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 食欲を失った野田は手ぶらで帰宅した。

 正直、食欲どころではなかった。みずから状況証拠を積み上げてどうする。

 しかも熊探偵への疑いまで深めてしまった。このままでいいわけはない、とわかっていても、身じろぎをする度に深みにはまっていく。 


 集合ポストからピンクチラシを取り出して備えつけのゴミ箱にいれる。そのときになって郵便物が一通も入っていなかったことに気づいた。熊探偵が部屋を特定出来たのはなぜだろう。埃の積層から見て郵便物が抜かれた形跡はない。

 てっきり宛名を見たのだと思っていたが。


「たっだいまっと」 


 テーブルにはまだレジ袋に入ったままの寿司がのっていた。


「ここに置いてある服を着ろということか」


 バスルームから籠った声が聞こえてきた。まだ風呂に入っていたのか。時計を見ると3時間以上経過していた。


「そうだよ!」


「……」


「サイズどうかな。下着、大きめなの、それしかなかったんだ」


 冷蔵庫から缶ビールを取り出して一口飲んだ。いつもより苦くてまずい。

 脱衣所の扉が開いた。

 何気なく目をやり、ぼくは盛大にビールを噴いた。

 男がほぼ全裸だったからではない。かろうじてブーメランパンツが大切な場所を隠している。いや、隠しているというのは正確ではない。生地の悲鳴が聞こえてきそうなほど、不格好に盛り上がっていたから。


「布が足りていない」


「うん……」


「落ち着かない」


「そうだろうね」


 Vの形の生地は前に引っ張られて左右に隙間があいている。つまり中身が見えている。


「動きにくい」


 男は軽くジャンプした。アレがべろんと、こんにちわ。はみ出し方がえぐい。

 だがぼくが驚いたのはビッグな局部にではない。


「あんた、誰だ……?!」


 熊男はどこへ消えた?

 目の前のイケメンは、誰なんだ? 圧倒的に衝撃的なこのハンサムは?

 まるでマジックのように、優雅なマントのように湯気をまとって現れたこいつは何者だ。濡れた髪をオールバックに撫でつけ、やや面長の顔に艶やかな肌。すっきりした鼻筋。気品を具現した唇。ナイフのように輝く瞳。引き締まった体躯。すらりと長い足。貴公子然とした佇まい。


 ほとんど全裸ではあったけれど。


 照明を変えたわけでもないのに、部屋にキラキラした成分が拡散している。空気が歓喜しているみたいだ。眩しくて目の奥が痛い。

 しかし一部分が立派すぎて全体のバランスを欠いている。だがそれさえも完璧を嫌った神の采配に思える。

 そんなイケメンがなんでぼくの部屋に居るんだ。


「あのう、ど、どこの王子様、ですか?」


「まだ若いのに記憶障害とは気の毒だな」


 声の記憶が、熊男と一致した。

 

「うそだろ。まさか。ありえない。信じられない。詐欺だ。魔女に呪いをかけられていたのか。魔法で変身していたとか……?」


「どっちが幼児なんだか」


 男は局部を収納しようと懸命になっていた。腰回りの肉づきからすれば2Lの下着は大きすぎるはずなのに、モノのせいできつくさえ見える。


「ええい、もういらん!」


 ブーメランパンツを床に投げ捨て、センスが悪いだのなんだの文句を言いながらも、男はぼくの服を身に着けた。フルチンには目をつぶろう。服を着てくれればぼくの目には入らない。

 ずるり。スウェットパンツがずり落ちる。

 馬脚のように筋肉質で美しい腿の筋肉に引っかかる。引き上げるも再度すべり落ちる。

 何度も何度も、こんにちわ。ビロビロに伸びたゴムは引力に無抵抗だった。




 別のスウェットと新しい下着を提供した。若干のちんちくりん感はあるが、モデル並みの堂々とした容姿が効いている。そういうデザインだと言われれば納得してしまうくらいに。

 ふたりで向かい合って夕食となった。野田はカップ麺、丹野は特上寿司だ。


「お前、本当に熊お……いや、丹野令士という探偵なのか?」


 寿司を頬張る姿も、横から見ても前から見ても、もう熊には見えない。安物のスウェットが高級ブランドに見える。容姿が良いというのは魔法の一種なのか。


「この素材が、あれだけ汚くなるにはどれだけの時間がかかったんだ?」


「三か月」


「探偵ってやっぱ浮気調査とかするの?」


「おれは面白そうな事件しか扱わない。殺人事件とか謎解きとか、怪現象などを解明するのは得意だ」


「ははあ。それであぶれたんだな」


「あぶれる?」


「仕事を選ぶからホームレスになるんだよ。探偵の需要って、詳しいことはわからないけど、大部分が浮気調査とかなんじゃないの? 丹野はイケメンなんだから俳優とかモデルとかホストとかのほうが適職なんじゃないかな」


 すると丹野は箸をとめ、野田を見据えた。


「おれはイケメンなのか?」


「ああ、胸糞悪くなるぐらいにね。通りすがりの女性が十人いたら、十人とも振り返るくらいにね」


 通りすがりの男性だって、きっと振り返るだろう。




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