229話 女領主ハリントン伯爵 3
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「それは大変ね……。今は冬だし、柑橘類ならマルティアでも手に入るのかしら?」
夕食後、恵真から現状を聞いた瑠璃子は心配そうに呟いた。
そんな祖母の言葉に食器を片付け終えた恵真がソファーに座りながら、微笑む。
「トルートとかルルカの実とか、マルティア特産の果物ならどうにか入手できるみたいなの。使う予定の果実が半分になったから、それ以外の部分でカバーするって」
「そうよね。料理をするにもまず材料が必要だもの」
瑠璃子の心配はもっともである。そもそも、冬であるこの時期は食材が揃いにくいのだ。そのなかで、果実を一定数集めるのもなかなかに苦労したことだろう。
その半分が使えなくなったのだから、レジーナの心労も相当なものだと推測される。そこで、今日リアムから話を聞いた恵真は、ある提案をレジーナに伝えてもらっているのだ。
「実は私のほうで一品レシピを提供させてもらえないかって相談してみたの。明日、ここに来てその味を確かめてもらう予定なの」
「恵真ちゃんが? あ! こっちの果実を使うのね。そのレシピをレジーナちゃんに渡すっていうこと?」
恵真の住むこちらの世界では、冬でも果物は手に入る。
輸入品や温室栽培などのおかげで、様々な果物があるのだ。
それをレジーナに融通することで、今回の事態を恵真は乗り越えるのではと瑠璃子は考えたのだ。
しかし、恵真は祖母の言葉に首を横に振る。
「うーん、それも考えたんだけど、地元の物やマルティア周辺で収穫できるものでもてなすことで領地を知ってもらえたほうがいいのかなって」
「そうよね、料理を食べてもらうだけじゃなく、マルティアを知ってもらうことが重要なテーマになってくるわよね。もう、貴族って大変ね!」
祖母の言葉に恵真はくすくすと笑いだしてしまう。
恵真やレジーナの負担を気にしているのだろうが、貴族への八つ当たりに近い。
そんな祖母は気持ちを切りかえるように、パンと手を打つ。
「あ! そうだわ。今日ね、お隣の梅ちゃんに美味しいりんごを貰ったのよ。食べましょ、今切ってくるわ」
「ありがとう。おばあちゃん」
ぱたぱたとキッチンに向かった祖母の背中を見た恵真は、少し考え込む。
レジーナに試食してもらう予定の料理は既に恵真の中で決めてある。
だが、恵真はそれ以外にも何か良い案はないかとまだ頭を悩ませる。
マルティアの果物であるトルートやルルカの実、そして半分は潰れてしまった果実。今日、リアムに聞いた話では客人の中には果物を好む人がいるとのこと。
果物を使い、華やかさを出すには少々心もとないのではと思えるのだ。
眉間に皺を寄せはじめた恵真の前に、皿が差し出される――上に乗るのは祖母の瑠璃子が切ってくれたりんごだ。
「もう、そんなに考えこんじゃうと眉間に皺が入っちゃうわよ。少し気持ちを他に向けたほうがいいわ」
だが、恵真の視線は皿のりんごにくぎ付けになる。
真っ赤なりんごは瑞々しく美味しそうであるが、恵真が気になったのはその切り方だ。
「りんご……うさぎの形に切ってある……」
「そうなのよ。恵真ちゃんが小さい頃はこうしてうさぎの形にしたものよね。なんだか懐かしくなっちゃって……ふふ、もう大人なのにねぇ」
赤い皮を耳に見立てたその切り方は愛らしい。
子どもの頃は祖母も母もこうして切ってくれたものだと懐かしく思う恵真は、りんごに伸ばした手をぴたりと止める。
りんごの皮をうさぎの形に切る――なにかの形で今回の会食に応用できると恵真は思いついたのだ。
「うん! これ、いいかも!」
「え? うさぎ? そんなにうさぎの形に切ったのが嬉しかったの? 懐かしいわよねぇ、恵真ちゃんは昔からよく食べて眠る子だったわ。そういえば――」
うさぎの形に切ったりんごから、なぜか瑠璃子は幼い日の恵真の思い出話をし始める。少々気恥ずかしい恵真だが、そのまま瑠璃子の話に耳を傾ける。
りんごをしゃくっと齧ると瑞々しい果汁が広がっていく。
果実を使った今回の料理、そして今思い浮かんだ案は気に入ってもらえるだろうかと思う恵真の隣で、瑠璃子は楽しそうに思い出話を続けるのだった。
*****
「先日の果実を使ってジャムを作ったんです。それを使って試作品を作ってみました。どうぞ、味を確認してください」
喫茶エニシに訪れたレジーナの表情からは血の気が引いていく。
目の前に置かれた菓子は確かに見事なものだ。
このまま、会食の席に置いても皆の注目を集めることだろう。
しかし、そのジャムは恵真の持つ魔道具で保存をお願いしていた果実。多くは潰れてしまっていたが、そのまま喫茶エニシの魔道具で預かってもらっていたはずなのだ。それを使ってジャムにしたということは、当日に出す果実がなくなってしまう。
「え……? あの果実を使ってこんな菓子を作ったの? でも、あのとき残った果実は保存をお願いしたはずで……え? 使ってしまったの!?」
「いえ! 違います! えっと、これはあの日、潰れてしまった果実を使ってジャムにしたケーキです! こんなふうに、果実をケーキにすると限られた量でも楽しめるんじゃないかと思ったんです」
恵真の言葉にレジーナは再び驚く。どうやら、恵真は潰れてしまった果実を有効利用しようとジャムにしたらしい。
確かに木箱の中で潰れてしまっただけで、食べられないわけではない。
すっかり、潰れた果実は廃棄されたと思い込んでいたレジーナは、安堵のため息を溢す。
「……ごめんなさい。焦って失礼なことを言ってしまったわ」
恵真が作ったというその菓子はシンプルだが、美しいケーキだ。スポンジ生地に挟まれた果実のジャム、そのうえにかけられた白砂糖。シンプルな見た目だが、上品である。
この菓子が食卓にあることで、ぐっと華やかになることが想像できる。
そのレシピを恵真は提供してくれるというのだ。レジーナとしては感謝しかない。
「いえ、試食していただけますか? あ、アッシャー君とテオ君の分もあるからね!」
「…………これ、凄いね!」
「うん。同じ果物なのに、皮や実の切り方で印象がガラッと変わるんだな」
恵真が話しかけるが、アッシャーとテオはキッチンでしげしげと何かを見ている。
そんな二人の視線の先に自然とレジーナも目を向けた。
「――これは……!」
「あ、気づいていただけましたか? これ、飾り切りっていうんです。試しに、家にあったりんごでやってみたんですよ。初めてだったので、少し苦戦しちゃいました」
そう笑う恵真だが、レジーナは無言でりんごを見つめる。
皮を剥くのは果物を食べるとき、そう考えているレジーナの価値観では思いつかなかったであろう。
飾り切りという技法を使ったりんごは赤と果肉の白の対比が美しい。
トルートなど柑橘類でも応用できるのだろうか。そう思ったレジーナに気付いた恵真が微笑む。
「私の国でもすだち……、他の柑橘類を飾り切りにしたりしますよ。皮が厚かったり、表面がつるっとしていない果物だったら、実の部分を重ねあわせて花に見立てたりもできると思います」
「……この技法を教えてもらうことはできる? もちろん、ギルドを通じてお礼を――」
だが、レジーナの言葉に恵真の表情は曇る。
それを見たレジーナは視線を下げた。
冷蔵庫で果実を保存してもらい、その果実を使ったケーキのレシピも恵真は提供してくれるというのだ。流石に世話になりすぎだろうとレジーナは内心で反省をする。
あくまでこれは商業者ギルド長であるレジーナの問題、恵真はもちろん、リアムやセドリック達も親身になってくれるが、それに甘えてはいけない。
そう思い、自身を省みはじめたレジーナに恵真の声が届く。
「うーん。教えるというほど、私の中で技術が確立されていないというか……昨日、本や動画で見よう見まねでしたものなので。あ! でも、このりんごの話を伝えるだけで、料理人の方ならできると思いますよ! なんていったって専門家ですから」
「あなたって人は――いえ、ありがたくこのことを先方にお伝えするわ。……ケーキも頂いていいかしら?」
「えぇ、もちろんです! アッシャー君、テオ君も座って。ケーキの味を二人も確認してもらえるかな」
レジーナの言葉に恵真は相好を崩して、アッシャーやテオを呼びよせる。
ケーキ用のナイフでスッと切られたケーキは、バター多く使っているのだろう。香りが良く、しっかりとしたスポンジ生地だ。
そんなスポンジの色に赤い果実を使ったジャムの色がよく映える。上にかかった粉砂糖はまるで粉雪のようだ。
取り分けられたケーキを恵真が三人に差し出す。
「ヴィクトリアサンドケーキです。どうぞ、お召し上がりください」
生クリームやバタークリームを使わぬ、このケーキの名はヴィクトリアサンドケーキ。英国女王の名をつけられた菓子なのだが、レジーナは驚きで固まる。
その名は今回の来客の中でも特別な者の名なのだ。
この店主はどこまで把握して、自分に手を貸してくれるのだろうと穏やかな店主を見つめる。
「エマさん、これすっごく美味しいよ!」
「うん。スポンジにバターの風味があって、ジャムの酸味と甘みがよく合ってる。きっと、皆喜んでくれると思います!」
「ふふ、よかった。あの……レジーナさんはどうですか?」
視線を向けていた恵真に話を振られ、レジーナはフォークを取り、ケーキを口に運ぶ。
口いっぱいに広がるバターの豊かな香り、ジャムの甘みもそれに負けることはない。シンプルだからこそ、素材の良さが引き立つ味わいなのだ。
「――美味しいわ。とっても」
なんとかそう口にしたレジーナだが、なかなか顔を上げることができない。
レジーナの成功を妬む者は多くいることを彼女はよく知っている。商業者ギルド長になる時点でそれは覚悟のうえであった。
しかし、恵真やリアム、アメリア達は、レジーナの成功を願い、手を差し出してくれている。
そのことを今回の件でレジーナは強く感じたのだ。
「私もまだまだ頑張らなくっちゃね」
誰に言うでもなくそう口にしたレジーナの表情は、なにかが吹っ切れたようにもみえる。
気に入ってもらえたとわかった恵真は嬉しそうに口元を緩めた。
アッシャーとテオはケーキの美味しさをお互いに語りあう。
外では雪がちらちらと舞い、窓にも張りつく。
それはケーキの上に振りかけられた白砂糖のように繊細で軽やかだ。
恵真は静かにレジーナの成功を願うのだった。
楽しんでいただける作品を作れるように、これからも邁進してまいります。




