あんな地雷系ヒロインを救ってやる奴なんて、愚か者の僕だけだよな
『浅山ナゲキ』はどういう人間だろうか。
みんな考えてみてほしい。──いや、みんなって誰だよ。そんなアニメの主人公気取りな発言を心の中で吐露した僕は、少々恥ずかしくなった。
まあつまり、浅山ナゲキという人間を一言で表してしまえば、それは『オロカモノ』だろう。
高校生にして毎日の昼食がカップラーメンという退廃的な生活を送っている僕は、将来の健康に気を配らない愚か者だ。
さて、僕は校長先生の長話をするタイプじゃあないので話を本題に移させてもらうけれど……。
そうだな。
まず最初に。
君たちは、地雷系というバズワードをしっているか?
最近流行りの言葉だ。
地雷系。
ファッション的な話でもその言葉を使うけれど、今回はその用法じゃない方の意味を扱う。そう。言い方を悪くすれば『踏んではいけない』『関わっちゃマズイ』タイプの女性を指したりする言葉だ。
別に女性に限定する必要はないかもしれないが──今回はそうさせてもらおう。
で、だ。
そんな地雷系。
地雷の多い性格を兼ね備える少女が、僕の近くにもいた。
『神楽鐘雪凪』。
同じ高校に通う高校二年生である。僕と彼女に接点はなかった。
ただの同級生という関係だ。
それ以外でも、それ以下でもない。
学校の廊下ですれ違っても会釈すらしない、知り合い以下の関係。
話した事が一度もなければ、しっかりと目を合わせたこともない。そんなほぼ接点のない彼女だが、僕は神楽鐘雪凪について知っていた。
良くも悪くも、彼女は学校中で有名な存在だったのである。
──『地雷系』少女として、ね。
そんな彼女については、数少ない友達との会話で話題に上がったりするのだ。
『怒りもしないし、叫んだりしないよ』
『それに滅茶苦茶可愛いんだよね。あの黒髪のロングが』
『地雷系って、どこがなんだろうな』
『でもセツナギさんの親友たちは、彼女のことを口揃えて地雷系って評価しているぜ?』
『不思議な人だよなあ』
これは友達から出た神楽鐘雪凪についての情報、その抜粋。
地雷系少女──と評価される神楽鐘雪凪であるが、その正体はただの不思議ちゃんらしい。
そんなわけで。
僕が彼女について知っている情報は、本当にこれぐらいだった。
少ない。少なすぎた。
でも別にそれでも構わなかった。
なにせ接点がないから。
関わる必要がないから。
僕の人生に、彼女という存在は何一つ影響しなかったから。
────今日まで、ね。
◇◇◇
高校の帰り道は、かなり暗い。
逢魔が時。僕は駅前の並木道を、独りで歩いていた。
帰宅部である僕が下校時間は比較的早く、夕暮れ前なのだが……今日は駅前で道草食っていたために、帰るのが遅くなってしまった。
「暗いのと、寒いが難点だなあ」
そう愚痴を漏らしながら、白い息を吐く僕。
まあこんな時間に帰ることになった原因は、九割が僕なので……自分自身で反省するしかないだろう。道草を食っていたのは自分だからな。
因みに残り一割の原因は、この世界に時の流れがあるってことだ。
「しかも徒歩通学だ、疲れる疲れる」
歩きながら、ふと閃いた。
そうだ、違う。
前言撤回。
僕は悪くない。
悪いのは十割──この僕が手に持っている袋が原因だ。道草を食った原因。わざわざ放課後に行列へ並んで買った、プリン。こいつが原因なんだ! 僕は決して悪くない。世界も同様に悪くない。
悪いのは、ちょうど放課後に行きやすい立地で美味しいプリンを作ってやがる、店長だ!
……暴論にも程があるって?
そりゃそうだ。
僕は愚か者だからな。
行き過ぎた論理が大好きなんだ。ズレた論理が好きなんだ。屁理屈が好きなんだ。他人が嫌いなことは、逆に好きなんだ。
浅山ナゲキという人間は、そういうヤツなんだ。
「なんて、悲しい一人芝居なんだろう」
なんて悲しい一人芝居か。
……なんてな。
重ねた言葉は、決して誰にも届かず、虚無に散る。
そんな感じで日常生活を送る僕なんだけれど。
と。
「ちょっと、やめてくれませんか?」
「なんだよ、後輩ちゃんよぉ。一緒にオレん家に行こうぜ?」
「……暴力は良くない、って教わらなかったのかしら」
「いやいや、暴力じゃねーって。ほらほら。今日さ、親いないから。オレん家」
珍しい。イレギュラーな現場に立ち会った僕は、思わず足を止めてしまうのだった。そう……僕と同じ柄の制服を着る男が、どこかで見た同級生に対して迫っていたのである。
ちょうど歩いていた並木道から、少し横にずれた路地裏の先。
そこに彼らの姿が、闇の中でうっすらと見えた。
男の方は口調的にも、文脈的にも、先輩──三年生だろうな。
「やめてっ!」
「やめてってよぉ、無理に決まってんだろ! それにもう叫んだところで、誰も来ねえよ」
「…………」
「わざわざ油っこくて、暗い路地裏に入ってくるやつなんていないからな!」
その話を聞いていて、素直に『まじか』と驚いてしまった僕がいた。……三年生。受験生である彼らの一人が、こんなことをやっているなんて。
信じられなかったのだ。
正直、引いた。受験生なのにも関わらず、”汚点だらけで。
どうやら、これは僕が介入した方がいいらしい。
まあ普通に助けた方がいいだろう。
何かあったら遅いしな。
同じ高校に通う人間が面倒を起こしたら、僕の大学進学後、卒業後に予定している就職活動に支障をきたすかもしれない。
なのでこの人助けは当然のリスクヘッジ。
それに、他に助けを差し伸べるだろう人間はいなさそうだしな。
そう思って、ゆっくりと更に──僕は道草を食おうと、路地裏へと入っていくのだった。
路地裏の空気は確かに、油っぽかった。
唇に当たる空気の感触は、妙に気持ち悪い。
ソレは、この空気感にぴったりだ。
◇◇◇
「へへっ!」
「やめて。やめてって言ってるでしょ?」
単刀直入に言おう。
私は先輩に迫られていた。
確か名前は『山中アツシ』……、柔道部の三年生だったはずである。ヤンキー気質。
女遊びの噂がある彼は、私をわざわざメールでこんなところに呼び出して。迫ってきたのだ。
恐ろしい。
彼は何を考えているのか。
やはり、猿は怖い。
「貴方はもしかして、日本語が分からないのかしら?」
「あ?」
「ごめんなさい。それなら訂正するわ。猿以下ね。それとも畜生が良い?」
「なんだって?」
「ちくしょう! ……畜生以下だったかしら? うーん、築小かしら?」
「意味が分かんねえこと言うなよ」
築何年って、建物の歳を表現するでしょう?
つまり、貴方は築が小学生程度。生まれて数年しか経っていない知能しか持ち合わせていない、そういうわけよ。
まあ彼にこんな言葉が通じるわけないのだけれどね。
「つまり、貴方みたいなバカは私に近づいてほしくないということ」
「んだとっ! 分かったよ、今からお前を襲ってやる!!」
ほら。
分かりやすい挑発をしたら、彼は分かりやすくのってくてくれた。
分かりやすい馬鹿で、本当に助かるわ。
そう思いながら、振り上げられる彼の拳を凝視した。
避けれる。
いくら柔道部の彼でも、人間の一撃だ。
それにこの暗闇で、彼は本領を発揮できない。
上手く立ち回れるわけがない。
だから、私は彼の拳を避けるなんて──容易いと思っていた。
でも違った。
一歩後ろへと踏み出していた、私はソレを見た。
避けきれるわけがない軌道で、避けられるはずのない速度で振りかざされる拳を。……無理だ。実際に見てみると、恐ろしいぐらいに早い攻撃。
私でも、見逃してしまう。
避けるなんて不可能な、必中の一撃を目の当たりにしたのだ。
──そして同時に。
そんな拳を放った先輩と私の間に、壁が出来た瞬間を目撃する。そしてその壁が、人間であることを数秒後に理解するのだった。
「は?」
「ぐえぇ!」
「な、何しているの貴方!」
しかも運が良いのか悪いのか。
それは私と同じ高校に通う──生徒であることを、薄ら照らす月によって見えた制服で、判断した。
……え?
◇◇◇
思ったよりも痛かった。
路地裏に入ってみれば、少女に対して拳を振るおうとした先輩が見えて……咄嗟に僕は彼らの間へと飛び込んだのである。
結果としては、もちろん彼の拳は僕の頬に触れた。
いや、触れたという表現は正しくない。
正しくは、殴られた。
「お前……っ!」
「こんちには、先輩さん」
修羅場に入った僕は、痛む頬を撫でながら彼へと視線を寄せた。
「なんなんだよ、急に。まさかお前……こいつの何かか? ヒーロー気取りか?」
「いいや、ただの愚か者ですよ」
「?」
「汚を濾過して綺麗にする、汚濾過者です」
僕の言葉に、彼は舌打ちする。
なぜだ。
なぜなんだ。
まあコレは、とってつけたような適当な決め台詞だけれど。どうだろうか? ……中々に決まっていて、クールだとは思わないか?
僕は思うね。
「あなた……正気?」
背後から少女の声が聞こえてくるけれど、無視だ無視。
取り敢えず今は、彼と話すのだ。深呼吸を一つしたのちに、こちらを睨み迫ってくる先輩に言った。
怒りで我を忘れて、こちらへ殴りかかってきた先輩。
彼に制止の言葉をかけたのである。
「……先輩?」
「黙れ! うぜえんだよ、お前ら! 俺に殴られろ!」
「ほら先輩、これこれ」
制止の言葉というよりは……、彼の、過去投影だけどな。
僕は先程こっそりとスマートフォンで録音していたデータを、動画付きで再生した。路地裏にて、先輩と少女の会話が入っている。
『やめてってよぉ、無理に決まってんだろ! それにもう叫んだところで、誰も来ねえよ』
『んだとっ! 分かったよ、今からお前を襲ってやる!!』
そんな会話が。
その録音データが鼓膜を通過したのか、彼の動きがぴたりと止まった。……やれやれ、分かったのだろうか?
「そ、それは!」
僕はやれやれ系主人公を目指しているので。
主人公の様式美、お約束をかましながら続けた。
「やれやれ、やっと先輩は分かったんですか? 事の重大さが。先輩って、三年生ですよね」
「……っ」
「そして、受験生ですよね。もしこのデータを学校に提出してみたら、受験はどうなってしまうでしょうか?」
「──何が言いたいんだよ!」
名も知らぬヤンキーの先輩はまず僕に殴りかかるのを止めて。その次に、一歩後ろへと後ずさりした。
おいおい。さっきまであんな強気だった癖に。
なんなんだ急にさ。
物分かりの悪い先輩に、僕は一言漏らした。
「テメェみたいな阿保は、足元掬われるんだから……さっさと消えろっつってんだよ」
声のトーンを低くして。
渋く、イケオジ雰囲気でそんなことを言ってみた。……やだ、恥ずかしいわ。照れ隠しに、僕も先輩のことを殴ってしまうかもしれない。
でも、殴ることで先輩の迫り癖、『汚点』が濾過できるのなら、それでいいのかもしれないが。
ま、先輩にはこの程度の威嚇で十分だった。
「わ、分かったよ……! オレが悪かった! だから、許してくれ!」
「じゃあ消えろよ、早く」
「ひぃ──!!」
物分かりの良い先輩に、僕は笑顔を見せた。
すると彼は一目散に路地裏から逃げていく。
なんて哀れなんだろうか。先輩の後ろ姿は、まさに反面教師という言葉が似合っていた。あんな先輩にはならないように、気を付けましょう、ってね。
さて。
僕は後ろへと振り返った。
「えーとっ」
「神楽鐘雪凪よ」
「ああ、雪凪さんか!」
「知ってるの?」
そこにいた少女は、なんと噂で聞いていた──地雷系少女『神楽鐘雪凪』だった。黒髪のロングに、黒の眼、整った顔立ち。雰囲気は、まさに正統派美少女という感じである。
「まあな、友達伝いで聞いた情報でさ。『地雷系』って」
「地雷系? 私のことを、なんて言った?」
人と喋り慣れてないせいで。
口が滑ってしまった。
「いや、字が来るって書いて……字来系というか」
「どういうこと?」
「さっきの会話を聞いていた限り、あんたは言葉上手だからな。字が沢山飛んで来るって感じでさ」
「──ふーん」
なんだろうか。
目の前の美少女に対して、僕はちょっと動揺していた。すこし適当言い過ぎたかもしれない。
まだどんな性格なのかも把握していない彼女に対して、急に『地雷系』といったのは完全な失態というか……失言だったな。
「それよりも、さ」
「はい、なんでしょう?」
それよりも、と雪凪は話題を転換させてきた。
「……貴方、なんで私を助けたりなんかしたの? 私は──別に、一人で大丈夫だったのに」
「はい?」
「私の見せ場を奪うとか、貴方は最低にも程があると思うわ。主人公失格ね」
「いつから僕は物語の主人公になったんだ? それに、その文脈でいくと……あんたはヒロインになるんだが」
「そうだけれど?」
急に何を言うかと思ったら、そんなことか。
「私は──ヒロインだけれど? 文句あるかしら」
「文句ありありだ。まず最初に僕は主人公じゃないし、あんたもヒロインじゃない。ただの男子高校生と女子高校生だ」
「はあ? 目潰しするわよ?」
「なんでだよ!」
彼女は続けた。
「私に文句を言った罰、かしらね」
「文句あるかどうか聞いてきたのは、そっちだけどな!?」
「それは、貴方を嵌めるためのトラップよ」
「……なんでそんなことするんだ!?」
「快楽を満たすため」
やめてくれ。
そんなことは。
「って、何してるんだ……?」
「え? 帰るのよ、家に」
と。そんな会話をしていると、雪凪はスタスタと早い足並みで、路地裏の外へと歩いていってしまう。
まじ?
「帰るの? 家に?」
「そうだけれど。何か文句あるかしら」
「文句大アリ──って、これもトラップか?」
「さあね」
彼女はこちらへと振り返り、にっこりと恐怖の笑みで微笑んだ。おいおい。その笑顔は、かなり恐ろしいぞ。
「ああ、どうやら……僕はあんたについて少し理解したよ」
「そう? 理解させたつもりはないのだけれど」
「神楽鐘雪凪。あんたはジライ系だ」
「地雷系──?」
違う。
「違う。さっき言ったことの復唱だよ……『字来系』。あんたは口上手なんだ。だから、そういうことなんだろ?」
「さあ、それはどうかしらね」
「そういうことだろうな、僕は理解したぞ。もう騙されない」
字来系、そういうことか。
それで、ちょっと合点がいった。友達から飛んできた彼女についての情報は、正しかった。ジライ系ではあったのだ。
ただ漢字違いだっただけであって。
「……ま、貴方が愚か者であることは──、しっかりと理解したわ」
「は? 僕は汚濾過者だよ」
「つまり、似た者同士ってことよ」
「……」
彼女は僕に感謝すら伝えず、去り際に皮肉だけを残していった。
ありゃ地雷系だな。面倒なヤツだ……。
字来系であり、地雷系。
一々言葉に棘があって。
性格に難あり。
どれだけ可愛くても。
陰では暴力的。
ああ、そういうことね。
彼女の言葉を聞いて、僕は一つの答えに至る。
僕が最初に提示した、質問。
『浅山ナゲキ』はどういう人間だろうか。
その明確な答えが、分かったのだ。
そう。
それはつまり。
愚か者で、汚濾過者で、地雷系で、字来系。
そして。
彼女が言いたかったのは、こういうことなんだろう。
『あんな地雷系ヒロインを助ける奴なんて、──愚か者で、字来系な僕だけなのだ』って。
僕の言葉遣いを遠回しに褒め、人物像を説明した、字来系で地雷系なりの……感謝だったのだろう。暗闇。独りになってしまった路地裏で、僕はそれを理解して嚙み砕くのだった。
──僕が地雷系って……、あんたには言われたくないけどな!
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