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15 本心がどこにあっても

 カーティスがひと通り満足し終えると、広場から移動した馬車は、今度は煌びやかな商店が立ち並ぶ通りへと移動していた。


「屋敷から出ていないそうだな。何か行きたい店はないか?」


「……ずっと田舎暮らしだったから、お店には疎くて……私もあまり人と話すのが得意じゃないから……お店は苦手で…………」


 早く帰りたいと、なんとか言い訳を捻り出した。


「それなら、また俺が選んで屋敷に届けさせよう」


 こくりと頷いて答えた。


 私達を乗せた馬車は、ぐるっと帝都を回ってお屋敷に戻ってきた。


 今はこの、壁に囲まれた建物が見えて安心する。


「今日はナデージュが不在だから会えないが、また近いうちに皇宮に招待する」


「ナデージュ?」


「セオドアから聞いていないか?フィルマの妹だ」


「それは教えてもらってた。ただ、名前までは覚えてなかった……ごめんなさい……」


「謝らなくていいんだ。家族に会いたいだろう。準備をしておくから楽しみにしていてくれ」


「カーティスがそう言うのなら…………」


 家族……ではないと思うけど、そのナデージュと一度は会わなければならないみたいで、気が重い。


「また会えるのを楽しみにしているから」


 屋敷の前で私を降ろすと、カーティスを乗せた馬車が遠ざかっていって、やっと私は肩から力を抜いた。


 メイドさんがお茶をお持ちしますと言ってくれたけど、


「馬車に酔ったから、しばらく休んでいるね。夕食は食べられそうにないから、準備はいらないと伝えて」


 酷く疲れていて、一人で部屋に戻って着飾っていたものを脱ぐと、椅子に積み上げて、ベッドの上に体を投げ出して真っ白いシーツに包まれていた。


 外がだんだんと暗くなっていくのを、何も考えずに眺め続けていた。


 横になっていても眠っていたわけじゃないのに、夜になっても寝付けなかった。


 何度も何度も寝返りを繰り返して、暗闇の中、ある時、薪ストーブの小さくなった炎を見つめていると、その中に風に揺らされる、吊るされた人が見えた気がして。


 ぎゅっと目を閉じる。


 すると今度は暗闇から手が伸びてきて、私を掴もうとしたから慌てて目を開けた。


 眠れない。


 怖い。


 自分がどうしてこんな所にいるのか、わからなくて怖い。


 シーンとした広い室内に一人でいて、何か恐ろしいものに呑み込まれてしまいそうで怖い。


 扉が少しだけ動いたように見えた。


 恐怖のあまり、そんな錯覚が生まれたのか。



 違う!



 ベッドから飛び降りて、裸足のまま扉に駆け寄って開けた。


 廊下に出ると、向こうへ去りかけていたセオドアの姿があって、私に気付いて引き返してきた。


「起こしたか?」


「違うの。眠れなかったから」


 その姿を見て、無性に泣きたくなった。


 反して、理不尽な怒りもぶつけたくなる。


 感情のコントロールができなくなりそうで、いっぱいいっぱいだった。


 そんな私の中の嵐など知りもしないセオドアは、足元に視線を向けた。


「廊下は冷える。部屋に戻れ」


 一人では嫌だと、セオドアの袖を引く。


「寝付くまで、話すか?」


「うん」


 背中を押されて、部屋に戻される。


 私が部屋の真ん中で立ち止まると、セオドアはストーブのところに行って薪をくべていった。


「何か飲むか?」


「ううん。いらない」


 セオドアは、手を動かしながら声をかけてくる。


「夕食を食べなかったそうだな」


「朝食はちゃんと食べる」


「少しでいいから何か口に入れろ」


「うん……」


「フィルマ」


 ボーッと立っていると、気付かない間に目の前にいたセオドアに、大きなストールでぐるぐる巻きにされていた。


「また、死んだような目になってる。もう、ベッドに戻れ。薄着の上に裸足でこの時期にウロウロするな」


 ベッド上に押しやられると、上からさらに寝具をバサバサとかけられていた。


 モソモソと位置を調整して顔を出すと、セオドアはベッドから随分と距離を置いて椅子に座った。


「北部の領主を処罰して、影響はないの?」


 最初の疑問を口にした。


「お前が考える事じゃない」


「でも……心配で…………」


「元々、疑わしい動きはあった。バレていないと思ったのだろうが、税金を横領して、さらにいくつかの武器を横流ししていた連中だ。処刑された者の中に年若い者が含まれていたから、お前は動揺したんだろ」


 小さな体が揺れていたのを見て、もう、カーティスを受け入れるのは無理だと思っていた。


「そばにいなくて悪かった」


「セオドアには……しなければならないことが他にあるから……ごめん、早く休みたいよね」


「大丈夫だ。必要なら、お前が寝るまではいる」


 疲れているはずのセオドアに無理をさせているとわかっていても、今は一人になりたくはなかった。


 完全に、私のわがままだ。


「他に何か聞きたいことがあるんだろ?」


「レーニシュ夫人は……」


「処罰の対象ではない」


 それを聞いて、ずっと気を張ったままだったのが、やっと緩んだ。


「夫人が、お前の祖母を丁重に埋葬してくれたそうだ」


「本当に?」


 おばあちゃん……


 気がかりだったことが少しだけ解消した。


「お礼を伝えたいけど……」


「代わりに伝えておく。お前が直接やり取りするのは向こうに迷惑がかかる」


「そうだよね……ありがとう、セオドア。心配事が減ったよ」


「眠れそうか?」


「うん」


「俺はここで一時間程仮眠をとっていくから、お前もその間に寝ろ」


 そう言ったのを最後に、セオドアは目を閉じた。


 椅子に座って、腕と足を組んだまま眠ったようだけど、疲れないのかな。


 セオドアが寝るところを初めて見た。


 目を開けてても閉じてても表情が変わらない。


 本心なんか一生他人に教えないんだろうなってくらいに、何を考えているのかわからない人だけど、今ここにいてくれることで私は安心できている。


 真似して私も目を閉じると、もう暗闇の中に怖いものを見ることはなかった。




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