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10 暗闇の中

 血を振り払ったナイフがどこかへと仕舞われると、私は抱き起こされた。


 どうして彼がここにいるのかと、疑問に思うこともできなかった。


「少しは抵抗して時間を稼げ、このバカ!!」


 そんな怒鳴り声をあげたセオドアは、おばあちゃんのそばに片膝をついたけど、すぐに立ち上がって腕を掴んできた。


「この場から離れる。騒ぎになって、お前が詮索されたらめんどくさい。行くぞ」


「嫌……おばあちゃんを残していけない……」


「いいから、来い。よくわからない男に連れて行かれたいのか?」


「…………」


 もう、自分で選らべずに動けないでいると、セオドアに無理矢理腕を引っ張られて、死体が積み重なっている中を、引きずられるように連れ出されていた。


「私のせいなの……?おばあちゃん……」


「今は考えるな」


 セオドアに腕を引っ張られて、走らされる。


 村からはどんどん離れていく。


 誰かの視線を避けるように森の中へと入り込み、村が見えなくなった山中で、私は動けなくなっていた。


 座り込んで、現実を拒絶するように膝を抱えて、蹲っていた。


 暗闇の中にいて、そこから立ち上がることはできなかった。


 おばあちゃんを何度も呼んだ。


 あの時と同じ。


 公爵家に連れて行かれた時と。


 おばあちゃんを何度呼んでも、どこにもいない。


 探して、さまよって。


 泣いても叫んでも、返事は返ってこない。


 同じじゃない。


 同じじゃない。


 今度はもう、二度と会えない。


 私も、一緒に行きたい。


 一人になりたくない。


 一人残されたくない。


 生きていたくない。


 もう、意味がない。


 もう、誰もいない。


 おばあちゃんのところ行きたい。


 死にたい。


 死にたい。


 鋭利なナイフで喉を突いて。


 左手にヒンヤリとした冷たい感触がある。


 コレが私を殺してくれるのならと、指先を動かして……


「起きろ!!フィルマ!!」


 その声で、顔を少しだけ上げた。


 私は、すぐそばに座るセオドアの腰のあたりにしがみついて寝ていたようだった。


「俺を締め殺す気か」


「ごめん……」


 体を離すと、私の肩にはセオドアの上着がかけられていた。


 涙がボロボロと溢れる。


 セオドアの服にもシミを付けてしまっている。


「セオドア、これ」


 セオドアは上着を着ていないと、両腕がむき出しだ。


 もう寒くなる季節なのに。


「着てろ。見たくもないもの見せられて、気が散る」


 ノロノロと緩慢な動作で袖を通して、その間も、動かないおばあちゃんの重みを思い出して、もう二度と声を聞けないのだと、理解して、涙はとめどなく溢れ続ける。


 大切なものが失われて、体中から力が抜けて、自分の中が空っぽになっていた。


 私が無気力に動きを止めてしまったから、代わりにセオドアが上着のボタンを留めていく。


「ここから南に移動する」


 一番上のボタンをギュッと留め終えると、すぐにでもと言いたいようで、もうすでに立ち上がっていた。


「もう、どこにも行きたくない。おばあちゃんといたい。おばあちゃんと離れたくない。どこかに行くのが怖い。男の人も怖い」


 そこまで言って、はたとセオドアを見上げた。


 さっきまでセオドアにしがみついて寝ていた人の言葉ではないのか。


 愚かだと、呆れられても仕方がない。


 ため息が聞こえたのでセオドアもそう思っているのかと、言葉を待つと、返ってきたのは少し違うものだった。


「本能でわかっているんだろ。自分を害する奴かそうでないか。俺はお前に危害を加えられない」


 危害を加えないのではなくて、加えられないのか。


 その理由がわからない。


「お前を保護してもらえる場所に連れて行く。嫌だと言っても連れて行く。手の届くところに置いておかないと、次は間に合わない」


 その言葉に、今度は自分の中でドロっとした醜い感情が溢れた。


 セオドアには何の責任もない。


 何の関係も無いのに助けてくれた。


 でも、おばあちゃんは……


「……ああ、そうだな。お前の祖母を助けられなかったのは、俺が間に合わなかったからだ」


 唇を噛み締める。


 セオドアを責められるわけがない。


 そんなの、理不尽で、私の身勝手で……


 また、膝に顔を埋めて蹲っていた。


「…………どこにも行きたくない」


「一人でこれからどうするんだ。お前は、男を寄せ付けることを自覚しろ」


「セオドアには関係ないのに。ここにいる。誰にも会わない。ここで、死ぬまで一人でいる」


「バカか。確かに俺には関係ない。けど、カーティスには関係ある」


 顔を上げて、セオドアを見上げた。


「カーティス?あの人は、私に復讐したいのでしょ?」


「今は違う。状況が変わった」


「だって、あの人が私を……」


「今回の件はカーティスは関係していない。クライバー家が勝手にやったことだ。会えばわかる。カーティスはもうお前には手出しできない」


 私は、カーティスが私を殺そうとしたことしか知らないのだから、何も答えることができない。


「お前を処罰しようとしたことを後悔していた。だから、お前が生きていることは伝えている。事情があるんだ。お前は知りたくもないかもしれないが」


 ああそうだと、重く、鈍くなった頭で考える。


 セオドアに付いて行った先でカーティスが私を殺してくれるのなら、もうそれでいいと思っていた。





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