの気遣いがあったようだ。
恵真とリアムは視線を交わし、アッシャーとテオもくすくすと笑う。
そんな周囲の様子に気付いたバートはまた赤茶の髪を掻くと、紅茶を口にした。
気を取り直した恵真は、皆にも何か気分を変えるような軽食をと冷蔵庫を開く。
目に入ったのはラディッシュやチーズ、牛乳、そして先日買った卵などだ。
恵真の世界では当たり前のように買える卵だが、こちらの世界ではそうはいかない。
「……携帯食にはバジルを使ってるんだよね」
新たな携帯食の開発は恵真の世界から来たバジルを使っている。
バジルの種や苗は薬師ギルドのサイモンとステファンが、生育し、マルティアで普及できるよう努めているのだ。
同じことが他の食材でもできるのであろうか――そんな考えが恵真の頭に浮かび、離れないのであった。
書き始めてから約3年になります。
システムもわからず、上手く更新できなかったりとバタバタでした。
読んでくださる方がいて、更新してこられました。
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